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勇者編3話 儚え曖え矇え喰らえ

 教室の片隅で、窓辺に立ちながら会話を繰り返す私と星空さん。特編委員として行動を何日か共にする間、彼女という人のことも少しずつ、理解が及ぶに至ってきた。


「え? 星空さん。魔王にも会ったことがあるの?」


「ええ。この学校に入学する前は別の地方に住んでいて、そんな小さい頃にだけれど、よく遊んだわ。メガネをかけた痩躯の男の子だった、かな」


 まさか勇者の可愛さについての談義から、そんな事実を知るとは思ってもいなかった。驚くのは当然として、世間は狭いなぁというか、星空さんは本当にすごいな、とか。


「私の家は、ほら、妙に外面を気にする家だからね、親からの拘束が厳しかったの。そんな時、偶然彼と出会って、沢山遊んでもらって」


「……よ、よく無事だったね」


「彼は自分に利益や興味の無い殺人はしないもの」


 彼女の黒髪は、海にゆらめく海藻のように、差し込んだ光に透けて薄く輝いていた。右腕を、隠すようにしてさすっている。よく見たら、包帯が巻かれていた。


「星空さん、怪我して……る?」


「これ? 昨日の戦闘で、少し。私はああいう運動は苦手だもの」


そのまま、息を吐くように慎ましく笑うと、教室の片隅に目をやってみせる。


「イオリ、イライラしているわね」


 言われて見ると、その先にイオリが頬杖をついて席についている。しきりにため息を吐いたり、足をゆすったり、落ち着かない様子らしかった。

 しばらく観察していると、私たちに気づいたらしく、顔を赤くしながら小さく舌を出し、悪態をついてきた。私は靴を投げつけようとしたけど星空さんに止められる。


「――音猫ちゃん、星空さん!」


 ふと、意識の範囲外から声をかけられる。明るく張った、勇者の声だった。

何やら嬉しそうに顔を暖かくして、今日は珍しく、自慢げ気味な笑みを覗かせている。


「お二人とも知っていますか? とっておきの情報です!」


 勿体ぶるような言い方。勇者はどどんと、腕を胸元に曲げ、力を込め、重大発表!


「なんと今日は、転校生が来るそうです! それも、イオリ君の友人だとか!」


 ばばーん!


「転校生の話? 知ってるよ勇者」


「えっ……!?」


 得意げに固まった顔は、一瞬で、しゅんと、弱気に崩れ去る。


「じゃ、じゃあ、星空さんはどうですか? 知っていましたか?」


「ごめんね、知ってる」


「!? し、知らなかったの私だけですか!?」


 急に勇者はひどく落ち込んでいた。

 その様を見て、思わず胸の高鳴りに体が跳ねそうになる。本当に可愛くて仕方ない。



 *



 今日の放課後も、委員会の仕事は続く。緑の匂いがする山の中は、暗くなりつつあった。

 どうも今度の転入生というのは、イオリと深い関わりのある人物なんだとか。

 話を聞く限りでは、何かしら入学審査に問題がある人間らしい。審査が最後まで長引いた結果、入学の押印がされていない状態だったんだとか。だからイオリは、最後の最後まで転入生のことを心配して、落ち着かない状態にあったのだ。


「ミスシキ クラエと言います。どうか、よろしく」


 でもここまで来れば、そんな心配も要らないだろう。

 入学の確定に時間がかかったせいで、教室での紹介は明日になるけど、それでも放課後の委員会活動には参加してもらうことができた。イオリの権限で、彼は既に委員の一人だ。


「よろしくお願いします、クラエ……君?」


 勇者とニコやかに握手を交わした彼は、イオリ以外の全員とも同じようにして、自己紹介を繰り返す。私も彼の手に触れたけど、とても柔らかくて、暖かかった。

 サラリとした髪を何の特徴も持たせぬままに垂らした、普通の髪型だった。それでもどこか格好がついて見えるのは、大人びた端正な顔立ちと、優しげな雰囲気のせいか。

 イオリの友達ってんだからどんな破天荒な人かと思っていたけれど、常識人以上に常識溢れていそうなその動き一つ一つに、驚きと感心は隠しきれなかった。


「仲良くしてやってくれ。クラエは俺より優秀だ」


 教室での不機嫌な顔はどうしたのか、イオリは「どうだ」と言わんばかりに、胸を張る。


「おいおい、よしてくれよ、イオリ。僕が優秀なのは当然のことじゃないか」


「……お前の遠慮は、ただの謙遜じゃないから困るな」


「そうかな。大した問題じゃないだろう。だって僕は、天才だからなぁ」


 え?


「もう一度言うさ、何度でも言うよ。僕は天さ――」


 言い終える前に、彼はイオリに殴られていた。馬乗りに、何度も殴られていた。



 *



 その日の討伐活動。今日も今日とて、私たちは順調に魔物と戦った。

 私は少し驚いた。

 転校生のミスシキクラエくんに、何度か助けられた。

 彼は、勇者と軽く並ぶほどの魔物を仕留めていた。




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