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勇者編4話の3 気持ちは突き抜けて

 イオリが去って再び訪れた平和な時間。続いて現れたのは星空さんだ。

 立て続けに人が訪ねてくれるというのは、とても嬉しい。怪我なんてすぐ治そう、と思える。


「そんな、もう大丈夫だよ、星空さん」

 彼女は、私に謝り続けていた。その表情から、姿勢から、謝罪の気持ちなんて十二分なほどに伝わってくるんだ。

 だからもう、謝罪なんて要らないというのに。


「私のせいで、本当にごめんなさい」


「大丈夫だよ。怪我なんて、全然痛くないもん」


 突っつかれて悶絶した。


「……だ、大丈夫、だよ」


 私に出来ることは、精一杯の笑みを作って、彼女の気持ちを和らげてあげること。

 窓から吹いた春風が彼女の髪を吹いて、綺麗になびかせた。綺麗だった。


「座って座って!」


 ずっと頭を下げていた彼女は、私に制される形で、姿勢よく椅子に座りこむ。


「……ありがとう。助けてくれて」


 その一言で、彼女は謝罪だけじゃなく、『ありがとう』を言える人間なんだと知った。


「次からは、絶対にこんなことが無いように頑張るから」


 彼女は自嘲気味に小さく笑うと、迷惑はかけるかもしれないけど、と付け加える。

 椅子に座りなおして、今度はニュアンスの違う笑みを浮かべると、私を見つめてきた。


「改めてだけれど、特編委員って、すごい仕事ね。音猫ちゃんも、すごい」


「そうなのかな」


「だって、平和のために命を懸けてる。正義の味方みたいなことでしょ? いつ死ぬかもわからない、怪我をするかも分からないのに」


「う、うん」


 言われてみればそうかも知れない。今までは、死が身近すぎて『命を懸ける』ことの重さなど考えたこともなかったけれど、本当にそうだ。危険なことだ。


「イオリなんかも、あんな馬鹿だけどね。キッチリとそれを理解して戦ってる」


「……そうなの、かな?」


「彼は自分勝手ではあるけれど、立派な正義を持っていると思うから」


 あの軟派男が、と思っても想像できない。


「勇者ちゃんや、音猫ちゃんももちろん、立派に命を懸けてる」


「……立派かな? そもそも、私は自分が命を懸けてるなんて、考えたこともなくて」


「それでも立派よ。私は、怖いもん」


 さらっと、彼女は委員会に居続けることを否定するような言葉を放ってみせた。

 でも彼女が言うそれはごく自然なことで、もちろん私だって、命の危機には恐怖だって感じる。


「もちろん、次からは音猫ちゃんにも負けないつもりよ。私だって命を懸けて人を助けたいし、街を守りたいの」


「うん」


 彼女の意思は、強く真っ直ぐに伝わってきた。でもその中に、憂いは感じた。


「……もう少し、私が強ければいいんだけれどね」


「?」


「ほら、私の適性は、ことごとく戦闘には向いていないから。人とか、助けるの無理だから」


 そう言って彼女は、いつぞや戦闘で怪我したらしい手の傷を、私に見せてきた。


「大丈夫だよ」


 星空さんといえど、少し精神的に弱くなっていたのかな。

 相談してくれたことは嬉しかった。私に弱さを、見せてくれたことも、嬉しかった。

 彼女の考えていることは十分に理解できたかもしれない。自分が足手まといになっているのかも知れない、そんな懸念を感じているんじゃないかなって。

 戦闘以外の分野に関しては彼女は天才だ。だからこそ更に、深く思い悩めるものがあった。


「やれるなら、ぜひ、手伝ってください!」


 私は彼女の手を取って告げる。いい加減なことは言えないからこそ、真剣だった。

 いくら苦手と言えど、彼女は十分に委員会の仕事もこなせている。素晴らしいことだ。


「星空さんは、凄いもん。ホントだよ」


 本当に役に立たなかったら切り捨てる。

 邪魔なら殺す。

 私はそれくらい当たり前の覚悟でやってるんだから、信じてほしい。


「……ありがとう」


 再びお礼を言われた。

 彼女はとても弱みを晒したとは思えない綺麗な笑みを作って、逆に私を抱擁するような美しさを見せつけてくれた。

 そしてしばらく、静かに時間を過ごす。彼女は傍らに居てくれた。入室の際に持ち込んだ果物の詰め合わせから取り出した林檎を剥き、それでいて落ち着いた言葉をくれる。


「そういえば音猫ちゃんは、勇者ちゃんのことが好きなの?」


 何か口に入れていたら吹き出すところだった。


「す、好きって! そういうんじゃなくて……」


「大事?」


「……それは確かなんですけど」


 どうしても彼女には敵わない。心もとなくなり、敬語が自然に出てしまう。


「……じゃ、じゃあ星空さんは誰か、好きな人はいるの?」


「うん。気になってる人はね、いるけど」


 言葉言葉一つの間に、長い間があった。林檎を剥く音だけが、ずっと続く。


「誰、なのかな?」


「ミスシキ君」


「……え?」


「だから、ミスシキ君」


「転校生の、特編委員の、クラエ君?」


「もちろん」


 嘘だ。出会ったばっかりなのに。


「だって彼、優しいし、格好良いし、結構面白いじゃない」


 彼女は笑顔で、林檎を剥き続けていた。

 何でミスシキ君なんだろ……まだ出会って間もないし、それに不安だなあ。


「大丈夫よ。何しろ彼は、イオリの旧友だから」


 だから不安なんですが!



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