最終戦1
くるくる回る赤い警告ランプに、それと合わさって鳴り続ける、緊急事態を告げるためのサイレン。
悪の本拠地まっただなかのとある廊下で、聖騎士の少女と雑兵である男が向かい合い、座りこんでいる。
それを見咎めるものは、今この場にはいなかった。
このわずらわしい赤と音の元凶である少女は、相変わらずマイペースに、でもどこか照れ臭そうに微笑んでいる。ちぐはぐで、されど愛らしい。まるで、奇妙な白昼夢でも見ている気分にさせられる光景。
小さな手が、男を引き込むかのように伸ばされ、少女は口をひらく。
わんわんと鳴り響く警報音が、より強くなったような気がした――。
突如として、聖騎士団――といっても相変わらず例の少女の単独行動だが――のありがたい正義活動が活発になった。
つまり以前のような「悪いことをすれば叩きにくる」の繰り返しが終わり、相手側から攻撃されるようになったのである。遠慮のないその攻撃は苛烈で、支部基地は為す術もなく破壊されていった。総統ら幹部の判断により、建設途中のそれらも放棄せざるを得なくなった。
今はなき支部基地の一つへ向かうよう言われていた男やその仲間達は、結果本部へと集うことになった。
全員集合、というわけである。
パーティーのようだとあるお気楽な仲間は笑い、囲いこみのようだとある大人びた仲間は嗤った。どうでもいい、と歯牙にもかけない者もいた。
-―そして毎度おなじみ、噂の聖騎士と少なからず縁のある、名無しの下っ端男はというと、
「いやぁ、さすがに全員集まるとすげぇよなー」
「うんうん。こんな場所でも華やかっつーか、騒がしくなるよな!」
「おー」
「……い、いやーそれにしてもいきなり本気出してくるとは思わなかったよな!」
「そ、そうだな。すげぇ勢いだよな、もう支部壊滅ってありえねぇよな、さすが聖騎士って感じだよな! な?」
「おー」
まるで魂でも抜けたかのように、ぼけーっとしていた。
一生懸命声をかけていた仲間達は、顔をみあわせて肩をすくめる。お手上げだった。
少し前からこんな調子である。周りがちょっかいをかけてくるのにも生返事で、食事の時には焼き魚にお茶を、ご飯に醤油をといった風であった。なぜか風呂桶を被って湯に浸かっていたこともある。
ここまでくると笑えるのを通り越していっそ不気味だ。
何故こうも気がそぞろなのか。その原因、一体彼に何があったのかを皆暇潰しにと予想した。
無難に具合が悪いのか、まさかの恋愛絡みか、はたまた転職でもするつもりなのではないかだとか、もしや親族に不幸でもあってそのショックでないか、だとか。
しかし当の本人が、
「うーん……ダメだな、こりゃ」
「おーい、生きてるか?」
「おー」
とまあこんな調子なので、結局真相は誰にも分からず、今に至るわけである。
一方、基地のより奥深く。
幹部らの集まる会議室ではというと、その場に似つかわしくない幼女ことパロミが、ほっぺたを膨らませてイスに座っていた。
今この場にいるのは総統とパロミ、アーロンとナインズのみである。
姿のないエリザだが、何やら整備があるため忙しいのだという。技術班代表である彼女は、最終戦に向けて毎日暇なく働いているためしかたがない。
もう一人ポーリーンはというと、エリザに引きずられていってしまった。半分ネタとして秘書という役所を与えられている彼女だが、文理問わず万能なので、エリザの仕事を手伝わされているのだろう。
そしてパロミが不機嫌でジト目になっている原因は、彼女らがいないことではなく、ここにいる男連中にある。
「花火だ」
真剣な顔で重々しく発言したのはアーロンだ。その声からはいっそ険呑ささえうかがえた。
しかしそれにも怖気づかず、別の案が素早く飛ぶ。
「すこし華々しすぎやしないか。儂が危ないし。主に髭が。やっぱりここはライトで済ますのがいいと思うがの」
「我は霧を押そう」
「地味すぎ」
「古い」
「……」
自分の案が速攻で却下されてしまったナインズは、しょんぼりと押し黙った。
まあ見た目だけなら、無口な普段と変わらない。
「やはり派手にいくべきだ。ただでさえ付いていない格好を、ここで付けずにいつ付けるおつもりか」
「どーゆー意味じゃい!」
ちなみに議題は、総統戦が始まった瞬間の演出である。
果てしなくどうでもいい。それなのになかなかの盛り上がりをみせているのは、彼らが馬鹿だからだろうか。熱弁された男のロマンを解せないパロミには、さっぱり意味が分からない。
あんまり呆れてしまって、もう、みんな子どもみたいなんだから!、とにこにこ見守ってあげることもできない。
思わずため息がこぼれた。
「――ねぇ、おじいちゃん」
「どうしたんじゃパロミ」
「戦いの演出の前にさ、考えることがあるんじゃないの」
ムッとしたまま見上げるが、しかしそれでも総統にとってはかわいい孫娘にかわりはない。
「分かってるよ」
と、鷹揚に頷いてみせた。
目じりをさげデレデレになっている今のような姿は他の戦闘員には絶対みせられないと、アーロンや他の幹部たちは常々話しあっている。
だって気持ち悪いから。
「アーロン! ――例の準備はできているか」
「ああ、バッチリだ」
パロミはぽかんと二人のやり取りを見守っていたが、にわかにその顔を明るくした。
ドキドキと期待に胸がふくらみ、おもわず両手をにぎってしまう。
「おじいちゃん、準備ってもしかして――」
「もちろんさ」
いかつい節くれだった手が、パロミの頭を撫でた。
ああ、とパロミは感嘆深く息をついた。いつもは腹が立つほどのん気なばかりの老人だが、やはりこの組織のトップ、我らが魔王こと総統様だ。憎き聖騎士への対策を、ちゃんと考えてくれていたのだ――。
まるで光でも差し込んできたかのような気分である。いや彼こそがパロミの光、待望の救世主なのだから当然だ。
パロミは尊敬にかがやく眼差しで祖父を見上げた。
「おじいちゃ、」
「ラストバトルに相応しい会場の準備はバッチリだ! 自動でゴゴゴッと閉まる扉、一瞬でつくライト、そして堂々とあらわれる敵幹部……。フン、完璧だろうな?」
「テストでもきっちり動いてくれた。本番でも誤動作などは起こらないだろう。フッ、エリザら技術班に感謝だな」
「……」
自分でも気づかないうちに、握り拳がぷるぷる震えていた。とりあえず一発殴ってもいいかな、という言葉がパロミのふと脳に浮かぶ。そしてそれをこの怒り滾る全身が肯定する。死ななければ問題ないだろう、と。
その様子を遠くの席から見守っていたナインズが、いやいや、と手を横に振っていた。
このくだらない議論は、もうしばらく続きそうだ。
いつも通り座り込みながら、ぽけーっとしていた男の元に近づく、一つの足音があった。それに気付きながらも、男はただ明後日をみるような目で宙を見つめている。
自分に用があるとは思わなかったからなのだが、
「よお」
とかけられた声に顔を向けてみれば、いつぞやに宿で一緒に食事をとった仲間Aであった。ちなみにその後ろでは、彼を心配した仲間数人がこっそりと様子をうかがっていた。
みんなして服装が黒いので正直バレバレであったが、今の男には呆れる以前にどうでもいいことだった。
「ずいぶん元気がないじゃない。みんな心配してるよ。まあ、アレ見たら分かると思うけど」
「んー」
仲間Aは断りなく煙草を取りだすと、人気マスコットキャラクターの絵がプリントされたライターで火をつけた。
基地は危険物も取り扱っているため基本的には禁煙だが、愛煙家のために喫煙可能の場所もちょくちょくと設けられている。悪の秘密基地とは思えないくらいの親切設計だ。
男にはかわいいとは思えないキャラクターが書かれたライターを、意外な趣味だと思って眺めていると、仲間Aは勘違いしたらしく「いるか?」と差し出してきた。
男もこの銘柄は吸い応えがあるため好きだったが、気分が乗らないと断った。
「ふぅん」
吐きだされた煙がほんの少し留まってから渦巻くようにしてすぅっと上にのぼり、そしてあっという間に消えていく。謎のハイテクノロジーだ。幹部のエリザという女性がどこでも煙草を吸いたがるヘビー・スモーカであるため、こうも排煙に力がいれられているのだ。
それをぼへーっと見送ると、頭をいきなり小突かれた。痛くはないがなんだ、と思い見上げれば、仲間Aがニヤニヤと男を眺めていた。
嫌な予感に身を引きかけたところで、
「女絡みだろ?」
ズバリと切り出された。まあさすがにこう来るだろうと予想はついていたのだが。
「――女というか、なんというか」
確かに女性について悩んでいるのだが、そのニュアンスがだいぶ違う。
異性間の面倒くさい事情やしがらみがあるわけではない。まあ、複雑でこんがらがっているのは変わりないか……?
若干考えすぎて混乱気味の男は、ううん、と呻きながら頭をつっぷした。
「ふん、吐いちまえ」
「あー。なんというか、前会ったときに思うところがあってさ。境遇なんか全然違うけど正直自分に被るところもちょっとあったし」
仲間Aに言われたからというより、自分の考えを整頓するため、男はあっさり口を開いた。
もう細かいことを気にしている場合じゃない気がしたのだ。
「まあそれから色々あって最近は会ってないわけだが、それは、正直、いいことなんだよな。普通に暮らしたほうがいいんだから。けど、その間にどうしてるのか考えるわけで、でも絶対ロクな目にあってないというかロクなことしてないというか。んでずーーっと考えてたらホンットとんでもないことを思いついちまって、それに自分でも呆れてるというか、でも出来ないことでもなさそうでホントうん大変なああああ」
「ちょっと落ち着きな」
相槌すら待たない暴走っぷり。水でもあれば渡してやりたいが生憎ここにはそんなものはなかった。
男はしばらくして顔をあげたが、またさげ、またあげた。
さっきからまるで二日酔いであるかのような動作ばかりしているので、まさか、と一瞬だけ仲間Aは彼を疑ったが、よく考えてみれば今、この基地には酒の一滴も残っているはずがなかった。
生真面目だがそのベクトルが少しばかり変わっているアーロンという幹部――仲間Aは支部のほうで、何度か彼と働いたこともあった――が企画した、理由も意図も分からぬ宴会がひらかれ、そこでまともなアルコール飲料は全て飲み干されてしまったからだ。
素面なのに何をこの男はこんなに挙動不審なのか、と仲間Aは表情も取り繕わずいぶかった。
その冷えた視線のおかげか、男は少し平静を取り戻せたようだった。深呼吸するように、息を長くはいた。
「――言いたいことはさっぱり分からなかったけど、まあ、面倒な事情があることは分かった。んで?」
「で?」
「どうするんだって聞いてんの。はあ、あんたほんとに酔ってないだろうね?」
どうする。
どうするって、そりゃまあ、うん。
「――なんとかするさ」
「…………」
さんざ考えて何も出なかったのだ、こう言う以外にどうしたらいいのか。
もうその場の勢いで切り抜けるしかないと思った。吹っ切れてしまって、開き直りに近かったかもしれない。
しかしその思い付きは、すんなりと男の胸におさまった。
目の前の仲間Aは呆れたような顔をして、それから何か言おうと咥えていた煙草に触れた。
が、驚愕のあまりすぐそれを取り落とすこととなった。
耳をつんざくような電子音。
二度、三度となるタイミングに合わせて警報用の赤いランプが点滅する。
何者かが基地に侵入してきたという証で、それこそ見慣れたもの。一つ違うのは、ここが本部で、最後の砦ということだろうか。
さんざん点滅を繰りかえした赤いランプが、今度はくるくる回りだす。
男は驚いたが、それよりも自分の決意だとかそういったものを試されているような心持ちで突っ立っていた。
落ちた煙草が、灯っていた火ごと仲間Aの足にふみつぶされた。




