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魔王編第三話の一 家庭的過程的猫


 敵化物の活動は、私たちが動き始めたことを機に活発化している、らしい。魔王の存在を察知し、早めに潰そうとしているのかも知れない。なのに、魔王本人はまだまだやる気には満ちてなくて、戦いよりもゲームが中心の毎日。楽しいのは何となくわかるけど……。


「美味しい?」


 後ろから尋ねた。


「正直、困惑している。不味ければ皿を投げつけてやろうかと思っていたのに。美味い」


「えへへぇ、調理器具の使い方さえ分かればね、私だって作れるよ、それくらい」


 お世辞にも見た目が良い料理とは言いづらいけど、でも美味しいらしいから、いいか。

 中央に長机が設置された、清潔感の部屋。白を基調としていた。天井各所にはきらびやかに金色の装飾が目立ち、部屋の壁一辺を覆うほどの巨大な窓などもまた、清潔感だ。

 長机の隅で、魔王は食器を鳴らしながら自由に、私の料理を頬張っている。


「まぁ、俺の副官たる資格はあるということだな。いいぞ。それで、何が言いたい?」


「え?」


「え? じゃない。こうして俺にゲームを中断させたからには、何か話があるんだろう?」


 意外に、人の心理を察することが出来るようだ。

 私は彼の背後にて、腕で腕を持つようにして立ちながら、気分と足を組み替えた。


「聞いてくれるなら早々に話すけどね。……えっと、これからの戦いについて」


「言いたいことはそれだけか」


「まだ何も言ってないよ!!」


「皆まで言うなということだ。大方、お前程度の人間が言う事は、予想がついている」


 魔王は机に肘をつき、最後の一口を頬張った。メガネの位置を直して、溜息をつく。遠い目で、窓の外を見ているようだった。そこから見えるのであっただろう庭は、以前の事故で跡形もなく吹き飛んでいる。


「杵島綾人。あの人達と、一緒に戦ってくれない、かな」


 数日前、街の一つを解放した際に現れた、人間の武装集団だ。杵島解放共同体。銃と呼ばれる武器を持ち、確かに彼らは、化物と戦えるだけの力を持っていた。

 そして、リーダーである綾人という男にだって、誠実そうだったし。


「あぁあぁ、気が向いたらな」


「だって同じ目的を持っている人達同士なのに協力しないのは、おかしいかなって」


「同じ目的だからだと? お前は本当に真面目だな。おまけに花畑だ。死ねばいいのに」


「やだよ」


 本当なら一刻も早く魔王に戦って欲しい、というのは本音だった。この瞬間にも殺されている人はいるんだと考えると、たまらなくなった。

 私は魔王を頼るだけで、私自身に力はない。悔しい。だからと魔王を戦いの道具として利用している自分が居ることに苛立ちはしたけれど、それでも。それでも。


「時に聞くぞ。お前はどうして、最近手に本を抱えているんだ?」


 椅子の背もたれ越しに振り返りながら、魔王が鋭い目付きで尋ねてくる。言われた通り、確かに私は今も、魔王の書斎から取り出した本を一冊、片手に抱えていた。


「勉強、だよ」


 なぜだか少し恥ずかしくなって、目をそらしながら答えた。


「できるのか、勉強」


「できるよ勉強くらい! 文字も読めるし本だって!」



 *



 本棚の一つに、読み終えたばかりの一冊を収めた。部屋の照明は、外から差し込む陽の光だけだ。ぼんやりと暗い書斎。狭い間隔で私より背の高い木製の本棚が、ずらりと並んでいる。棚の様子は割に綺麗で、埃も見えなかった。こんな部屋に、騒音は似合わない。


「どうしてついてきたの?」


「ゲームの攻略本探しだ。お前のように勉強しようなどとは微塵も思わん」


 魔王は棚に目を走らせている。私もまた別に、自分が読むべき本を探していた。

 お互い、目を合わせることも無く、会話は棚を見ながら、となる。


「お前は何の勉強をしている? まるで、星空のようだな。懐かしい」


「星空?」


 星空って、あの星空? 何かの比喩なのかな。魔王はいつも、私の知識事情を気にせず、私の知らない言葉を吐く。疑問には思ったが、深くは気にしなかった。

 とりあえず、質問にありのまま答える。


「災厄が起こる以前の世界を、色々知りたくて。それだけだけど」


「ほぉ。無益なことだな」


「……知りたいの。色々なことを」


 変わらず、本の列を眺め続ける。薄い一冊を手にとった。

 ページをめくるだけで、色々なことを知れた。今まで、おじさんたちの話にだけ聞いていた、平和な街、栄えた街。他にも、便利な物や世界の国々。色々な様子が見られた。また、文明の利器についても深く知れる。『銃』や『テレビゲーム』についても、こうして本を読むことで、ようやく詳しく知ることができた。

 正直、本の中にある災厄の無い世界が、羨ましくて仕方がなかった。

 と、ここで棚の一冊に目が止まる。

 勇者、という名の入った小説らしかった。どうもその単語が気に留まる。


「ねえねえ、魔王? キミがいるからには、世界の何処かには勇者もいるんだよね」


「恐れ多いことを聞くな。自重しろ。あんなバカのことはどうでもいい」


 だって正直、興味はある。魔王と対極の存在は、今どこで何をしているんだろう。

 魔王からしたら、やはり宿敵。話すのも嫌なのかな? と思ったけど。


「奴なら、世界がこんな状態である限り、どこかで人を救っては旅を続けているだろう。そこまでは以前のお前と同じだが、奴には、力がある」


 深く催促もしていないのに、語ってくる。


「どんな人なの?」


「……おい。少しは、俺を恐れて言葉を控えることができないのか?」


 間なく「まぁいいが」と魔王は続ける。

 しかも、彼の顔を見てみると、どことなく嬉しそうだった。


「例えば、食事。他人が食べている料理は、基本、美味しそうに見えるだろう?」


「うんうん」


「だから普通、美味しそうに見える他人の料理などは、奪い取るものだろう?」


「ううん」


「しかし、勇者の場合は違う。奴は『他人にとって自分の料理が美味しそうに見える』からこそ、自分の料理を他人に与えようとするアホだ。どうだ、胡散臭い奴だろう?」


 魔王は鼻を鳴らした。目的の本を見つけたのか、抜き取ってめくりはじめる。

 私は彼の横顔を見つめながら、ただただ純粋に、凄い、と思った。それだけ話を聞けば、食事以外に関しても、勇者がどんな人物であるかの想像はつく。会ってみたい。


「俺とアイツは、生まれた時の遠い昔から、互いを殺すために戦い続けている」

彼が、本をめくりながら言う。


「生まれた時って、いつから?」


「さぁな。俺達は、初めて人間が大規模な戦争を行ったとき、生まれた。それだけだ」


 抽象的な言い方で気になったけど、これ以上は踏み込まないようにした。


「それからずっと、キミ達は互いを倒すために戦い続けてるの?」


「そうだ。過去、俺達の戦いを見守った人間たちは、それを語り継いだ。結果、年月を超え、俺達は様々なゲームや小説、創作全般の題材にもなっている。凄いことだな」


 自慢気だ。確かに、私が今できる最高の自慢より、ずっとずっと凄い自慢だった。魔王も表面上は嫌がりながら、内実楽しいのだろう、一人で勝手にしゃべってくれたし。

 私も本棚ばかりじゃなくて、いつの間にか、ずっと彼に視線を合わせていた。


「今回の災厄とやらに関しても、俺と勇者のどちらが先に世界を救えるか」


「競争するつもりなの?」


「あぁ」


 彼は本を指につまんだまま、私に背中を見せ、歩く。更に少し笑ったようだった。


「俺は部屋に戻るぞネコ。お前はゲーム中につまめるお菓子を用意し……」


 魔王の足と言葉が、はたと止まる。まるで予想外であった流れに、私は呆然と疑問を抱えながら、そのまま彼を見つめるばかりだった。

 魔王が沈黙し、私が呆然とする。耳鳴りがするほどの静寂が場を包み、時間が経過した。


「え?」


 静寂への疑問を声にした瞬間。

 人ならざる咆哮が聞こえる。魔物の声であることはすぐに分かった。

 ただしそれは猛々しい音では無く、悲痛な、耳を塞ぎたくなるような。


「――玄関に置いていた魔物共が殺されたらしい。おいネコ、どうやら客人だ」


 そして魔王は、鋭利な顔立ちに苦味を染ませながら、私に向けて振り返るのだった。





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