最終戦5
パロミは、自分が戦うことになるのは黒面の女に違いないと、完全に思いこんでいた。
「なんでここに……さっき爆発があって巻き込まれたはずなのに」
しかし、眼前にいるのは、間違いなく金髪の少女――彼女を狙ったナインズとポーリーンの自爆について説明をうけたばかりだったため、困惑しきっていた。仕留められないにしても、戦闘不能にすることぐらいは出来ているはずだった。
決死の覚悟で挑んだ戦い。
その結果が、相手違いとはこれいかに。
ちなみに相手違いの少女はというと、パロミのことを敵だと認識した途端、急に態度をがらりと変えてふてぶてしくなった。
パロミの動揺も気にしないというかのように、美しい金髪を、堂々とした態度で片手ではらってみせる。
「敵の爆発で死ぬヒーローなんて、そうそういないからね」
「はあ!? あんたまでおじいちゃんみたいなこと言う!」
「おじいちゃん!? わっ、私はまだ十七よ!」
「そういうことじゃなくってぇ! ああもうっ! もううっ!」
互いに混乱しているのは同じことだった。
パロミはもちろん、余裕ぶってる少女のほうも、相手にこんな幼子がいるとは思ってもみなかったからだ。さすがに子ども相手に槍を振るったことはない。無駄に落ち着き払ってみせている態度も、ただの隠れ蓑である。
剥がすものなんて誰もいない、少女にとっての仮面だった。
二人は互いに一呼吸おき、自らの気持ちを落ち着かせた。
「……あんたのことは、知ってるわ。うちの邪魔してる、槍使いの、聖騎士」
「そりゃ光栄」
「でも、こんなところまで来るのが、あんただなんて思わなかった。適当なところまで来るのがあんたで、だけど、ここまで来るやつなんて、絶対、絶対、あいつだと思っていたのに……」
「あいつって――黒面の女のこと?」
「そうよ」
ファンシーな外見とは裏腹に、ぎらつく瞳のままパロミは頷く。
これでも、この組織の幹部を務めているらしい。底光りする目はともかく、外見は熊みたいなコスプレ未満の服装の、子ども。
少女は溜息を堪える。自分より――いや、同僚である少年よりも、ずっと幼い見てくれをしている。実際がどうかは知らないが。
あの黒面は、本当にどこまで恨みを買っているんだ、パロミみたいな幼い子にまで、と少女はあのサイケデリックな女を想像して閉口した。
あの球体女神、同僚を選択制にしてくれたらよかったのに……。
「あんた、この奥に行きたいのよね?」
「まあ、うん。一人残らず叩きのめしときたいし」
「ふんっ、好き勝手言ってんじゃないわよ!」
ぴっと伸ばされた指先は震えていた。
しかし怯えではない。悔しさか、あるいはそれ以外の何か。
「それはこっちのセリフだよ。これぐらい覚悟しときなさいよ、異能なんだから」
「か、覚悟ぐらいしてた! いつかやられるかもしれないって、それぐらいちゃんと考えていて、だからおじいちゃんを呼んだんだから……!」
「さっきから言ってるけど、おじいちゃんって誰?」
「あんなことがあって、全部なくなって、おじいちゃんを呼び寄せて、アーロンとナインズが仲間になって、みんなで生きていこうって決めて……」
「きいてる?」
パロミはぶつぶつ独り言を呟いている。
しかし切なげだったその口調に、徐々に熱が込められていく。かっかと湧き上がっていくのは、明らかに怒り、もしくは見てとれるほどの苛立ちだった。
少女は思わず、一歩後ずさる。
「むうっ。そうよ、そうよ! アンタみたいな、反則どころかルールまで変えちゃいそうなヤツ、認められない。だって、だって、正直ムカつく!」
きぃっと癇癪をおこした子どものように、パロミは力強く地面に足を叩きつけた。
そのまま前にいる少女を睨み付け、見得を切る。
「さあ、武器を向けなさい聖騎士! あたしはっ、あたしは魔女の娘、神獣の子! ――そして総統の孫、パロミよ!!」
少女は困ったが、ヒビのはいったパロミの足下の床をみて、これは避けられそうにもない、と諦めて槍を手にした。
ヤル気満々と言わんばかりの相手に対して、こうも気分が萎えるのは初めての経験だった。
予想外と言おうか、やはりと言うべきか。パロミは強かった。
腕力、反射神経、敏捷性から跳躍力一つとっても、根底からしてそこらの人間とは格が違う。小さなはしっこい的というのは当然当てづらいものだ。とある事情で時間制限のある身としては、なんとも苛立たしいことこの上ない相手である。
さすが神獣の子というべきか。しかし、
「魔法は使わないの?」
「一呼吸、くれるならね!」
「……」
拳で槍の先端をはじかれ、距離を取った。
少女の知る魔女の家系というのは、老若問わず魔法のプロフェッショナルであった。幼いころ、それこそ物心つく前から家族により魔法を仕込まれ、終いにはまるで呼吸をするように魔法を操るようになる。とかく手強い、厄介な相手である。
だというのに魔法を使ってこないというのは、罠か。
確かめるため、少女はパロミから距離を保ったまま隙をみせた。
もしパロミに魔法が使えたら絶好の機会である、撃ちこんできてもおかしくなかったのだが。
「休んでんじゃないわよ!」
パロミは床を蹴り、接近することで攻撃してきた。
これで何度目かは不明だが、ここまでくれば、使わないのではなく使えないのだと考えるべきだろう。
重たい一撃を受け止めながら、少女はじりじり算段を立てた。
「貴女強いね、異能の中でも断トツかも」
「あたりまえよ! 私は、総統の孫でっ!! 神獣よ!?」
「さすがに負けちゃいそう、なんてね。ねぇ、大人しく殴られてくれる気はない?」
「あるわけ、ないでしょ!?」
大ぶりの一撃。他愛なく挑発に乗せられたのは、肉体的な疲労のせいというより、精神が追いつめられていたからだろう。
黒面の女のせいか、もしくはおかげというべきか、このパロミはずいぶんと焦れているようだった。
まだ子どもだものな、と少女は思いかけたところで、なぜかあの黒服のお兄さんを思い出した。
「神獣もすごいが。――昔、ドラゴンを殺したこともあってね」
少女はくっと咽喉で笑うと、そのままパロミの腹に槍をいれ、電撃――ではない。また別の魔力を流しこむ。
すると見開いていたパロミの瞼がぱちりと閉じ、「あ、」と囁くような声を最後、彼女は口を閉じた。
あとは地面にころがり、すやすや寝息を立てるだけである。
「――うまくいってよかった」
慣れない魔法をいつもの手段で、ぶっつけ本番。失敗していたら、彼女はいつまでも自分に戦いを挑んでいただろう。
それこそ死ぬまで。
パロミの爪で切り裂かれ、血のだくだく流れる腕を見やると、少女はふっと息をついた。手をかざして一撫でしてやればそれも消える。
うっすらと浮かぶ傷跡だけを残し、何もなかったかのように、自分の肌が戻ってくる。
「魔女の娘か……」
名乗ったくせに、魔法を一度も使わなかったのは何故だろう。
パロミは、フリでなく本当にそれが出来ないようだった。魔力がないわけではなく、むしろ強い方だろう。
少女がいくら眠らせようとしても、槍で直接叩きこむまで利かなかったくらいだ。
訳あって親に教わらなかったのか――もしかしたらその親を、少女の仲間の聖騎士が殺してしまったのかもしれない。
「因果ね」
少女は黒面の女を思い浮かべる。
母親であるあれが、旦那と息子と、彼らの生きる世界を守るため、どこぞのいたいけな子どもの親を切り裂き、家庭を壊す。
「私にはまだ早いかな」
「ムニャァ……」
口をもぐもぐさせ寝返りをうつパロミを見やり、少女は肩を竦めながら呟いた。
一撃はいれたのだ、もうこの娘には用は無い。
少女による、聖槍エウリュデカによる一撃――それが、あの同僚たる少年の語った条件であった。




