効率の良い狩り
酒場でたまたま声を掛けてきた男は、宇宙生物ハンターだった。
そんな職業、見たことも聞いたこともなかったのだが、どうやら男の住んでいる星では有名らしく、小学生の将来なりたい職業で3年連続一位だそうだ。
どんな仕事かといえば、宇宙の星々を巡り、その地に生息している希少種、あるいは獰猛な生物をハンティングすること。ターゲットの生死も重要で、優秀なハンターは生きたまま捕獲するという。
そんな男が、自慢のコレクションを是非見てほしいと家に誘うものだから、彼は言われるがままにホイホイとついていってしまった。
「いやぁ! 立派なコレクションだ」
家に入るなり、彼の第一声はそれだった。
男の屋敷は思いのほか広く、そこかしこに見たこともない生物の剥製が陳列されており、まるでちょっとした博物館のようであった。小さいものはネズミサイズから、大きなものになればゾウと同等か、それ以上の大きさがあった。そのどれもが、この星に生息している生物の特徴からは程遠く、あえて似たものを探すとすれば、深海に住む魚に近いといえる。
「いえいえ、この程度。奥にはもっと珍しいものがあるんですよ」
そういって男が案内した先には、厳重な鉄扉があり、そこを通り抜けると明らかに今居る展示フロアとは趣きが異なった。床や壁は見るからに分厚いコンクリートに変わり、照明も薄暗く、細く長い一本道の通路には、等間隔で牢屋のような小部屋が設置されている。
「ここにいる生物は、私が生け捕りにしたもの達です」
男がまず、一番手前の部屋を指差し、
「これはとてもとても暑い星にいた生物で、口から高温の溶解液を噴出しましてね。これが厄介でした」と説明してくれた。
見ると、部屋の中には、ウサギほどの大きさで、見た目はカニとクモがごっちゃになったような刺々しい生物がいた。体の中心には目が10個ほどあり、そのまた中心にカラスのクチバシのようなクチがある。ここから溶解液を出すのだろう。
「この星では耐熱スーツの着用が必須なのですが、こいつの溶解液でスーツを溶かされ大やけどをしたハンターも大勢います」
そういう男の右手には、かなり重度のやけど跡があった。
「もしやその手はこの生物に?」
「いえ、これはその・・・別の生物に。さて、次の生物をご紹介しましょう」
先に進むと、今度の生物は大きかった。クマほどの大きさだ。全身をふかふかの毛が覆っているのだが、毛むくじゃらすぎて最早大きな毛玉のようであった。
「こいつはとにかく気性が荒く、雑食です。人を見ても逃げ出さず、襲ってきます。ほら、見てください手の爪を」
「と、言われましても手がどこなのか・・・」
彼が困っていると、男は胸元から取り出したペンを毛玉に向かって放った。すると、突然毛玉から丸太のような腕が飛び出したかと思いきや、そこからさらにジャックナイフのように数10cmもある爪が突き出たからだ。その爪の鋭さときたら、日本刀もかくやと思わせる切れ味で、真っ二つになったペンが放物線の軌道を些かも変えずに床に落ちた。
「いやはやこれは恐ろしい生物ですな。もしや、その目はこの生物に?」
男の顔の右半分には、顎から頭頂部にかけて深い切り傷があり、それを眼帯で覆っている。
「いえ、これもその・・・。さて次の生物をご紹介しましょう」
次の部屋には、何もなかった。いや少なくとも彼の目には何もないように見えた。
「ここは?」
「床をご覧ください」
言われるがままに見ると、この部屋だけ他の部屋とは床の材質が違うことに気づいた。透明なガラス製のようであり、やけに厚く作られている。透明な層の先はすぐに黒い層があり、このせいで一見すると床一面が黒いように見える。
「この床・・・ですか?」
「はい、これです。ちょっと分かりづらいので、こうしましょう」
言うや、男は踵で床をガンガンと蹴飛ばした。すると、黒い床だと思っていたものがもぞもぞと動き出し、その隙間にどこからともなく水が入り込んだ。これは巨大な水槽だ。そこになにか黒くて大きな生物がいる。っということは彼にも理解できたのだが、
「あまりにも大きすぎて、どんな生物なのかがさっぱり分かりません」
「では更にこうしてみたらどうでしょう」
男はおもむろに壁に備え付けられていたボタンを押すと、水槽の中に餌、と思しき魚が投入された。黒い生物はそれを敏感に察知するや、突如体に無数の穴を出現させる。マンホール大の大きさもあるそれは、中がミキサーのような構造になっており、吸い込んだ魚をグチャグチャに切り刻みながら飲み込んでいった。およそ生物の食事風景とは思えない異様な光景であった。
「気持ち悪い生物ですね。それにしてもこんな大きな生物をよく捕まえられましたね」
「はい。こいつには苦労させられました。電気ショック銃を使って捕まえたのですが、私の相棒は不意を突かれてこいつに丸かじりにされて死にました」
「それはお気の毒に。・・・もしやその脚はその時に?」
男の片脚は根元から義足であった。
「いえ、これも・・・。さぁ、次の生物で最後です」
最後と言われ案内された部屋には、中心に鉛色に鈍く輝く柱が置いてあるだけの殺風景なものだった。
「これは、はたして生物なのでしょうか?」
男はごもっとも、と頷いた後、淡々と語り始めた。
「今ご覧になっている、この鉛の柱のような生物こそ、私のハンター人生の中で最も苦戦した相手で、最も凶悪で、最も利口な生物です」
「とてもそうは見えませんね」
「この生物の最大の特徴は、擬態です」
「擬態というと、自分の外見を変化させるようなものですか?」
「ええ、一般的にはそうですが、こいつの場合は、擬態した相手の能力を完全に自分のモノにできるのです。この能力を把握していなかったのが、私の敗因となりました」
敗因、という言葉が引っかかった。
「負けたのに、今こうして捕まえてあるのは、一体全体どういうことでしょうか?」
男は自嘲気味に笑いながら、
「ええ、一度は捕まえました。その時はまだ、ただの柱だったのです。いや、その時から既に奴の思う壺だったのかもしれませんが・・・。そしてこの部屋まで運んできたのです。ここまで言えば分かりますよね?」
彼が首をひねると、男は更に付け足した。
「ここに来るまでに部屋を3つほど通過しましたね?」
彼は、はっとして声を上げた。
「そうです。この部屋に着いた途端、柱が姿を変え、溶解液で私の手を焼き、鋭い爪で目を抉り、なんでも砕いて飲み込む口で脚を食いちぎったのです」
彼の顔がみるみる青白くなっていったのは、なにも凄惨は話を聞いたからではない。彼の脳裏にはある疑念が渦巻いていたからだ。この男は、そんな絶望的な状況に直面したにも関わらず、なぜ生きているのだろうか、とういことだ。
「その擬態、というものの中には、もちろん最初に遭遇したあなたも含まれるわけですよね?」
男は、彼の言わんとしてることを察してか、クスリと笑った。
「あなたは想像力豊かな方ですね。私が擬態した柱だとお疑いなのでしょうが、残念ながらそれは違います」
「そ、そうですか」
「最初に言ったように、この柱は、私が出会った生物の中で最も利口な生物です。私に擬態して、獲物を狩るような手間はかけません。それよりももっと効率の良い狩りの方法があったからです」
言い終えると、男は壁のボタンを押した。部屋の格子が上がる。そして驚く彼を中へと突き飛ばした。
「柱はこう考えたんです」
”この人間のハンターを使って、人間を狩ってこさせよう。そうすれば自分は何もせずに、ただ待っているだけで餌がやってくる”
すぐに、部屋の中には彼の断末魔の叫びが響き渡った。