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陽炎クラス

作者: 椎名円香

 ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 「右に同じ」のお題小説です。今回は「フィニッシングストローク」というお題で書かせて頂きました。一応は怖い話を意識して書いたつもりです。奇妙な話テイストになりました。

 よろしくお願い致します。

「お前はドッペルゲンガーを信じるか?」

 彼はそう言うと、使い古された教卓に座って足を組んだ。足下にはたくさんのチョークが転がり、黒板には多くの汚れがこびりついている。教卓も彼が足を揺らす度に耳障りに軋んでいた。教室に並ぶ机や椅子はどれもぼろぼろで、中には原形を留めていないものさえある。形が完全に残っているものは一つしかなかった。

「お前は、自分と同じ顔をした人間にあったら死ぬ、なんつー奇天烈な都市伝説を信じられるか?」

 ドッペルゲンガー。

 自分と同じ顔の人間が目の前に現れる、陽炎のような都市伝説を、果たして信じるものがいるのだろうか。自分と同じ顔をした人間が世界に三人いるとか、それに会うと寿命が縮むとか命を落とすとか、バリエーションは数多にあるのだろう。しかし、そのどれもが俄には信じがたい。それこそ、本物に出会いでもしない限り信じることは難しいだろう。

 しかし、出会ったら死ぬのなら意味がない。

 被害者と被告は欠席、証人だけの裁判。

「お前は、ハッピーエンドを信じるか?」

 男は問う。

 イカサマ師みたいな服を着たその男は、黙ったままのぼくをまっすぐに見ている。口元には軽薄な笑みが浮かび、楽しそうにこちらを見る。

 気に食わない。

 食えない奴なのだ。

「ちなみに俺はドッペルゲンガーを信じない」

 彼は勝手に話を進める。彼はいつだってそうだ。自分勝手で、自由人で、つかみ所などあった試しが無い。どんなに手を伸ばしてもぼくは奴のようにはなれないし、どうせ追いつくことなどできやしないのだ。

 そんな薄っぺらな説明で、ぼくたちの関係は説明できる。

「が——別にいないとは思ってないのだぜ?」

「……どーゆうことだよ?」

 カーテンが揺れる。誰もいない教室で、彼は大げさに高笑いし始めた。息が切れても笑い続け、最後に大きく咳き込む。

 返事は無い。

 響き渡ることも無い。

「ただ、都市伝説なんつーホントかどーかも怪しいもののこと信じろって方が無茶だと思わないかってだけでだな」

 別にどっちでもいいけど、と彼は付け足す。教卓の上であぐらをかき、役者のように忙しなく腕を動かしている。まるで生徒に教訓を語って聞かせる教師のようだった。

 ボイコットする生徒はいないようだ。

 たった一人の生徒は真面目に話を聞いている。

「なんだよ、それ」

「ついでに、俺はハッピーエンドってのがいまいちよく分からん」

 わざとらしく頭を掻いて彼は笑う。質問した本人が質問内容を分かっていないとはどういうことなんだろうか。ぼくは彼に近づき、髪に隠れた額に思い切りデコピンした。

 すり抜ける。

 彼に触れられない。

 彼は。

「少なくとも、アレがハッピーエンドじゃなかったってことだけは確実なんだがな……。ありゃどー考えてもバッドエンドだ、絶対。いや、絶対とかねぇけど。絶対に、アレはバッドエンドだ」

「バッドエンド以外の何物でもないって」

 あれはバッドエンドだ。

 あのクラスに、ハッピーエンドは訪れない。

「この物語のエンドは、どうしようか?」

「バッドエンドだけはもうホント、断固拒否だわ。できればこう、感動的なエンディングが良い。なんつーか、成仏できる感じの」

「ハッピーエンドと言っていいと思うけど」

「あー、でもあれだわ。それはそれで名残惜しいんだよなぁ。でもこのままってのもなんかあれだし」

「うん」

「このままでいちゃ悪いってのは分かってる……ってか、そう思ったからここにいんだけど」

「……うん」

「なんか有耶無耶なまま時間が経っちまったからさ。改めて、さ」

「……」

 世界は静かだ。

 ここにはもう何も無い。

 空っぽの空間に。

 彼の声だけが聞こえる。

「なぁ、お前はドッペルゲンガーを信じるか? ——ハッピーエンドを、信じるか?」

 問いかけに答えたら、きっともう君に会うこともなくなるだろう。

「ぼくは……」

 ぼくはぼくは。

 こんなことしか、言えない。

「ドッペルゲンガーなんてどうでもいい。ご都合主義だっていい。ぼくはハッピーエンドを信じてる」

 なんて言ってみても。

「……なんちって」

 聞こえやしないだろ。

「死人に口無し、か。ったく、やるせねーの」

 そっちにいる君には。

「なぁ、お前は知らないだろうが、俺らの学校、ちょっち前に取り壊されたんだぜ? 信じらんないだろ? 机の落書きも、黒板の相合い傘も全部無くなっちまったよ」

 ぼくたちの世界はこわれる。

 たった一つの机を残して。

「お前のこと覚えてんのは、もう俺一人になっちまった。……知ってる奴は、いるかもだけど」

 地面に重たそうなケースを置いて。

 その隣に、喪服の彼が座っている。

 一体誰を見送ろうとしているのか。

 ぼくには分からない。

「だから、今日は卒業アルバム持ってきたんだ。感謝しろ。んで、代わりに俺の愚痴に付き合え」

 何もない土の上に、すり切れた本が置かれる。ぼくにはそれを読むことができない。

 読んだとして、そこにぼくはいない。

「学校が壊された時な、初めてお前が死んだと思った。それまでは、やっぱどこかで生きてて、いつかひょっこり出てくんじゃないか——なんて思ってた」

 アルバムが風で捲れる。

 ぼくにはそれを読むことができない。

 見ることもできない。

「それがこの様だよまったく。ほんっと、足下掬われた感じだぜ」

 ぼくはそれを読みたくない。

「人のこと言ってる場合じゃ、なかったわけで」

 そのクラスは。

 もう机は倒れたんだから。

「なぁ、このままだと俺の人生バッドエンドだぜ。なーんで、俺だけ今更なんだかなぁ……」

 ぼくの目の前で、机は倒れた。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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