最終戦2
此度の聖騎士の疾風怒涛の進撃っぷりは、それこそ一角の語り部ですら涎を垂らして食いつくだろう有り様だった。
以前漬物工場を破壊されたときに、仲間Cは新記録だのなんだの言っていたが、彼がこの出来事を知っていればとてもそんなこと口に出来なかっただろうというほど、その勢いは凄まじかった。
それこそ障害――彼女にとっては足止めにもならない程度のものだが――をばったばったとなぎ倒し、スピードを保ったまま槍をブン回し突っ込んでくるその姿は、悪鬼や羅刹というより、むしろ天災と呼んだ方が相応しいだろう。トチ狂った台風か竜巻かといった姿だった。とりあえず人類ではなかった。
獅子奮迅の勢いで片っ端からぶちのめし、それこそわんわん唸るようなサイレンやぐるんぐるん回る真っ赤なランプが警告をはじめてから幾ばくも経っていなかった頃。つまり悪の本拠地に侵入してからものの数分後に、彼女は知人でもある男のもとへと現れた。
男は廊下で、空のダンボール箱をかかえながら突っ立っていた。中には先ほどまで、痺れを治すための薬や清潔な包帯なんかがつまっていた。
――最近やけにぼけっとして、お前からは覇気が微塵も感じられない。
そんなことを誰かに言われ、こうして戦闘員から外されて、雑用なんかをこなしているわけである。
そして倉庫や医務室を行ったり来たりしている途中、聖騎士の少女とばったり出くわしたのだった。
槍を片手に持っていて、格好はいつもと変わらない。
ただいきなり襲いかかってこないのは、男が戦闘員でないためか。それとも。
二人はしばらく見合っていたが、少女は何度となく男を攻撃するか迷っているようだった。男の方は(本人を前にやめてくれ)と思いつつ見守っていた。
「うーんと。……とりあえず、なんかやられたーって感じにリアクションしてもらってもいい?」
「別にいいけど」
結局、やっつけるとやっつけないの中間をとった感じになった。まあお約束みたいなものである。
こつんと槍の柄で小突かれたので、とりあえず「うぼぁー」とうめきつつ地面に倒れてみた。
「これでいいか?」
「いいんじゃないかな。誰もいないからノリみたいなものだし。――攻撃っぽくしとけば、オッケーみたいだし」
殴られないなんて新鮮だなぁ、なんて考えていた男には、呟かれた言葉は届かなかった。
「それにしてもお前、今回は来るのが速かったな。一応本拠地だっていうのにさ、台無しだぜ、色々と」
「ごめんなさい、お兄さん無職になっちゃうね」
「うるせーな。自分の心配してろよ」
「ありがとう。それで、今から求職でしょ? だからさ、」
染み一つない艶やかな白手袋をとり、少女はひょいと手を伸ばしてきた。色白で小さな手だった。手の甲なんかは傷跡ひとつない綺麗なもので、それが当たり前のことなのに何故か意外だと感じてしまった。
意図が分からずその手のひらを見つめていると、
「私のお婿さんにならない?」
頬を幸せいっぱいの桃色に染め、まるでいい提案でしょうと言わんばかり、どこか自慢げに微笑んでいる。
「はっ? あの……え?」
小さな手のひらと聖騎士の顔を行ったりきたり見比べて、男はただ言葉にならない声をあげた。
「まずお前いくつだ?」
「十七歳になったけど」
思った通り結婚できる年齢ですらなかった。何を考えているのかさっぱり分からないが、とりあえず男は黙った。情けない話だが、あまりの突拍子の無さにすっかり混乱していたからだ。
とりあえず結婚は無理だ。
なぜなら十七歳なりたて。未成年、結婚できない年。
こっち二十代半ば。大っぴらにできない職業。というか悪者。ここポイント。
こいつはダメだ、聖騎士さんこちらです。親戚知人まるっと含めてドン引きされるレベルである。まあ親族なんて誰一人いないのだが。代わりにうるさく言い募ってきそうな知り合いらの顔を浮かべてから、男は苦笑した。じゃあ年齢差が無ければいいのか、という話だ。
少女の手を取っている場合をすっかり思い浮かべている自分がおかしかった。
「別に今返事してくれなくていいよ。後でいいからさ」
「おいこら、ちょっと勝手過ぎるだろ!?」
「急いでるんだもん」と、少女はすっくと立ち上がった。
「じゃ、ボスを倒してくるから待っててね!」
いや俺の上司なんだけどなぁ。
孫娘にいつも怒られている、ちょっとどころでなく変わった老人――総統の顔を思い浮かべて、男は溜息をついた。
散々迷ったが、結局あの毎度おなじみ感のある、あの男を攻撃してしまった。
少女は後悔していたが、もしやり直しができたとしてもまたああしてしまうのだろう。
おまけにプロポーズまでしてしまったのだから、自分でも自分に驚いた。こんなアホみたく大それたことをこなしてしまったのだから当然だ。でも、それしか方法なんて見つからなかったのだし――しまりのない顔をしていたのではないか、と今さらながら恥ずかしくなる。
それでもやってしまったものはしかたないと、一度だけ深呼吸して、少女はまた進むことにした。
この先、彼がどう行動したって文句は言えないだろう。
その覚悟だけはしておこうと、そう思った。
足止めだろう、地面をはい回る蜘蛛のようなロボットを踏みつぶし、さっさと先に進む。
奥へ進む彼女の真ん前に立ちふさがるのは、鉄製の扉だった。
「……」
堂々とした佇まいに思わず足を止める。
ここ以外に道は無い。そして、開くタイミングも自分次第。なんというか圧倒的に不審過ぎるのだが、このまま突っ立っていても埒があかない。
まったく、ここを建てた奴らは何を考えてこのような造りにしたのだろう。まるで本当に、決戦の場をこしらえたみたいではないか。
悪趣味な。
少女がお行儀の悪い人間だったら、舌打ちでもかましていただろう。
――トラップなら、壊して進むまで。
今、最も優先されるべきは「時間」のみである。
そう判断し中へと足をすすめた途端、背後で勢いよく扉が閉じた。と同時に、ぱっと灯りがつき四角い空間を照らす。――思わず笑ってしまいそうになるくらい、なんともそれらしく立派な舞台だ。ここの基地は、まあ偶然かもしれないが、やけにそういった設備にこだわりがあるらしい。先ほどからそういったものをいくつか突破しているからだ。
その何もない、それらしい空間の中心にいるのは、濃紺の軍服をきっちりと着こんだ男である。
グレーの瞳は怯えもなく冷静に少女を見据えており、また、隙のない凛とした立ち姿から強者なのだろうと分かる。ただ、腰に拳銃は見えるものの、それ以外は全くの無防備にみえた。
少女が足をとめエウリュデカを取りだした途端、男は口角をあげた。




