勇者編1話の1 代わり映えにて何かを救う
こんなに平和な世界だというのに。でも、特区周辺だけは魔物が多いって、聞いて。
「こ、こんなにイッパイいるとは……思わなかった……」
入ってみたら、即刻化物に囲まれてしまった私だった。
色とりどり、大小様々な、生めかしい異形たち。苦くすら笑えない。
……この魔物たちも人里に降りて人間を襲うかもしれない、ここで倒さなきゃ。
私でも、やって全部倒せないことも無いはず。手足四本でどこまでいけるか、考える。
「よぉし……、キミたち、どっからでもかかってきなさ――」
「せいやぁ!」
気の抜けた掛け声がした。今、目の前で何かが起こった。
目前の化物群が大量の黒い煙と化して、私の視界一面を埋め尽くした……らしい。
物事の順序すら、あまりハッキリと認識出来ない。何が起こったのか。
「大丈夫、でしたか?」
煙の中から声がする。同方向から垂れ流れるような光が、煙を優しく引き裂いた。
あぁ、圧倒的な誰かが私を助けてくれたんだ。と、今になって理解した。
煙を斬るように現れたのは、大剣。それは鈍く光すらせず、黒く錆び付いた金属の板と言う方が正しそうだった。次いで現れたのは、剣を両手に下段でずっしり抱えた、可憐な少女。
*
二人で山を降り、特区の山から下ってすぐの繁華街だ。私たちは歩いている。
どこに立っても、半径一メートル以内には人がいるような人口密度。慣れるまでは目眩がしそうだったけど、三日ほど歩けば、逆に人の活気が心地良かった。
ここは、私の育った環境なんかより、すっごく、生活環境向けに魔法が発達してる。科学だって発達してる。高い建物があったり、人と人が遠隔でも言葉を交わせる装置があったり。夢が何でも叶いそうな場所だった。
ある程度については、私も本を読むことで理解していたけれど……それでも、街を目にした衝撃は、身の丈を超えて余るくらいだ。だから私は、街の景色に色々なものが浮ついていた。
「はい!」
彼女は先程の質問に答えてくれた。
「僭越ながら、ですね。わたしが勇者なんて称号をいただいています」
「……?」
「う、嘘じゃありませんよ」
彼女は必死に両手を振るが、私だって何も、嘘をついているんだと疑ってはいない。
ただ、これだけ包み隠さず自己紹介されてしまうとは、少しも思わなかったから。
更に驚きの理由を言うなら、それは勇者の容姿について。
まさか、こんなに可愛らしい、それも女の子だとは微塵も思っていなかった。
時代に合った可愛らしい格好。白くて、ところどころヒラヒラしてて。腰元の袋にはビーズの装飾が垂れていて。スカートも、綺麗。髪は短めに切り揃えられていて、唯一少しだけ無造作な前髪には、小さな髪飾りがあった。
「可愛い」
意識に先行して、言葉が漏れ出した。死にたくなった。
「? どうしました?」
「う、ううん、何でもない!」
否定を並べるために彼女を見れば、邪の欠片も感じられない笑みがあった。小さく、笑いながら首を傾げていた。可愛かった。私の心臓を、体ごとヒュッと落としてしまうような、そんな浮遊感を味わせてくれた。途端に、顔から耳までが熱くなった。
「特区で戦闘していたからには、貴方も私と同じ考えということですね。正直驚きです」
少しでも魔物を倒して災害を減らそうとか、考えと言ってもそんな感じだった。
「そ、そう、だね」
「出会いは大事にしたいです。……というわけで、はじめまして!」
「……うん」
カタチはどうあれ、勇者を見つけることができた。第一の目標は達成かな。
「貴方は、名前、なんて言うんですか?」
「えっ」
「……どうしたんですか?」
名前、名前なんて、答えたくない! あんなヘンテコな……。それでも切迫してくる場の空気と言うものがあった。キョトン、と、顔を近づけてくる勇者。
「……ネ……ネコっ……」
私は望まずとも口を開いた。
空気に噛み付くように、思い切って言い放つだけ言い放った。……あぁどうしよう。
「分かりました、ねねこちゃんですね」
違うッ! けど、口に出して言い返す余裕は無かった。
振り子の振れ幅が狭くなるように、彼女は少しずつ足を止める。
私が彼女に振り返ると、彼女は光源になっちゃいそうな笑顔で、一言。
「ねねこ……音猫ちゃん……うん! すっごい良い名前です!」
違うッ!
彼女の曇りない笑顔を壊すのは心苦しく、どうも否定する勇気が湧かなくなる。
「これから、どうかよろしくお願いします」
頭頂部に柔らかい感触があって、体が飛び跳ねそうになった。彼女が、頭を撫でてくれたんだ。背が同じくらいだから、その姿は全然、サマになってないけど。妙に心臓が落ち着いて、暖かい感覚に体中の力を抜いてしまいそうだった。
「……」
こんなんじゃだめだ。しっかりしなっ……しっかりしなきゃ。
以後の私は、彼女と共に時間を過ごさねばならない。彼女が勇者だからだ。それが私の使命だから、一切気を抜かずに頑張るんだ。
その為に、最低限の情報くらいなら、彼女に伝えなくちゃならない。
「……それより、それより! キミに言っておきたいことがあるんだけど……」
「? 何ですか?」
「私は、ずっと勇者のことを、探してたの」
当然これだけの話じゃ、彼女も要領を得ていないようで、首をかしげているばかり。
「探して……たんですか? 私を? どういうことでしょう」
悪いけど、その疑問には答えてあげられない。
自分でも、かなり突飛な話だとは思うけど、それでも言うしかない。
「だ、だから、これからわたしと一緒に生活してくれない、かな?」
「……へ?」
私は勇者と一緒に住むんだ。