魔法帝国少女
ここは工場地帯の隅にある廃工場。半年前からおれ達のアジトになっていた。が。
今のおれと同志数人は両手を上げて魔法少女達に武装解除させられていた。
「そのままおとなしくしていてね、クルムト君」
委員長はおれににっこりと笑いかけながらもこちらの動きを注視している。少しでも不穏な動きをしたら他の魔法少女がおれ達を攻撃するフォーメーションで取り囲んでいた。
魔女王親衛隊は次期魔女王候補の魔法少女のみで編成されたエリート部隊だった。委員長もその一員だったわけだ。
「すっかり騙されたよ、委員長。反乱分子狩りの浸透捜査を市民学校内でしていたとは」
「ええ。そのおかげで君みたいな大物が釣れたわ。疾風怒濤のクルトという伝説のテロリストをね」
「ふん。幻のクルトがおれだとは限らないさ」
「そうね。でも女の勘が君をクルトだと言っているわ」
「はあ?女の勘だと?魔女の勘じゃないのかよ」
「アンチ魔法探知思考で読心をジャミングしているじゃない。学校の中でもいつでも君は心を読ませない。これって逆説的にプロのテロリストの証拠でしょ」
「君みたいな美少女におれの卑しい心を見せたくないのさ。嫌われたくなくてね」
「へえ。君にそう思われていたなんて光栄だわ。でも容赦はしないけどね」
「こっちも思ってないさ。魔女相手に何も期待してはいない」
オレンジ色の髪をボブカットにした委員長は本当に碧眼の美少女だった。しかも彼女たちの制服はとても扇情的だった。上半身が黒の堅苦しい軍服なのに、下は真っ赤なミニスカートに白のニーソという軽快さ。その格好で箒に跨って浮かんでいるせいでちょうど彼女の太ももがおれの視線上を移動しているのだ。これで胸を熱くしない奴はいないだろう。あんな細い柄に跨ってあの部分が食い込むんじゃないだろうか、とか妄想してしまう。おれも一応女子にエロい妄想を抱く年頃だからな。
だが彼女たちは生粋の魔女至上主義者で、親衛隊に所属していることを忘れてはいけない。おれ達の敵なのだ。
「反魔女体制主義者は敗北者。魔女王こそ地上の統治者たるべき存在。それがわからないとはクルムト君の事買いかぶっていたようね。結構好きだったのに」
「ありがとう。おれも結構委員長のこと好きだったぜ。魔女の手先でなかったらな」
魔女は人類文明の敵なのだ。彼女たちの存在が科学の発展を阻害している。魔力を持たない者にとって魔法は百害あって一利なしの力だった。
世界を二分する勢力である魔女と科学者は数百年も戦い続けていた。
魔女の支配する国にも反魔女主義者はいる。地下に潜り反魔女体制活動をしていた。おれはそんな活動家の独りで両親もそうだったのだが、活動家であることが親衛隊に知られ逮捕されて火あぶりの刑に処された。
おれは魔女や魔法少女達に復讐するため反魔女体制主義の破壊活動を行っていた。
そう、おれこそが疾風怒濤のクルトだった。
そしておれは委員長の正体を後で知ることになる。魔女王に最も近い魔法少女と言われる炎髪のヒルダだった。幼年期に既に他の魔法少女を圧倒する魔力を持ち、親衛隊入隊と同時にその冷静冷徹な頭脳で活動家を次々と摘発して実績を上げていた。おれ達の間で恐怖の対象としてのヒルダの名はよく知れ渡っていた。だがこんなに若い美少女だったとは彼女に会うまで知らなかった。
「逮捕されたらおれは火炙りにされるんだろうか、委員長」
「そうね。君がクルトだったら九割九分極刑だね。君の破壊活動で何人の魔女が犠牲になったことか」
「魔女から見ればクルトは大衆的敵対者だからな」
「あら。認める気になったのかしら、クルムト君」
「まさか。善良な活動家Aに過ぎないよ、おれは」
「活動家Aなら禁固刑30年。決して軽い刑罰じゃないわよ」
「俺の青春は終わりかよ。せめて委員長のような美少女とウハウハな青春を送りたかったぜ」
「そうそれは残念。でもそれは自業自得でしょ、クルムト君」
「魔女め。抜け抜けと言いやがる」
「魔法少女よ。成人にならなければ魔女は名乗れないの。科学という矮小な叡智にすがる愚かな無能力者には分からないのでしょうが、魔女の階層は絶対なのよ」
「知るか。おれは魔女じゃない」
なんて不毛な会話。この程度の腹の探り合いで正体を明かすようなバカはいないが。
だがこのままではどのみち魔女の手によっておれの命は風前の灯だ。どうする。
疾風怒濤のクルトとしてはどうしたらいい?
あまり奥の手は使いたくないのだが。
しかし、委員長は侮れない。それはよく分かる。何人もの魔法少女や魔女と戦ってきた経験で、彼女が宿敵となるかもしれない潜在能力を持っていることは理解できた。まずい。強敵だ。
「そんなに私が気になる?じっと見つめちゃって。照れるじゃない」
「おっと。つい見とれてしまったぜ。委員長は罪な女だな」
「言いたいことはそれだけ?なにか企んでいるのは分かっているわ。さっさと連行して」
委員長は魔法少女の一人に指示を出した。
おれ以外の同志は既に魔法少女達が召喚した使い魔に乗せられて外に連れ出されていた。おれだけ居残りさせられていたのは、委員長がおれとの対話を望んでいたからだ。おれを疾風怒濤のクルトだと断定し自白させたかったのだ。彼女は、本当におれに興味があったらしい。
「なぜクルトが疾風怒濤と呼ばれているか知っているか?」
「さあ。私は武闘派と戦う機会がなかったから」
「武闘派?違うな。そういう意味じゃない」
それは疾風のように早く凄まじい勢いで事態を収拾させる。
工場のトタン屋根を破ってそれはやって来た。対魔法探知妨害対策で魔法少女達にはその存在は知られていなかった。ずっと工場の屋根にいたのだ。
おれの危機に現れる守護者は緊急避難行動プログラムでおれを敵から救い出し、できる限り遠くへ脱出する。戦闘はしない。武装は自己防衛用の機銃のみだった。
こいつに魔法は効きにくい。威力は半分以下になる。
「機械の人形…」委員長はぼつりと言った。
そいつはおれを抱き抱えて再び上に飛んだ。背中のロケットが点火して白い柱を立てながら空へおれ達は舞い上がった。
炎髪のヒルダにはまだまだ経験が足りなかった。疾風怒濤のクルトは科学帝国の聖地が出身地なのだ。その地ではロボットを幼少期に相棒にする習慣がある。それが守護者である。それは相棒が倒れるまでそばにいる。
空は青かった。雲ひとつない蒼穹。頭上が海で落ちてゆくような錯覚を覚えた。
今は逃げるしかなかった。同志は必ず奪い返す。
戦いは続く。魔女との戦いはまだ続くのだ。
そして本当に委員長はおれの宿敵になった。これは宿敵との最初の戦いのエピソード。
プロットむき出しの内容なのでちゃんと書き込んだものにいつか仕上げたいと思います。いつか。