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魔王編第四話の二 所詮惨敗


 私は痛みを無視したまま、顔の血を拭った。視界がハッキリしたから、色々なことが出来るような気がした。魔王を助けにいくんだ。交信魔法はいつの間にか解けているらしいが、それでも大体の居場所なら分かる。

 崖は断崖絶壁というわけでもない。きつすぎる傾斜ではあるけど、跳ぶことが出来る程度には、足場にできた。だから私は、二回、三回と足を付き、翔んだんだ。

 まるで中空が自分の物になったみたいだった。化物の巣へと跳びかかった。徐々に近くなる景色、化け物たちは既に私を発見して、飢えたように手を伸ばしている。


「バッカじゃないの! 化物の一個体一個体なんかに構ってられないの! 私は世界を、救うんだから!」


 叫び、落ちた。

 同時に目前の化物の足を払い、立ち上がると並行して回し蹴る。吹き飛んだ魔物を見届ける間もなく、蹴りの軸にした足で、再び空に飛び上がった。

 空中、羽音を立てて迫ってきた化物がいた。突っ込んできた頭を、脚で抱える。筋力で身を翻し、真下の地面へと化物を投げ飛ばた。地面から私を見つめていた化物が、投げ飛ばされてきたソレに潰され、ついでに消える。

 辺りは凹凸激しい大地だ。おそらく魔王は、既に地下だろう。私は着地するが早く、大地を次の凸へ、次の凸へと飛び移り、ひたすら地下への穴を探し続けた。


「魔王、どこ!!」


「ここだー」


 近っ。


 どこかから間の抜けた声が、反響を帯びて聞こえてきた。少し力の抜けるような返事ではあったけれど、近くにいることは判明した。小さく跳びながら全周囲を見回すと、人が数人だけ同時に潜れそうな、小さな穴が見えた。

 地面に突き刺さっていた鉄棒を抜き取り、私は走る。間もなく、道中を塞ぐかのように化物がぞろりと現れ、その数はどれだけだろう。視界いっぱいだ。

 最初の化物には、頭にとびかかって鉄棒を突き刺した。すかさず私を狙ってくる別の攻撃を横に避けて、鉄棒を引き抜きながらも蹴り飛ばす。私は、目的地に向け進もうとする脚を止めることがなかった。進みながら化物の頭を二、三、潰していく。

 ここに、横から仲間の化物が割り込んできて、敵すべての注意を上手く引いてくれた。私は一気に飛び上がって、一直線に穴へと飛び込む。当然、一気に暗くなった。落ちれば真っ逆さまというわけもなく、穴の中は洞窟状になだらかな傾斜が続いているらしい。


「来れたか、ネコ」


 いくらかの傾斜が続いた先に、広場と思しき平らな地形があった。

 真上に空へ続く穴が開いている。円形を描き、その広場にのみ白い光が降り注いでいる。

 魔王は、護衛もつけず立っていた。

 悠長にもメガネを拭きながら、またかけ直すという動作をゆっくりと見せ、そして私に向けて軽く笑んだ。とてもだが、爽やかな笑い方とは言えない。


「全く面倒な場所だなココは。なるほどこれだけの結界を張れる敵は大したものだ」


「そ、そんなこと言ってないで! 今は危ないから隠れてよ!」


「隠れるだと? 俺が負けるはずもない。それに、俺の補佐をするのはお前の役目だ」


 魔王は片笑みを浮かべながら、うつむいた。

 途端のことだ。

 目前の光景に視界が凍った。背筋に針が刺さったような緊張が走った。彼の真上から降り注ぎ爪を構える化け物の姿、明らかに彼の首を狙っている。魔王が殺される!


「キミ!!」


 私は是非もなく走り、跳んだ。迫る化物に追いつけるかどうかなど、考えなかった。ほんの一瞬で魔物の目前にまで迫り、体を回しながら蹴る。再び、大きく回転して蹴った。

 洞窟の岩肌に叩きつけられた化物に鉄棒を投げつける。綺麗に突き立った。


「自分が危ないことくらいわかってよ! 今のキミはただの雑魚なんだから!」


 敵が動かなくなったのを見届け、着地するが早く、魔王の襟首を掴むような勢いで食いかかる。……しかし彼は、素知らぬ顔をしたままだ。


「お前に雑魚呼ばわりされる筋合いはないな。癪に障る」


「違うでしょ! 今言ってるのはそんなことじゃなくて! 今キミ、死ぬとこ――」


「しかしネコ、やはり傷だらけだな。面白い顔になっているぞ?」


「だから、そんなことじゃないの! 今のキミはとても危ない状況で!」


「それがどうした。何が言いたい」


 改めて考えさせられて、息が詰まった。

 私は何が言いたいんだろう。


「それは……」


 たくさん、痛い思いをした。魔王のためにただ痛みを耐えきって、そして私は今、魔王の命を救うことができたのだ。決して、足手まといなんかじゃなかったんだ。

 全てが報われた気がして、視界がぼやけて、次に歪んだ。


「……キミが生きてて、よかったなって」


 拳を握って我慢したけれど、それでも目も顔も、熱くなった。静かな空間に私がしゃくりあげる声だけ小さく反響し、少しだけ、温かい涙も流れてしまった。


「泣くな、鬱陶しい」


「う、うん」


 魔王の肩から手を離して、目元を拭う。安堵に感情を溢れさせるにはまだ早いんだ。私たちはいつ死んでしまうかわからないし、まだまだ戦わねければならない。


「でもキミ、そもそもどうしてこの場所に来たの?」


 何故、この土地を攻めようという考えに至ったのか。尋ねてみたら、彼は一人思惑深い様子で顎に手を置きながら、辺りを歩き始めた。ぶつぶつと呟く。


「しかし地上で戦う友軍も大分消耗したな。手駒も少ない」


「話聞いてよ」


「ネコ、これ、勝てるか?」


「無理だよ!」


「不可能を可能にしろ」


「自分でしてよ!」


「ハンッ、無理を言うな」


「!?」


 魔王の言うことはメチャクチャだ。自分の勝利を疑わずにいてやまないのだろう、無理にでも勝ちの方向へ思考を結びつけていく。確かにそれくらいじゃないと無理なのかも知れない。本当にどうするべきだろう。味方も居ない状態で、敵に勝利を収めることが出来るかどうか。魔王を連れて逃げるにしても、厳しいものがある。


「ネコ」


「何?」


 この場所で篭城を決め込むにしても限界があるし、第一、どうしようも――


「今、銃声が聞こえてきたな」


「え?」


 魔王に言われて耳をすますと、音の届かないはずの空間で、一つ、響く音。

 明らかに、洞窟の外から聞こえてくるものだ。更に耳を澄ませば、化物の断末魔も。


「……綾人さんだ」


 時が経てば経つほど、音は近くなった。最終的には、真上の穴から聞こえてくる。

 見上げれば、化物が叫びをあげながら、こちらにまで落下してきた。既に血を噴いて死んでいる。もう一度見あげれば、穴の縁からこちらを見下ろす一人の人間が居た。


「魔王か!」


 呼びかけてくる。その姿はただのシルエットにしか見えなかったけれど、確かに、綾人さんの声だ。手に銃器を構えているらしいところ、間違いない。

 外では大規模な戦闘が繰り広げられている、らしかった。……人間が私たちを助けに来てくれたのだ、と実感した。ふあ、と心が羽毛のような柔らかさと広さに包まれた。

 私はしっかりと、助けに来てくれた影を見つめていた。


「ま、魔王、助かったよ! 助けが!」


 嬉しさの余り、凄く綺麗な笑みを浮かべながら、魔王の横顔に呼びかける。

 彼は真上を見たまま、降り注ぐ光にメガネを反射させている。静かに立ち尽くしていた。それはもちろん、自分から拒絶したはずの人間に助けられたなどとなれば、感慨深いものもあるのだろう。魔王だって、まさかこの状況で助けが来るなんて思っても――


「全部俺の計画通りだな」


 せっかく今の彼は弱いんだから、殴り飛ばした。



 * 



 私たちは助かった。

 日が暮れるまで続く銃声と、人間、化物の叫び。

 地形すら変わりゆく戦い。

 人間は、綾人さんは、最後まで戦う。仕事は……水運びとか武器運びだったけど。

 そして最後には勝利を得た。

 平和への一歩を踏んだのだ。




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