勇者編2の2 どっちもマトモな攻撃方法じゃない
能力の開示方法というのが……この上なく下手かもしれません……。くっ!
割り当てられた机で私と勇者、二人で空腹にだれていた。もっと学校のことは見まわりたいけれど、そんな体力は湧きやしない。私も恵まれた生活に慣れちゃったんだなぁ。
「特編委員、ですか?」
少し眠りかかってしまったらしい。気付けば、隣の勇者が顔を上げて誰かと会話している。机の前に立っているのは、肩より長い程度の黒髪をした、清楚な女の子だった。
「そう。話は早い方からしたほうが、いいかと思って」
清楚な女の子の声は、優しくて、綺麗な水の音のようだった。キツすぎず、パッチリとした印象を与えてくる猫目。白紙のような肌。細く、しかし丸みが残るように縁どられた輪郭。やたら長めに垂れた前髪は、それらの美しさを目元まで覆っていた、そんな様子もまた、神秘的だった。
「イオリ君からは、稲中ゆうみさんだけを勧誘しろといわれているけれど……」
彼女はそれだけ言うと目を伏せて、私にちらりと向いてきた。
「本当はあなたも、なのかな?」
どうも話が掴めない。思えば前々から出てきている委員、という単語は何なのか。
「うちの委員会は、魔物の討伐を生業にしている、特別な集まりなの」
意味はわからなかったけれど、とりあえず加入しようと決めた。
*
人がいなくなり、廃墟ばかりである大通りの風景。ここは魔物が徘徊する特区に入ってしばらくの場所だ。
私と勇者には、今まで魔物を倒し続けてきた実績と、更にいえばイオリの推薦があった。普通は特編委員とやらになるのも通常相当難しいそうだけれど、何とかなってしまった。
特編委員の存在は、学校の裏事業というものに当たるそうだ。社会貢献だか人命救助だかは知らないけれど、生徒を魔物の討伐に利用するのだから、学校としては相当な危険。だからこそ、戦闘に関してとにかく実力のある人物しか加入が許されていない。
「んで、どうしてお前がここにいるんだ」
今回は私と勇者が、特編委員として初めて魔物の討伐に赴いていた。
「別に、キミと一緒になりたくて入ったんじゃないよ。私は勇者のことを守りにきたの」
「あぁなるほどなぁ。つまり、俺の邪魔をしにきたわけか」
「そうだよ!」
特区の只中で、睨み合う、威嚇しあう私とイオリ。当然の話ではあるんだけれど、彼も委員の仲間だ。まだ会自体が結成されて間もないらしく、メンバーは私と勇者を合わせてもたったの四人。会の結成自体からそんなに日が経っていないから、人数も少ないとか。
現状のメンバーは私と、勇者と、イオリと、そして星空さん。
フルネームで、小野田、星空。教室で私と勇者に、委員会への加入をもちかけてきた女性だった。良家の出であり、何事にも万能な人間だと、イオリからは聞いている。
「それにしても、驚いた」
星空さんが言って、すすけたベンチに腰をかけた。近くに居た勇者の手を引っ張って、一緒になって座らせる。
「まさかこんなに可愛い子が、本物の勇者さんだなんて」
「い、いやぁそんな、私は」
勇者が勇者であることは、学校関係者では特編委員の二人にのみ、教えている。もちろん二人とも驚きはしていたが、それでも勇者に対する接し方を変えたりしない辺り、どうも妙なところで肝が座っているらしい。イオリの場合は少し接し方を変えて欲しい。
「勇者。俺はお前が俺の仲間として来てくれたことに、至上の喜びを感じているんだ」
考えた側から、イオリがわざとらしく両手を広げ、勇者へと歩み寄っている。
「お前は俺のものだ」
「へ、へ?」
「いいぞ、かわいいぞ、好きだ。好きだ」
「いい加減にしてよ変態!」
彼の背後に走り寄って蹴りでも浴びせてやろうと、私は猛然と走り出した。
「黙れ音猫、お前の出番じゃない」
「!?」
まだ走り始めたばかりのはずなのに。認識出来た次の瞬間には、私は彼の頭に足を振り切っていた。彼はそれが分かりきっていたかのように頭を屈め、悠々と避けてみせる。
再び気づいた瞬間には、私は最初に走り出したその瞬間の体勢に、戻っている。
彼が時系列操作の魔法を使用したらしい。私が放つ蹴りの時間を、彼に都合の良いタイミングに変えられたらしかった。
走ってもう一度彼に蹴りを浴びせようとしたら、今度は足が上がらなかった。私が先ほど、『彼に蹴りを浴びせる』という時間を達成してしまったせいだ。同じ時間を二度も繰り返すことは、出来ない。私は彼の前に、ただ蹴り後の姿勢で立ち止まるだけだった。
「残念だったな猫さん。お前ごときが俺に勝てるとでも?」
「むっかぁあああ!!」
普通に彼の足を踏んづけたら、普通に避け切れなかったようで、普通に踏めた。
「痛っっ!」
普段余裕ぶっているイオリの顔が、怒りと苦痛に歪んだ。
「何をするんだ!」
「先に挑発してきたのはキミじゃん!」
「先に蹴ろうとしてきたのはお前だろう!」
「それはキミが勇者に手を出そうとしたからでしょ!」
「俺の勝手だ、人の情事に手を出すな! お前は勇者のなんだというんだ!?」
「こ、恋人!」
「違うだろ!」
私自身、勇者を前にして、随分自分勝手な口論を繰り広げているなぁ、とは思っていた。見れば勇者は苦笑い気味。隣の星空さんは、もっとやれと言わんばかりの微笑だった。
「……来ました」
「ええ、来た」
ベンチの二人が揃って腰を上げた。そこから私とイオリも感じ取り、喧嘩も止まる。口論する口を閉じるしか無い、そんな状況が今、確実に私たちへと迫っているんだ。
「ようやくお出ましか」
ここは特区なんだ。化物の巣窟なんだ。
見れば、建物の隙間から、隙間から、私たちを睨む化物が壁を這って現れ始めた。瞬く間に、数も数えられないほど大量に。赤い生物的な瞳が私たちを見つめていた。
「よぉし。おい、音猫」
「な、何なの?」
「どちらがどれだけ化物を狩れるか、競争しようじゃないか? 力の差を知れ」
倫理のかけらも感じられない発言だったけど、無意識のうちに同意してしまった。彼の持ちかけを放棄すること自体が、彼への敗北になるからだ。絶対に負けられない。
隣で勇者が剣を構え、そしてイオリは付近から適当な小石を複数片手で拾っていた。
「絶対、負けないからね」
「それはこっちのセリフだなぁ……?」
イオリが拾った小石の一つを選び、軽く宙に放り投げると、掴み直した。
意気は十分だ。これは対決であり、同時に私にとって委員としての初めてである。
「勝負だ」
私が走り出すとともに、イオリが石を大きく振りかぶった。