青い薔薇、銀の魚2
半死のポーリーンが(不本意な言い方だが)エリザに拾われて――半ば人外と化してから、すでに八年が経っていた。
エリザは十五歳になり、ただでさえませていたのが、今ではまるで成熟した大人であるかのように振る舞っている。雪だるま相手に名づけるような愛らしさは思い出のなかに溶けて、そして、嘆かわしいことだが……ほんのすこーし、ガラが悪くなった。
恐らく、博士とならんで観ていた映画の影響だろう。博士はマフィアやギャング、ヤクザの出てくる、世間一般の女性なら忌避するような、少々過激な映画を好んでいた。
まあ、いわゆる第二次反抗期と時期が被っているから、というのも理由にあるのかもしれないが。
「だから、『一人で観るようにしてください』とあれだけ博士に言っていたのに……」
まあポーリーン自身も一緒になって楽しむことがあったので、彼女だけを責めることはできないが……。
それでもぼやかずにはいられなかった。
「うん、博士の選ぶ映画がおもしろいのが悪いのよね」
「ソレ、責任転嫁って言うんじゃないの?」
エリザはコーヒーを片手に、人の気もしらないでけらけら笑っている。
昔はもう少し可愛げがあったのに、と拗ねたように当時を思い返すが、ただ無邪気で愛らしいだけのエリザなんてどこにもいなかった。あの頃からマイペースで、要らない皮肉やヘンテコなジョークなんかも無遠慮にバシバシ飛ばしていた。
そういえば行動や趣向ばかりがかわいくて、中身はホントに突飛だった。うん、そう考えると言葉使いと態度以外は、特に変化してないか。……そのことを安心したらいいのか、嘆いたらいいのか。
複雑な気持ちごと飲みこんでしまうように、ポーリーンはカップに口をつけた
「猿太郎、コーヒーおかわりー」
空のマグカップをつき出すエリザに、キッチンの猿太郎は顔を顰めた――ような気がした。基本猿なので、表情の変化がよく分からないのだ。
博士に買ってもらった空色のエプロンで手を拭きながら、猿太郎は小首を傾げた。
「エリザ、飲みすぎ?」
「カフェインさいこーだわー」
「やけ飲みはよくないよ」
「自棄になんてなってないわよ!!」
急にヒステリックに大声をあげ、エリザはマグカップをテーブルに叩きつけた。無駄に丈夫なカップはそう簡単に割れるものでもなかったが、やかましくて危なっかしいことに変わりはない。
ポーリーンは溜め息でもつきたくなって、地下に続く、まるで核シェルターに続くかのような分厚い鉄の扉に目をやった。
エリザがこうして捻くれた態度を取っているわけは、その向こうで現在、『手術』という名の人体実験に勤しんでいる博士にある。
「私が後を継がないで誰がどうするってんだ、博士だって分かってるだろうに、なんだってこうも除け者にされなきゃいけないの。ホンット、わっけ分かんない!!」
博士がエリザに、自分の知識や技術を託す気がないのは、傍から見れば明らかである。というより、エリザ自身とっくに気がついているだろう。
しかしそれでも教えろといって憚らず、最近では物に当たり散らすようにもなっていた。
コーヒーを飲んでぶつくさ愚痴を吐きつづける、この程度で済んでいるのは稀である。
ちなみに銀色の魚、二号はというと、こちらの騒ぎには我関せず、天井の隅っこのほうで静かにしている。魚のくせにぐーすか昼寝をしているのだ。
のんきなものである。というより正直羨ましい。いや魚類を羨むなんて、自分はそうとう疲れているに違いない……。
「ちょっとポーリーン、聞いてる!?」
「聞いてるわ」
「あああもおおおお異能ガードマンゴリラあああああ!!!」
「……」
溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させるように吼えるエリザから、ポーリーンは目をそらした。
次に視界にはいるのは猿太郎だ。小さな口でクッキーを一生懸命かじっている。白いしっぽがゆらゆら揺れているので、おいしいのだろう。
彼はクッキーをのみこむと、ちょっと怖いとでも言いたげに、未だに「うおおおお!!!」とヘッドバンキングを続けるエリザから距離を取ってポーリーンの背中にはりついてきた。
これでも本当に、今日のエリザは大人しいほうである。
「……恨みます、博士」
エリザ自分にを任せた、というか放り投げてきた博士の去り際の笑顔を思い出し、ポーリーンは今度こそ深く溜息をついたのだった。
そしてそれを聞きつけたエリザが彼女に絡みだしたのは当然のことで、それを止めるために猿太郎も高い声で乱入してきたのもその後すぐのことである。
そしてテーブルの花瓶で静かにゆれる、一輪の青い薔薇だけが静かであった。




