魔王編第五話の三 ちっちゃすぎる命へ 3
「……どうして、殺したの」
道しるべすら無い荒野を二人で歩きながら、まずは屋敷への帰路を歩む私たちであった。
一応、あんな形だけど綾人さんたちとの共戦約束はとりつけられた……はずだ。でもやっぱり、納得いかない。
「声が震えているぞ。何の話だ?」
魔王の声は相変わらず微塵の動揺も見られなくて、空気にさらされた金属みたいに冷たかった。
「集落の中では、私の目が覚めるまでずっと、キミは一日中暴れずにいたのに。どうしてあの時は、あんな簡単に、人を殺したの」
「ムカついたからだ」
さらっと告げられた。
「……何で!? そんなのって、あんまりだよ。親をなくしたあの子は、これからどうして生きていけばいいの? ふざけないでよ! ふざけないで! ふざけないで!!」
「知るか」
私は立ち止まってうつむいたが、彼は待ってくれる様子はない。背中がすこしずつ小さくなっていく。
砂が舞う、眼に見える風が一つ二つと辺りを走り抜けた。このまま彼が行ってしまうのなら、置いてけぼりにされても良いだなんて、心の隅で思えた。
それでも立ち止まるわけには行かない。私は、彼と一緒にいたいんだ。世界を救える可能性があるのは、今、彼しか居ないんだ。
私は、彼の仲間で副官だ。
「……少しは、キミに良いところもあるかと思ってたのに」
つぶやくように一つだけ言ったら、よっぽど地獄耳らしい彼は振り返ってきた。
「やめろ虫酸が走る。それに、腹がたつものはたつのだから仕方が無いだろう?」
「どうして」
「あの避難民一行から、お前の悪口が聞こえてきた」
思いも寄らない言葉だった。
「……え?」
「『魔王と一緒に行動してるなんて、どうかしてる』『体でも売って取り入ってんのか』『何か企んでるに違いない』『魔王と共に居る以上は、邪悪の類に違いない』『魔王のお気に入りか』『あの女に近づいたら殺される』。全部あいつらの言葉だ」
「それって」
「お前があんな奴らのために死ぬほど頑張っているのは、今のところ、俺が一番分かっているからな」
不謹慎だという言葉が一瞬吹き飛んじゃうくらい、衝撃的な言葉だった。
……意外、だな。
理解しているなんて旨の言葉が魔王から飛び出してくるなんて、予想だにしなかった。
「あんな奴らに言われるまでもなく。お前は、熱が出るまで勉強している。それに動けなくなるまで強くなろうと特訓している。それも毎日だ」
「そんな、そんな分かったようなこと、言わないでよ」
なんて口では言ってみたけれど、少しだけ胸がじんわりした。
ずっと一人で頑張ってきたつもりだった。小さな頃から大きくなるまで、見返りなんて要らないと思って人を助けようと頑張ってきた。
その努力を、ほんのちょっとだけ理解してくれてる人が居た。
でも、だからって彼が人を殺していい理由にはならないんだ。絶対だ。それだけは許せない。そんな気持ちと、理解された嬉しさが交錯して、混ざりきって最後には相殺されて消えちゃって。
何も言えなくなった。
「お前を見ていると、否が応でも感情移入させられる。そしてそんなお前を、あんな奴らに否定されるのは腹がたつ。……俺はああいった理不尽な誤解がこの世で三番目くらいに嫌いなものでな。自分がクズだ極悪だと非難されるのは褒め言葉にしか聞こえんのだが」
「……うるさい!」
私はどうすればいいんだ。
「そんなに俺が許せないなら勝手にしろ。もう付いてくるな、鬱陶しい」
再び彼は迷わず歩き出してしまう。多分彼の誘導がなければ、私は屋敷にまで辿りつけない。
「馬鹿! 馬鹿!」
心臓がきゅぅとしていた。どうすればいいのか分からないという気持ちの狭間で、私はとぼとぼと、彼のあとをつける。彼に自分を理解されたのは、個人的に嬉しいと感じてしまっていた。
「……付いてくるなといっているだろう?」
「し、知らない! 馬鹿!」
ごめんなさい。
どこまでも優柔不断で、自分勝手で、ひどいヤツでごめんなさい。
私は子供みたいに泣きじゃくりながら、どうすればいいのかも分からずに、彼の後ろを歩いて行くしか無かった。
とぼとぼ、とぼとぼ。
私は地獄に落ちてもかまわないから、だから。この最低最悪な魔王と、せめて死ぬまで一緒に、最低を頑張らせてください。
ずーっと、泣きながら、誰にでもなく祈るのだった。