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悪の科学者と異能ガードマンゴリラ

――二十数年前、冬。


 エリザは一人くもり空の下、黙々と雪だるまをつくっていた。最後、顔の部分に鼻となる小枝をさして。


「……できた」


 ぐるぐる巻いた長い赤色のマフラーから、ぷふぅ、と満足げに息をつく。誰も見ていないというのに、自慢するように胸まで張っている。

 四つの雪玉を重ねてつくりあげた雪だるまは、安定感はあるものの、なんとなくキテレツな印象を受ける代物だった。ボディとなる雪玉はなんとなく角ばっているし、目はネジで描かれ、頭からはアンテナらしく、葉っぱのついた枝がのびている。

 それでもエリザは満足らしく、


「すごい強いから、博士にも見せようね」


 と、雪だるまロボットのアンテナの向きを少しなおした。ついでに自分の白いニット帽を被りなおした。

 そして一旦帰ることにしたらしい。

 ピンク色の、子どもには少し大きなソリに、持ってきたネジなどの小道具をポイポイ積みはじめた。


「名前はねー異能ガードマンゴリラ。すごい賢い」


 その名前に対して突っこめる者は、今ここには誰もいない。

 とにかくエリザはのんきに独り言を呟きながら、そろそろ山を下りようかと、ソリのひもを掴んだ。その時。

 空が、黒く覆い隠された。

 不思議におもい見上げれば、不吉を引きつれたようなカラスの群れだ――やかましく喚きながら、慌ただしく飛び去っていく。

 そして最後の一羽までぼんやりと見送るエリザの背後で、茂みが大きく揺れ、のっていた雪がばさりと散った。


「あ……」


 茂みをかきわけて現れたのは、見知らぬ美しい女性だった。

 体が傷つくのも厭わず進んできたのか、その色白の肌は血でよごれ、金色の髪は無残にもボサボサ。草まで巻き込んでしまっている。

――ちょうど今、何かから逃げているようだ。

 やけに艶やかで踵のすこし高い靴は、落としてきたのか、片方しか履かれていない。

 対象に襲われたのか負傷しているらしく、その左腕はだらりと下げられ、庇うように右腕で抑えられている。


「子ども……?」


 女はおおきな青い瞳を見開いて、エリザを見つめている。女のぜえぜえと動く肩。ぽかんと開いている青ざめた唇から、白い息がこぼれる。

 エリザはそんな彼女を見て、自身のソリに目をやり、また彼女に視線を戻して、握っているソリのヒモを見せびらかすようにした。


「助手席にのってく?」


 幼女らしくない渾身のボケである。

 エリザがそうドヤ顔で言うのと同時に、女の背後から狼が飛びだし、彼女の首筋めがけ襲いかかった。


――これが、エリザとポーリーンの出会いである。


 その後、さすがに見捨てるつもりはなかったエリザは華麗に狼を追い払って、半分死んでいる状態の彼女をソリにのせた。

 そして颯爽と帰宅したときの、博士の反応といったら……。




「エリザ、終わったわよ。……エリザ?」


 とんとんと優しく肩を叩かれはっと我に返ると、書類を手にしたポーリーンがその柳眉をひそめていた。


「ああ、ごめん。ボーっとしてた」


 というよりも、気づかぬうちに居眠りをしていた。とにかく素直に謝り、書類の束を受けとる。

 そんなエリザを、ポーリーンは無言のまま咎めるような目で見た。

 また無理してるんじゃないの、という言葉がひしひしと伝わってくる。


「やめてくれない、その目。分かってるって、大丈夫だっての」

「ほんとかしら」

「信用ないねぇ。ちょっと夢見てただけさ」


 「そう、」と頷きかけたところで飛びだした聞き慣れないファンシーな言葉に、ポーリーンは思わずエリザを二度見した。


「何よその顔」


 自分の耳を疑ったが、その必要はなかったらしい。笑う所でもないようだ。誤魔化すように「いえ、べつに……」とつぶやき、適当に話を進めることにした。


「珍しいわね。どんな夢?」

「アンタと初めて会ったときの――ほれ、肩から食い千切られてたじゃない」

「やめて」


 聞かなければよかった、と若干青ざめた顔で首を振る。

 あの音も感覚も痛みも、できることなら一生思い出したくない。機械化された体――特に左肩がきしむような気がして、ポーリーンは思わず顔をしかめた。浮上してきそうなおぞましい記憶を、押し込めるように首をふる。

 エリザはそれを見て少し笑い、書類に視線を落とした。目の前の、このサイボーグ女に関するものである。

 いくつかの項目に目を通してから、「あ」と思わず声をもらした。


「そういやアンタ、異世界人なんだっけ」

「……イギリス人よ。ずいぶん今さらね」

「こうも付き合いが長いとねぇ……」


 ポーリーンは元々、親戚筋にあたる女社長のもとで、真っ当に秘書――今でこそ冗談のように割り当てられているが、実際本職だったのだ――として働いていた。


 ある日社長の移動のためにタクシーを手配し、昼の休憩をとって――ふと気づけば、あの雪原にいたのだった。

 スーツにハイヒールという仕事着のまま呆然と立ち尽くしていたところ、突然狼に襲われた。

 もちろん暴れて逃げ出して、そしてすぐに、まだ幼かったエリザと出会ったのだった。


「アンタもずいぶん運が無いというか、なんというか」

「分かってるわ。パロミにも何度も言われたから。それよりさっさと仕事してくれる?」

「はいはい」


 それからしばらくエリザは俯いて、「んー」とうなり首を傾げていたが、


「じゃ、くだらない感傷は終わり。ちゃちゃっと整備しますかね」


 書類を持って立ちあがると、染色の落ちかけたくせ毛を、適当にゴムでくくりあげた。いい加減染めなおしたらいいのにと思うが、面倒くさいらしい。

 まあ、それも彼女らしい。

 ポーリーンは意図せず頬をゆるめ、整備室へと向かう彼女のあとを追い、その肩をかるくたたいた。


「期待してるわ」

「任せときなさい」


 ペラペラ書類をめくりながら歩くその顔は、すでに仕事に没頭しているようだ。


「博士より完璧に仕上げてやるから」


 ふふんと自信満々に笑うエリザは、幼いころから変わらない。

 堂々とした自信家で、サバサバしていてマイペースで。

 それは、彼女の親代わりで、師匠でもあった『博士』が死に、その白衣を着るようになってからも変わらない。

 彼女そっくりに生き生きとしているので、ポーリーンもつられるように微笑んだ。


「博士はあなたでしょ」

「アタシは悪の科学者だっての」

「なんなの、そのこだわり」

「うっさいわね、いいじゃないの」


 ポーリーンの新しい生がはじまり、老いることもなくなったあの日――。あの時からずっと、まるで親子のように姉妹のように友人のように、二人は支えあって生きてきたのだった。

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