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魔王編第五話の二 ちっちゃすぎる命へ 2

「そういえば、なんだけどね」


「ん」


「何で私の名前ってネコになったの?」


 集落の端に沿って歩きながら、彼の横顔を眺めながらに尋ねた。

 相変わらず魔王の近くには誰も近寄ろうとしない。私はそのことについて言及するつもりはなかった。銃を向けてる人間すら見える。

 どうせ魔王のことだから、悲しいなんて感情は抱えていない。それは間違いないことだ。

 私が危惧するのは、魔王がどれだけ悲しいかってことより、魔王がここにいる人たちを殺してしまわないかということだ。


「理由なんて無いし、ただの思いつきだ。……後付けで理由を足すとしたら、そうだな。お前に、『猫のようであれ』と願ったからとでもしておこうか」


「……私に猫耳でも付けろって言「黙れ」眼光で吹き飛ばされた。私は地面を転がった。


 変わらぬペースで歩き続ける彼に、必死で追いすがる。


「猫耳を高貴な文化だと誇るつもりはないが、猫耳よりも低次元な存在であるお前に猫耳を侮辱する権利はない。死ね。お前に猫耳が生えるくらいなら、口からケツが生えた方がまだマシだ」


 何言ってるんだこの人。


「知っているか? 飼い猫は自らの死に際を悟るとき、生きる希望を捨てずに身を隠す。馬鹿な事に、安全な場所で自然治癒を待とうというのだ。……まあ、大慨の猫はその段階に至れば死ぬ。お前もそうであってほしい」


 腰を低くして見上げる彼の横顔は強く逆行を帯びていて、眼鏡を透かして煌く眼鏡だけが見えた。

 私は体の痛みに耐えながら、できるだけ唇を噛んで我慢する。涙がでそうかも知れない。


「つまり、どういうこと?」


 なんて、尋ねるまでもなかったから、口にしなかった。

 初対面で、彼が私に言ったことを想い出せば簡単に分かることだ。


『死ぬときは俺に迷惑をかけずに死ね』


 ……分かってるよ。

 ふと向こうから、こちらを囲む群衆を切り分けて、一人の男がやってくる。

 周囲の人間に銃を捨てさせて、一つのため息をついていた。頭にバンドをしていなかったから気づきにくかったけど、杵島綾人だ。


「ネコさん。怪我はもういいのかい?」


 長い髪の隙間から優しい目が覗いてくる。彼に声をかけられると、体がぴくっと反応しそうだった。


「お、おかげさまで!」


「……僕は寝床を提供しただけのことだよ。キミが寝てる間に傷自体を治療してくれたのは、そこにいる魔王だ」


 え? 不可解すぎる発言を一瞬理解できなくて、魔王の方を振り返ってみたら顔をそらされた。

 魔王が、私の手当をしてくれるなんて。でも道理で傷の痛みがなくなっているわけだ。

 それでもフラフラするのは、多分、魔王の能力はポジティブな面に発揮することが出来ないからだ。

 彼は多分生き物を作ることが出来ない。だから誰かの体を治療することはできなくて、やれることは傷を『消滅させる』ことまでなんだ。


「……なおして、くれたんだ」


「死ね」


「ありがとう」


「殺すぞ」


 この魔王怖い……。


「正直、あの時お前が傷つけられているのを見て、不快な気分にはなったからな」


 魔王は眼鏡を中指でかけなおすと、大胆にあけっぴろげに立って、コートのポケットに手を差し込む。綾人さんを睨んでいるようだった。


「それでお前、何か用でも? 安心安全な帰路を約束してくれるのか」


「……いや。まだ僕はキミらを帰すつもりがないんだ。魔王、お前の帰宅を許す前に、一つ尋ねたいことがある」


「言うな」


「?」


「少し待て」


 魔王が人差し指を立てて周囲を制すことで、急にシンとなった。

 じりじり、照りつけてくる太陽の燃える音すら聞こえてきそうなくらい、誰も言わなくなる。

 そんな幻みたいな音に混じって、地鳴りも聞こえてくるのは……何だろう。これも幻聴だろうか。

 音がだんだんはっきりし始めて、これは、もしかして。と思った瞬間脳が揺さぶられそうだった。

 近くの櫓に居た見張りが、警鐘が鳴らしたのだ。

 急に全員が不安げなどよめきをあげて、ざわざわと微妙に逃げ惑い始めた。

 人ごみの隙間から荒野の奥を見れば――ちょっと全身から体温が抜け落ちた。

 荒野の地平線を綺麗に埋め尽くす形で、化物が黒い列を成し迫ってきている。


「――こんな時に」


 綾人さんが焦ったように振り返り、声を張り上げた瞬間のことであった。


「落ち着け。貴様ら人間も、群がって武装すればなかなか使えることは理解している」


 魔王が発言した瞬間、一瞬真っ白と真っ黒の景色が目の前で明滅して、よく分からない重力を感じた。

 私はへっぴり腰ながらに耐えたけど、周囲の人間は大半が腰を崩してしまっている。終わりだ、終わりだとみんなが口々につぶやいていた。

 だがその声も、次第に落ち着き始め、疑問のざわめきに入れ替わり始めた。

 再び荒野の奥を見れば――化物が一体も見当たらないのだ。黒い霧が天に上り空気に混ざり霧散しているのみである。


「……ま、魔王がやったの?」


「そうだな。奴らも俺の存在に気づいたのか、少し本腰を入れて潰しにかかっているとみて良さそうだ」


 一息ついた。

 全部、魔王が一瞬で片付けてくれたんだ。やっぱりこの人は……普通じゃない。

 でも、敵が魔王の存在を知って尚も攻撃を仕掛けてくるということは、つまり、魔王の絶対優位もそろそろ揺らぎそうだ。

 屋敷で私のことをさらった男が言うには……化物は魔王を倒せるだけの戦力も持っているらしいし。


「ところで話はもどるんだが」


 魔王は何事もなかったかのように話を戻す。ずっとポケットに手を差し込んだままだ。

 周囲が落ち着くような間も与えること無く、一人だけ悠然として語り続ける。


「俺はお前たち人間が大っきらいだ」


 この発言だけで、逃げ出す人が居た。


「だがその実力は認めるし、なかには面白い奴がいることも認める。俺一人では人手が足りないし、何より兵隊が居たほうがゲームは盛り上がる」


 それは多分、魔王なりに『必要なら手を組む』という意図の発言ということでいいはずだ。

 というか素直に、敵を倒すために力が足りないから協力してくれと言えばいいのに。

 変なところで素直じゃない。

 私は静かに、彼の隣で心臓が高鳴らせていた。別にもう現状に不満はないけど、人間と手を組めるってのは正直、嬉しい。

 ただ、魔王の場合集団行動はできなさそうなんだよなあ……行動は全部気まぐれだし、誰かと対等に協力しあうなんてことはできない。


「俺と貴様ら、互いの発言力はイーブンでどうだ?」


 ちょっと耳を疑った。

 魔王が自分から対等の関係を持ち出すなんて、信じられない。

 やっぱり、さすがに以前の戦闘のことを少しだけ気にかけているんだろうか。少しだけ落ち込んだりしてるのかな。


「構わない。そっちの提示してくれた条件をそのまま呑ませてもらうよ」


「そうか」


「ただし、僕達にも最低限の誇りはある。そちらも、これ以降の非道な行為は謹んでくれ。これ以上何かしようと思うなら、僕たちはお前を許さない。覚悟しておいてくれ」


「……ほお?」


 あまり仲が良い会話とは思えない。この二人はやっぱり、相容れることはできないのかなあ……。

 綾人さんも綾人さんで譲ってはいるけど、魔王に従うっていうのはあまり気持よくじゃないだろうし。

 ふと街の端っこを見ると、避難民らしいぼろぼろの布をまとった一行が私たちを見つめているらしかった。多分行くところがなくて立ち往生しているのだろう。

 一行の中から、一つ小さな影が飛び出してきて、綾人さんの側面に抱きつく。


「綾人さん! 綾人さん!」


 小さな子供だった。髪の長さやボロボロの服装からしても、男の子か女の子かすらも判別つかないほどの幼児である。

 綾人さんは最初困惑したように子供に笑みを送っていたのだが、すぐに状況に適応して、子供を抱き上げ、その両親らしき男女に頭を下げる。

 やっぱり綾人さんは有名人らしい。若いし、かっこいいし、少し胡散臭いけど、子供にとってはヒーローみたいな存在なのかもしれない。


「ん?」


 魔王が何故か避難民の方に顔を向けた。


「覚悟、か」


 魔王が一つ呟いていた。何やら縁起の悪そうな笑みをほっぺたにひっつけて、ポケットから指先を出している。

 え? とまずは私が思った。

 頭がものすごい勢いで回転した。全身に、何かとてもじゃないけど形容できないくらいの悪寒が走ったけど、「まさか」という魔王への信頼がすべての行動を踏みとどまらせていた。私はただ、魔王の隣で、彼の指先が向かう延長線上を見つめ続けるばかりだ。

 瞳が、キュッと縮こまりそうだった。


「ま、まって、魔王」


 綾人さんは子供と戯れていて気づく様子がない。その他全員も気づく様子がない。

 勇者の指先が、先ほど幼児の飛び出してきた避難民の一行に向いているということにだ。

 やな声が出そうだった。私はもうこの時点で想像を確信に変え、魔王に跳びかかっ――


「俺を許せないというなら、やってみろ」


 人が一瞬の金切り声をあげて蒸発した。たくさんだ。景色が一気に空っぽになった。

 幼児の父も、母も、誰もいない。

 残った群集たちは悲鳴をあげて逃げ出して、結局残ったのは、私たち以外に綾人さんと幼児だけになった。


「……っ」


 綾人さんは、信じられないという様子で、先ほどまで『人が居た』その場所を見つめ続ける。

 のどを大きく一つ鳴らして、未だに無邪気な幼児を一瞥しては、魔王をこれでもかと睨みつけるのであった。


「……お前は、自分が何をやったか、分かっているのか……!」


「もちろん全員あの世に送ってやった。俺は魔王だ、外道が褒め言葉だ。人殺しをためらう理由がどこにある。人の命に価値は見いだせんな」


 肩をすくめて魔王は笑う。


「俺を許せないんだろう? さあ、かかってこい。俺に触れた瞬間お前もああなる。死にたいのか? 違うだろう。お前も人を導く忙しい立場だからな」


 私は正直、どうすることもできなかった。魔王の気まぐれは、とても怖い。絶対に許せないし、群衆と一緒に逃げ出したい。


「俺は貴様に、互いの発言力はイーブンだと言った。だが力関係まで同等だと告げた覚えはない。俺は一人でも戦えるが、貴様らは違うだろ? 貴様らがさっきの化物に立ち向かっていれば、俺が消した避難民とは比べものにならないほどの被害を出していたはずだ。誰が下で、誰が上なのか、よく覚えて発言を考えろ。傲慢な物言いは二度も許さん」


 綾人さんは、何も答えることが出来ずにいた。ただ悔しそうに歯を食いしばって、魔王を見つめている。

 まさに、恩を仇で返すとはこのことだ。魔王は一度命を彼に救われているはずなのに。


「言いたいことはそれだけだ。俺のおかげで足手まといが都合よく死んで、貴様らも楽になるだろう?」


 たったそれだけの為に、魔王はたくさんの人を殺したんだ。

 綾人さんの腕の中で、事情も理解できずにきゃっきゃとはしゃぐ幼児の姿が、私には見ていられなかった。

 この最低で下劣な考えの持ち主が魔王なんだ。

 それは、分かってる。

 綺麗事とは、現実から目を逸らすことではない、現実に目を背けずに尚も希望に向かっていくことだ。

 私は果たして、この人についていっても大丈夫なのかな。一瞬だけでも、そう思ってしまった。

 だって今の私は、足が、震えている。


「行くぞ、ネコ」


 悔しそうに佇む綾人さんを横目に、私は、魔王の後ろを歩くんだ。




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