勇者編4話の5 星はいつか燃え尽きる
ぼんやりとした視界が明瞭さを取り戻し始める。
見覚えのない天井を前に目が覚めて、ああ、ここは学校の寮じゃなくて特編委員の特室だということを思い出した。
外から虫の鳴き声がしてくる。真っ暗な部屋は、差し込んでくる月明かりで辛うじて視界を保てる程度のものだった。
部屋の隅っこにあるベッドから、部屋全体を見回す。今は誰もいないけど、いろんな人がお見舞いに来てくれたんだ。
そして布団の端っこを掴んで、目元まで潜って、ちょっと笑った。
神様、ありがとうございます。私は幸せです。もう死んだっていい。
でも大丈夫。やることは、ちゃんと分かってる。
「……?」
ベッドの端っこの人の息遣いと、衣擦れの音が聞こえてきた。
見れば、勇者がいた。
すぅ、すぅと、笑顔のまま、ベッドの縁に寄りかかって眠ってしまっている。
私が寝てる間にお見舞いに来て、でも彼女も一緒に眠っちゃったらしい。
「かわいいなあ」
私は、常に辛い気持ちでいなくちゃならない。それくらいの使命を持っているはずなのに。
正直、突然これだけ恵まれちゃったのには、戸惑いがあって、迷いもあった。
でもその分、頑張らなくちゃと思わされる。勇者の寝顔を見てたらそう思える。
「……」
ほんやり眠りに落ちたままの勇者の頬に、一筋涙が伝った。彼女自身が、笑顔のまま流したものだった。
伝った涙は頬にかかった髪に吸われて、髪の潤いの一分となる。
彼女は、泣いてる。
その事実を理解して、それがどうしてかという理由すら思い出してしまった。
私はこんなところでヌクヌクしてる場合じゃない。命を投げ出してでも、この子を幸せにしなくちゃならない。それが、私の使命だ。
「ごめんね」
少しだけおこがましいかもしれないけど、彼女の気持ちは、少しくらい分かるつもりなんだ。
勇者は勇者だから、良いことをして、人を助け続けなければならない。
勇者は勇者だから、人を助けて当たり前で、見返りなんか一つも求めちゃいけない。
勇者は死なないし、人間なんかじゃないから、人間と一緒の時間を過ごすことは出来ない。
だから、本当は、人間と対等な関係を築いて仲良くなることなんて、あっちゃならない。
彼女は今までずっと、人を助け続けてきた。孤独だったんだと思う。何千年も。
そして今もそんな夢に襲われている。でも、どうしても良い子であるのが勇者だから、笑顔なんだ。笑顔で涙を流している。
更に言えば、彼女は、唯一対等の関係である魔王を、どうしても倒さなければならない。
やりたくなかったらやらなければいい。なんてことは不可能だ。
彼女は勇者であって、それらをすることが無ければ、彼女は勇者であることができない。存在できなくなる。
「一回くらい、誰かに、『ばか』って言ってみたいよね」
私は涙に潤んだ声で彼女につぶやきかけて、さらりと髪の毛をなでた。
多分、今こうして仲間に囲まれている時間は、彼女にとって指折り数えて少ない至福なんだろうと思う。
そんな彼女を、私は、何としても守らなくてはならない。どうせ一度捨てた命なんだ。
夜は涼しくて、何かいろんな感情をさらって運んでくれそうなくらい、澄んでいる。
虫の鳴き声だって、何だって、とてもかけがえのないものに思えた。