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最終戦6

 待ち構えるエリザのもとに足取り軽く現れたのは、例の金髪の年若い聖騎士だった。あの黒面の女ではない。

 その事実を口惜しむべきか、安堵するべきか。

 あの化け物ならともかく、この子どもならパロミや皆を殺してはいないだろう。……敵としては、負け犬臭くて嫌な信頼感であったが。


「こんにちは、お姉さん。さくっと終わらせるから大人しくしといてね。時間がないの。見たところ戦闘員じゃなさそうだし、一発で沈めてあげる」


 平然と告げて宣言通り速攻で決めようとする少女に、エリザは思わず声を上げて笑った。恐らく例の老人ならもっと高らかにとでも言ったかもしれないが、エリザは極々普通に笑っていた。

 少女は困惑気味に足を止める。

 白衣を着て無意味に笑う不気味な女、何をしかけてくるか分からないとでも思っているのだろう。エリザはくくくと忍び笑いしながら続ける。


「あんたナインズやポーリーンをやったんだろ? あれを作ったのはあたしなんだよね」

「そう。壊しちゃってごめんね」

「ホントだよ、全く。最高に迷惑さ。他にもあんたが潰してきた幹部どもは、大事な試作品だったんだよ。最高傑作ではなかったけどね……」


 エリザはしばらくしてやっと笑いを止め、その染色の落ちかけた長髪を払った。胸に手を置き、高らかに告げる。


「あたしがあたしの最高傑作。試作品第八号、兼、この城の悪の科学者。ただのエリザよ」


 エリザは目をぱちくりさせる少女に向かい、拳を振り上げた。




 一号は青い薔薇。二号は鉄製である銀色の魚。三号は自称兄の猿太郎、四号は瀕死のポーリーン。そして五号は孤児パロミで、六号は今は亡き勇者、熊太郎。

 以上が、博士の手がけた作品群である。


 彼女の目指した技術とは、つまるところ、異能がこの世界に馴染むような、そういった錯覚を起こさせるようなものであった。


 科学の粋というより、どこか神秘魔術染みたところのある、そういったものである。ただ世界を誤魔化し、異能が排除されないようにするための、それだけのものだった。

 命を救うためサイボーグ化したり手術を施したりしたが、それはおまけみたいなものだ。それと合わせて、博士はその技術を試してもいたのだ。

 一体どれほどの効果が合ったのかは不明だが、悪の組織『抗う者』であったエリザらが、拠点破壊程度でなかなか殲滅までされなかったのは、それが原因だろうか。


 ともかく、博士のソレは、世界中の異能を救うような、おとぎ話染みたプロジェクトであった。

 目指すは量産、だからこその試作品として、植物から機械から動物にまで、それぞれにはナンバーがつけられていた。

 完成は間近に思われた。

 そして、それを女神は、僕たる聖騎士らを遣わして潰しにきたのであった。


 これは潰されるべきなものなのだろうか?

 エリザにはよく分からない。誰にも女神の考えなんて分からないのだ、とエリザは始めのうちは思っていた。

 しかし、すぐにそれは違うのではないかと感づいた。

 もしかすると、女神に、意図なんてものはないのかもしれない。ソレはただの装置のようなものに過ぎず、「彼女の世界に行き過ぎた技術がうまれた」というそれだけの事実に反応して、こちらを潰しにきたのかもしれない。


 まあ、その事実を知る由はないが。


 なんにせよ博士は、並外れた知識技術を所持した『異能』であった、彼女自身にはその技を施さなかった。さすがにそれは、天才たる彼女にも不可能だったのだ。


 エリザはそこに着目し、ポーリーンやら総統やらその他諸々の能力を無理矢理使わせたりして、自分にもその技術を施した。

 ついでに若干、一部機械化してみたり、ドーピング染みたこともしたりして肉体を強化してみた。


 エリザの手がけた作品群は、七号に腹に風穴の空いていたアーロン(もしかしたら今もどこかで死にかけているかもしれない)、そして八号としてエリザ自身、九号に消えかけ幽霊を鎧にくっつけてやった、ナインズがいる(ちなみにナインズという名前はポーリーンが九ということにあやかって付けたらしいが、まあどうでもいいだろう)。




「自分が作品なんてずるいっ」

「前例があったからね、こうしないといけなかったのさ」

「へえ、殺されたのか」


 なんてこと無さ気に呟かれた。


 お前らが殺したんだろう。吐き捨てれば平然と返ってくる。私が知るもんか。


 エリザは意図的に体勢を崩し、振り抜かれ頭上をかすめて行く槍、それを握る少女の腕をきつく潰さんばかりにひっ掴んだ。咄嗟に身をよじられ逃げられたが、ダメージははいったはずだ。少女は顔を歪め、それにも関わらず平時のように追撃をかけてくる。

 痛覚が鈍いのか、それともただ彼女が戦士であるが故か。


「まずいなァ。思ったより時間がなさそー」

「悠長なことだね」


 狂戦士は、にんまりと口元だけで嘲笑った。


「タイムアタックだよ、それくらいのハンデは必要でしょ?」

「いやぁ本当に心底かわいくない女だね」


 思わず口に出していた。腹立たしさの塊みたいな奴だな、このガキは。

 聖騎士のそれが本心かは知れないが、挑発する術も心得ているらしいところがとにかく癪に障る。

 何が聖騎士だ、と今さらながら罵ってやりたかった。


 本当に、それこそ今さらだが。


「んのっ!」


 飛びかかろうとした瞬間、ちょうど鳩尾を狙って、ぴっとバレエのお手本のように伸ばされたつま先。を、慌てて躱す。

 おふざけじみたフェイントに過ぎないのだろうが、このまま隙を見せれば貫かれて腹の奥、内臓が破裂してしまう。それらの、大部分は自前なのだ。――それも、今の一瞬で露見してしまっただろう。

 しかし少女は平静としていた。もう少し年相応に浮わつけばいいのに、まるで巌のようだ。


(気味の悪い子どもだな)


 一瞬パロミを思い浮かべ、低い位置から飛びこみつつ、ついでに肘打ちをかますが槍で弾かれた。

 その細腕の腕力、どうなってんだ。こちとら熊ですら弾けるよう改造されているんだぞ、と睨めば、ぎらついた双眸がエリザを貫いた。


「お姉さん強いよぉ、それでこそ最高傑作! やっばいね。このままじゃ本気入っちゃって、もう殺すしかないって感じ」

「トチ狂ってないで、さっさとどっか帰ってくんないかねぇ」

「あはは。お姉さんを一発殴るまでは帰れないなぁ。あとラスボスね。大丈夫、殺しはしないよ」


 未だ悠々とのたまう、その余裕はどこからきているのだろう。

 エリザは口内に溜まった血液を軽く吐いた。嗅ぎ慣れたものとはまた違う、鉄臭くも生々しい味だった。




 一方別の聖騎士――黒面の女と対峙していたアーロンは、今や満身創痍で身動き一つ取らずひれ伏していた。

 右腕は吹っ飛ばされどこかにいってしまったし、膝の皿もかち割られている。それになにより血が足りない。造血剤を持ってくるべきだったかな、いや、今も流れ出ているこの状況では無意味か。手傷ぐらいは負わせたが、未だぴんぴんしている化け物。ここまで健闘したら、自分にしては上出来だろう。いやマジで。しかしこうも手傷を負って、またあいつらが煩いだろうな……。


 だらだらと血液と揃いで垂れ流れる思考にふと我に返って、アーロンは内心苦笑した。

 これは本当に、死ぬ直前かもしれない。


「はー。玉のお肌が傷だらけだわ。異能ちゃん強いわねー、お姉さんビックリしちゃった。でも、そろそろよねぇ?」

「地獄に落ちろ化け物女」


 ほんとはもっと貶してやりたかったが、指先一つ動かないのだ。口が回るだけマシだろうか。

 拳銃一つでも呼べたら。せめてあと一発、この女を撃つことができれば。

 狙うは足だ、せめて一瞬でも時間を稼いでやらないと。


「まだヤル気なの。凄いわー。……認めてあげる、あなた立派な戦士よ。そのハンサムな顔、覚えておいてあげる……。名前は忘れたけどねん」


 黒面の女がぐるんぐるん、大剣を傘のごとく振り回して近づいてくる。

 握力おかしい。ほんとこの女おかしい。なんで銃で撃たれて、平然としていられるんだよ。腹部に血を滲ませながらるんるん歩いてんじゃねぇ、痛がれよ。


「勇者が、腹に風穴空けられたくらいで死ぬわけないじゃない」


 まじかよ勇者。

 女は婉然と微笑んで、その大剣を掲げた。

 もはや目玉一つ動かす気力のないアーロンにそれが見えたわけではなかったが、己にかかった影からそれを察して、


「さよなら異能、あの世で平和に暮らしなさい」


 無駄のない風切り音、そして。




「ストーップ」


 気の抜けた声が、その死に待ったをかけた。まだあどけなさの残る少年の声で、恐らく今まで聞いたことのない、見知らぬ人物のもの。

 アーロンは咄嗟に幻聴かと己の耳と脳みそを疑ったが、突然の闖入者に驚いたのは「はあ!?」と叫んだ黒面の女も同じだったらしい。なので、恐らくこれは現実なのだろう。

 アーロンはなんとか助かったわけだ。……まだギリギリだが。


 今までになく苛立ち混じりに、黒面の女が殺気立つ。


「なんのつもり」

「やあ黒面、久しぶりじゃん。元気してた?」

「もう一度言うわ。なんのつもり」

「そんなに怒らないでよー。見かけたから、ちょおっと挨拶に来ただけなのにさ」

「それは偶然見かけたのよね?」

「まさか。そんなはずないでしょ」


 けろりと答える少年に、黒面の女は歯噛みする。


 彼は同業者、つまり同じく聖騎士の一員たる少年だった。彼が相手にするのはもっぱら化け物で、それに相応しく対人外の戦闘がやけに手馴れている。

 そして馬車馬のように駆り出され、度々必死で駈けずり回っているくせに、黒面は彼が負傷したのを一度も見たことがなかった。


 相手にしたくない。黒面の本音はそこだった。


 切羽詰まった、まるで自死目前の戦士のような目つきの女に、少年はにこっと微笑みかけた。


「いやだなぁ。僕は貴女と争うつもりはないんだよ? それより、なんで貴女がここにいるのか知りたいんだけど。ここはあの娘の担当じゃない」

「……ジュストに言われたのよ。あの娘、ここを潰す気が全く見られないじゃない? だから代わりにやってしまえって。女神の言うことは絶対だから――あれを護るためなら、あの眼鏡はなんだってするでしょ?」

「それだけ?」

「まあね。はじめは何でか知らないけど、女神を護ってくれって言われたわね……。それでたっぷり謝礼を頂いちゃったから、こうして一応指示に従ってるってわけ。お分かり?」

「ありがと、助かったよ。……それじゃあここで帰ってくれないかな?」

「あら、私がそれを聞くと思ったの?」

「うん。貴女は聡い女性だから」


 黒面はじっと少年を睨んだが、しばらくすると彼女は溜息を吐いて両手を上げた。


「分かったわよ」


 黒面は異能を殺したい。自分の愛しい者たちが生きる、この世界の邪魔になるかもしれない可能性。欠片も残らず潰してやりたい。


 しかし彼女はまだ死にたくない。自分の息子が成人し結婚し孫が生まれ彼らに囲まれ、そうでもしなくては死にたくない。平和な世界、自分の世界、そのためなら異能たちはいくらだって殺す。だが自分は絶対に死にたくない。

 自分勝手で何が悪い。お前らは死ね、私は生きる。


 真に自分勝手な理由だが、それのおかげで助かった。

 と、少年は去っていく黒面の背中を見送って息を吐いた。


「そこの死にかけのお兄さん、生きてる?」

「……なんで助けた」


 息絶え絶えのその言葉があんまり聞こえづらかったので、少年は幾度かそれを言い直させた。

 助けはしたが、彼を思いやる気持ちは特にない。


「僕じゃなくて、知人が君たちを助けたがってるみたいでさ。僕はそれをちょっとだけ手伝ってんの」

「知人?」

「君たちがよーく知っている人だよ。それ以上はあまり言いたくないなぁ。それじゃ、僕もう行くから、あとは勝手に助かってね」


 ばいばい、と振りかえって手が揺らぐ、その背がまるで蜃気楼のように滲んで彼はその場からいなくなってしまった。


 まるで狐に化かされたような、そんな気持ちでアーロンはしばらくぼんやりと寝転がっていた。

 しかし休んでいるうちにいくらか体も落ち着いたのだろう、なんとか比較的無事な足に力を込めて立ち上がる。


 弱い部下たちが殺されることはないため、恐らく大丈夫だろう。

 だけど幹部は、特にポーリーンとナインズは無事だろうか。この二人はひときわ無茶が目立つ。パロミ、あの子は真面目だけど基本的に馬鹿だから心配だ。そういえばエリザも無茶だな。総統は別にいいや無事だろうし。


 なんだか考えているうちに元気が出て気がする。

 アーロンは体をひきずり歩いて歩いて、結局基地内で倒れ、通りすがりの救護班に保護された。

 そして無茶し過ぎだと叱られて、少し笑った。




 少女とエリザはしばらく戦い続けた。

 いくら最高傑作とはいえ元が戦い慣れていないのだから、どうにも決めの一撃にかける。少女はすいすいそれをかわし、エリザの隙を狙い常に目を光らせている。それに気をやるせいで、エリザは気力も擦り減らされていた。


 それが結果に繋がった。


 エリザの蹴りの一撃で、少女は体勢を崩した。これが少女お得意の罠とだとしても絶好のチャンス、エリザは追撃をかけようと足を踏みだし、しかし、その一歩に、足がついてこなかった。たったの一歩だというのに。


 予期せぬ事態、焦りと困惑に体が強張り、それをまずい、と意識した瞬間にはもう遅かった。

 少女の振るった槍、その大ぶりの一撃がエリザの腹を強かに打った。


「……お姉さんは本当に強いよ。けど、ほんとにそれだけって感じだね。残念、宝の持ち腐れ。体力余って運動不足」

「んのっ……ぐ、」


 頭が揺れる。視界が狭まる、瞼が閉じる。抵抗しようとするが脳ばかり起きて、金縛りのように身体は動かない。

 機械の体、それでも眠気は彼女を襲う。

 近頃、緊張やポーリーンや仲間たちの整備で、ろくに眠れていなかったのが祟ったか。早く寝なさい、と叱りつけるポーリーンの顔が夢混じりの記憶に浮かぶ。


 少女は苦しげにこちらを見やるエリザに、ことさら優美にほほ笑みかける。

 聞き分けのない子がやっと眠る、それに心を安らがせる聖母のような顔で、声音で、


「大丈夫。目が覚めたらきっと、楽園にいるよ?」


 うるさいよクソッタレ。しかし唇もすでに動かない。そのためなんとか殺してやりたいと、殺気にもがく指先にすら力ははいらず、エリザの意識はそのまま闇のなかへ溶け込んでいった。

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