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最終戦4

 強風吹きつける屋上、そこにアーロンは立っていた。


 曇天のもと、風にあおられ近未来チックなデザインの風車が回る。

 電気供給のため、皆で協力して落っこちそうにそうになりながら建てつけたものである。


 彼の向かいに立つのは、黒鋼の面で顔をかくした異貌の女である。

 傭兵じみた皮鎧にぎらぎらとなびく白銀のマントは不釣り合いかもしれないが、その立ち姿は勇者らしく凛々しいものだった。

 強風暴風なんのその、金細工のあしらわれた絢爛な大剣をつきたて、まるで自分こそがこの場の主だと言わんばかりに堂々と胸を張っている。


「今は取りこみ中だ。用があるならまた今度にしてもらえないだろうか」

「あらごめんなさい。だけど急の用事でねぇ、ちょっと通してもらえるかしら」


 声からして中年の女だろうか。

 アーロンはそんなことを思いながらも、もうホント全く勝てる気がしなかったので、どうにかこの場から逃走できないだろうかとそんな算段を繰りかえしていた。

――まあ無理だな、なんにせよ。


「――あなた、『異能』ねぇ?」


 黒面の女がにやりと笑う。大気がその覇気にぐらりと歪み、眩暈のせいで足場が崩れたかのようだ。

 それでもアーロンは飄々とした様子を崩さず、ひょいと肩を竦めてみせた。


「ところで黒面、この場の誰に、何の用だ」

「ヤダ、あなた私のこと知ってるの?」

「ああ、話はよくよく聞いている。――異能を片っ端から狩り殺す、悪魔のような女だ」

「ふぅ。有名人は辛いわねぇ……」


 一息。その間に、剣と銃が交差する。澄みきった幅広の刀身に、鬼気迫る互いの顔がうつりこむ。

 一瞬の鍔迫り合い、片や両手持ち用の大剣で、片やミサイルでも撃ちこめそうなドデカイ砲身。


「私ね、この世界に旦那と子どもがいるの」

「それはそれは」

「だから歳も普通に取るようにしたしっ――あんたたち『異能』を、生かしておくわけにはいかない!!」


 優勢は明らか女の方にあり、力負けして押し切られる形となったアーロンは、半ば無理矢理後ろに跳んで距離を取らなければならなかった。


 追って来ぬ黒面を見やれば、先ほどの激情はどこへやら。

 口元にゆるく微笑みを浮かべ、片手だけを大剣の柄に添えている。まあ、両手でないということは、そういうことなのだろう。化け物である。

 その予想通り彼女はその剣を片手で持ちあげて見せたので、アーロンはくたびれた溜息をついた。

 しかしそれ以上何かをしてみせることなく、ただ彼女の前から退くこともしなかった。


「言いたいことは分かるが……悪いがこちらにも、譲れないものがあってね」

「あら、何かしら?」

「愉快なジジイに無口な鎧、姦しい三人……それから、どうしようもない奴らがたくさんさ」

「素敵ね」

「知っている」


 知っている。

 誰だってそれを知っていた、それがどれほど尊く得難いものか、そして脆弱であるかを知っていた。

 今まで見誤らなかったからこそ、大切に紡ぐことができたというのに……。


「そういうの好きよ。後でその子達にも挨拶しなくっちゃね」

「できるものなら」


 まったくなんだって、黒面で傭兵でマントで勇者で、おまけに妻で母で主婦であるらしい、そんな奴を相手にしなくてはならないのか。


 アーロンは異能という自分とその運命を呪おうとして、それからどうしようもない奴らの顔を思い浮かべた。

 少し笑った。




 美人サイボーグのポーリーンと、甲冑巨人のナインズ。

 ぱっと見れば美女と野獣、その実はどちらも戦士である。しかも抜群のコンビネーションの持ち主。それこそ敵でなければ褒め称えてやりたいほどだった。

 ポーリーンを刺そうとすればナインズが割りいってくる。そこでそいつに雷でも落とそうとすれば、今度は飛びこんできたポーリーンが片手でそれを払った。


 ポーリーンの片腕を奪っておかなければやばかったかな、と思う。


……やばかった、というのは少女にとってでなく相手にとって、という意味である。手加減が難しくなっていただろう。


(――それより、アーロンは何処へ行った?)


 少女の懸念はそこにある。いったいどこへ。ここの奴らが仲間を見捨てるとは思えない。それはあの、「雑魚だ」と名乗る黒い男をみてよく知っている。

 ここの奴らの結束は不思議なほど固い。

 そんな男がここを離れた理由はただ一つ。少女以上の災厄がここを訪れたから。


(はやいなぁ……)


 思い浮かぶのは、あの黒面を被った女である。どこぞの伝説の剣をたずさえた、飄々としたあの女。

 どこぞの世界の勇者で、この世界の主婦。

 愛する夫と息子のためなら『不老』をも捨てる、聖騎士でもとびきりおかしな女。


 彼らの生きる世界を守るためだけに、不穏分子たる『異能』を片っ端から狩り殺す、異能キラー。


(うーん……まあ、フォローはしてくれるだろうし、大丈夫かな?)


 しかし急ぐに越したことはない。あの黒面女が調子に乗って驀進してくる前に、うまいこと全部すっかり終わらせてしまいたいのだ。

 だから気持ち的には一応焦っているのに、この二人のコンビネーションが邪魔でうまいこと対処できない。

 ポーリーンの攻撃かと思えば本命はナインズだったり、その逆もまた然り。


 しかしこれ以上このお見事芸に付き合っている暇はない。


 またフェイントだろう、ポーリーンが飛びこんできた。彼女が退くと、すでに斧を構えているにちがいないナインズが脳天を狙ってくる。


「なんどもなんども同じ手が、ッ――!?」


 ポーリーンは逃げようとしなかった。それどころか少女がつき出した槍の先を自分の腿へ無理矢理突き刺して彼女の動きを封じてきた。思いもよらない暴挙である。

 電撃を流してもいいがそれだとポーリーンが死ぬのではないか、と異人やサイボーグについてよく知らない少女が槍の柄から手を放そうとした瞬間、今度はナインズが飛びこんできた。が、斧を持っていない。


(なに、を――)


 少女は目を疑った。

 赤褐色の甲冑が、変わるはずもないナインズのその顔が、なぜかにやりと笑った気がしたのだ。

 今度こそ動揺して完全に動きを止めた少女に、ポーリーンも笑った。


「悪いが時間は、」

「稼がせてもらう!」

「なにっ!?」


 閃光。ついで爆音。


 衝撃は膨らみ、弾け、城全体を揺るがすほどの勢いとなる。




 どこからか地響きが聞こえ、パロミは不安げに天井を見上げた。上目使いのようなその様はどこか祈っているようでもある。

 呻き声にも似た地鳴りが止むと、辺りの沈黙がより強調された。

 パロミはそれがより恐ろしいようで、久々に口を開けたかと思えば、そっと舌の上で転がすような、慎重そうな声をだした。


「……誰か、戦ってるのかな」

「さあね」


 こじんまりとした、しかしとにかく清潔ではある休憩室。その場に待機しているのは、エリザとパロミの二人だけだ。

 アーロン、ポーリーン、ナインズは聖騎士を迎え撃ちに向かっているし、総統は今ごろ自分の持ち場で「わしかっこいい」と悦にはいっているのだろう。変態である。


 エリザはふっと、煙草の煙を吐いた。漂うこともなく急ぎ足で天井に吸われていく。自分で発明しておいてなんだが、喫煙の余韻もなにもあったもんじゃない、とエリザはぼんやり思った。

 それから落ち着きなくもじもじしているパロミを振りかえった。


「ねえパロミ、あんた何であたし達が焦らないのかって聞いたわよね」

「うん」

「それはね、私たちが強いからよ」

「うん」


 パロミは色の無い顔のまま、ただ振り子人形のようにこくこく首を振る。いちいち仕草が子どもっぽいなと、エリザはわずかに目を細めた。

 そしてついでに煙を吐き出す。


「それでね、あっちがもっと強いからよ」


 とうとうパロミの顔は蒼白になって、もう声どころか涙も出ないようだった。

 無慈悲に事実を告げたエリザは、煙草の吸殻を手持無沙汰にぐりぐり押し潰し、淡々と続ける。


「心配しなくても大丈夫さ。あれで、ナインズなんて二番目くらいに傑作だから」


 うっかりすればそのまま失神してしまいそうなパロミはさておき、エリザも天井を見上げた。もう地響きどころか音一つしていない。


 以前、部屋の一つ一つにカメラを設置するべきだと述べたことがあった。

 その提言を「ださい」と即行却下した総統の英断に、今さらながら気付いた。

 そんなもの、見ていられるはずがない。

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