勇者編4話の4 ラスボスの自己紹介
この作品は細かい調整さえすればとんでもなく良くなる、はず!
がんばるぞー!
あと、この作品は電撃におくるかもしれません。
一緒に送る人、もし居られれば、一緒に頑張っていきましょうね!
少しずつ日も落ち始めたかもしれない。窓から差し込んでくる日は徐々にその姿を斜めに伸ばし、部屋全体の光量を若干下げた。
彼の話は終わる気配を見せない。数十分は聞いたつもりではあるけど、話の進行は軽くまとめても、『彼が入学した時のこと』と、『イオリとの出会い』のみ。二人が険悪な関係だったという話から、少しずつ仲良くなっていく過程について延々と聞かされた。
そして、その中で度々出てくる、僕は異常なまでの天才、という言葉。彼がただ自己顕示の為にそれを言っているのなら分かるのだが、どうも私は、彼の言葉に引っかかるものを感じてならなかった。
どうも、彼は自分のことを天才だと呼ぶたびに、つまらなそうな顔をする。
「――というわけでイオリとも仲良くなって、ここまでは順風満帆だったんだけどね」
「?」
「ある日、僕の人生は転落した」
突然のことに、私の心にもぽっかりと転落用の穴が開いた。
「知っているかい? 知らなくてもいい。知らない方がいい。僕は危険な存在なんだよ」
「どういうこと?」
「尋ねるのかい? 構わないよ。僕がこの体に、どれだけの才能を内包しているか教えてあげるからさ」
彼は立ち歩いて、窓辺に向けて歩く。形容しがたい、まるで全てを悟ったような顔をして、暗くなりだした外の景色を眺め始めた。暗い光を帯びた彼の表情は、景色として何とも様になっている。
「音猫さんは、自分の魔力を測定したことがあるかな?」
「ううん。検査とか、試験とか苦手だから」
「職員室の隣に行けば休み時間一個分の時間で測定できるから、一度やってみるといいよ。ちなみにイオリは、同年代の常人と比較して、全般的に軽く二五倍の数字は出せている、らしい。昔に聞いた話だけどね」
……さすが成績優秀を自称し権力をふりかざすだけのことはある。単純に天才だ。努力で成り上がっただけの常人である私じゃ、到底追いつけないのかも知れない。星空さんだって、恐らくはそれに負けないだけの数値は出せるのだろう。彼女は戦闘というジャンルが苦手なだけだから。
「僕は一五〇倍」
いきなりだった。認識できない数字だった。
「へ?」
「軽く、世界征服とかできそうだよね」
「う、うわぁ」
「幼い頃の数字だけどね、驚いたかい? 当然だろう? 僕は天才だからね」
「……うん」
「僕は世界のイレギュラーだよ」
「でも人生が転落したってのはどういうことなの?」
「簡単なことだよ。これだけの逸材だ。僕は唯一無二の存在で、みんなが注目する。これだけの魔力を一個体が保有することは通常あり得ないし、それほどの力があれば、こんな街一つくらい消し去ることが出来る。……キミだったら、そんな危険な僕を放っておけるかい?」
「……?」
「そこで僕が幼き頃のある日、役人が僕の家に来たのさ。屈強そうな男たちだったよ。一般家庭を訪ねるには似合わない格好だった」
「まさかとは思うけど」
「皆まで言わなくていいよ。彼らは僕の親にこう言った。数十分に及ぶ長ったらしい言い回しで、『お宅のお子さんを譲ってくれ』と一言だけね」
「でも、でも、キミの両親がキミを手放すなんてことは……」
「あるんだよ。僕は自分の力が、自分でも気味が悪くて仕方ないね。唯一少しなりとも僕に釣り合える人間は、同じく化物と呼ばれるイオリだけだった。彼以外の人間は、僕を化け物扱いだ」
何も言えなかった。
「連行された先で白い部屋に閉じ込められて。そう、真っ白な部屋の中で毎日観察されたんだ。目に見える色は、自分の体に浮かんでいる肌色だけ」
「……」
「赤色が見たくなって自傷行為に走ってみた。血が吹き出したときにだけ、自分の生を実感できた。僕は赤色が見てみたくなって自分の手首を掻き毟ったんだけどね、出てくる物はちょっと違うんだよ。ちょっとだけ待遇が改善されたよ。でもつまらなかった。だって、イオリがいなかったんだからさ」
そんな話を聞くだけでも、私でさえ「彼は本当に人間なのかな」と疑う自分がいた。そんな自分を深く呪った。
多分、イオリ以外の全ての人間は、彼を人間扱いしなかったんだろうと思う。
「まあ。ここまでが僕とイオリの仲が良い理由なんだけどさ。――その後僕は、十年」
「?」
「僕が世界から隔離されていた年数さ。僕は十年ソコに居た。最終的には、イオリの父が権力を振りかざして研究所をぶっ潰した。そして残ったものは何も無い。つまらないだろう? 十年も地獄を体験してその結果がこれさ。僕が可哀想だとは思わないか? そうだろう、僕は可哀想さ」
でも一つ疑問に思うことがあるけれど、彼には本当に常人の百数十倍もの能力があるんだろうか。彼の話が嘘だと疑うわけではないけれど、今までの委員会活動を見る限りじゃ、彼はイオリと並び立つほどの活躍しか出来ていないという印象がある。
「まあ、少し大げさに話しすぎたかなあ」
「へ?」
「僕の才能は、既に存在しないよ。昔の僕は人類史上稀に見る天才だった僕も、今となってはただの天才だ」
彼は、そう言って自らのこめかみを指さしていた。窓からさすオレンジ色の陽光と、部屋の隅にある暗がりに顔が半分ずつ照らされて、彼の柔らかい笑顔に妙な感情を演出しているような気がした。
「僕は一度頭をパックリ割られて、完璧だったこの脳みそを、少し歪な形に変えられたんだ」
「……手じゅちゅ」
噛んでしまったけど言い直すことは出来ない雰囲気だった。
多分、手術したってことなんだろうけど……そんなこともできるんだなあ。すごい。
「でも、良かったよね。断言出来ちゃうよ。それで、もうキミは変なふうに扱われることもないんだよね?」
「さあね」
彼はフッと吐き捨てるように笑って、林檎をひとかじりした。
「どうしても、憎いんだよ」
「……憎い?」
「僕は世界が憎い。イオリ以外の誰かと笑って過ごしたこともないし、誰も僕の手を触ろうとしなかった。誰か困った人を助けようとすれば、引きつった声と共に逃げられる。こんな世界だ。僕をこれだけ不当な目に遭わせてきた世界が、憎くてたまらないんだ。僕は魔王になりたい。こんな世の中、滅ぼそうとすら思える」
彼は、その後に、ごめんね、とだけ言い放った。その言語に深い含みは感じられない。
多分彼は、素直に、ただ、ごめんねと言いたかったから言ってきたんだ。勢い余って私に不快な思いをさせたのかと思ったのかも知れない。
世界が憎いなんて考え方は、私には分からなかった。
私の部屋にあった林檎を全てたいらげたかと思えば、彼はまた新たな林檎を取り出して、私に手渡してくる。
「私が、キミの、二人目の友達になってもいいかな」
私は林檎を受け取りながら、彼の顔を真摯に見つめた。
少し驚かれたかもしれない。
「そんなことを言われても、僕が世界を憎む気持ちは変わらない。僕は世界のラスボスだ」
意識の切れ間、ふと手元の林檎を見ると、それは既に切り分けられて、いつの間にか現れた皿の上に、等間隔で円状に並んでいた。
彼がやったんだと思う。もう魔法というよりは超能力の域だ。彼は、物を組み替えて別のものに変えてしまう、何でもやれるんだ。
「まあ。ありがとう、とだけ言っておくよ」
開けっ放しの窓から風が入り込んできて、カーテンがバサバサと風を叩く音を鳴らす。
カーテンがばたつく度に夕日がちらちらと彼の顔を照らした。ちょっぴり、笑顔なようだった。
……多分この人は悪いことをする。そんな気がする。
でも私は、どうやって彼を殺すかと考える前に、どうやって彼と仲良くなるかを考えていた。
彼は災厄になるのかもしれない。
でもそんな彼を信じようとする私は、少し、甘いんだろう。
そんな自分が許せなかったけど、少し、嬉しかった。