俺が魔法少女になったら、世界中から推されはじめた件
キャラクター設定を煮詰めるためのアウトプット用で作成したものです。
春風が、長い坂道へ桜を散らしていた。
薄桃色の花びらは空を漂い、朝日を反射しながらゆっくりと舞い落ちていく。
真新しい制服に袖を通した新入生たちは、どこか浮き足立った様子で校門をくぐっていく。
『市立星宮学園』この街でもそれなりに名の知れた進学校であり、部活動も盛んだ。
数年前に建て替えられた校舎は新しく、ガラス張りの近代的なデザインは先進的であり、新しい校舎になったことで入学希望者が年々増えていると地元のメディアで取り上げられたこともある。
そんな『市立星宮学園』の校門前を、片手をポケットに突っ込みながら歩く少年がいた。
「……人多すぎだろ」
少年――星川光(ほしかわ ひかる)は小さくぼやいた。
細身の身体に、少し着崩した制服。寝癖混じりの黒髪と鋭めの目付きのせいで、一見すると近寄りがたい印象を与える光だが、光自身の内心としては、人付き合いは決して嫌いではない。目を合わせるだけで距離を取られがちだったために進んで関わり合いを持たないようにしていたら友人が少なかっただけなのである。
入学式。希望に満ちた高校生活のスタート。
――などと言われても、光からすれば実感は薄い。
辺りを見渡せば「高校デビュー頑張ろう!」だの「青春しよう!」だの騒いでいる集団がいるが、『よくもまあ朝からあんなに元気なことで…』と斜に構えてしまいむしろ少し疲れる始末だ。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから勢いよく肩へ腕が回された。
「おーい! 光ゥ!」
「うおっ⁉」
衝撃を受けながら振り返る。
そこにいたのは、茶髪混じりの短髪に快活な笑みを浮かべた少年だった。
「おいおい光、何朝っぱらから辛気くせぇ顔してるんだ。入学式だぞ?」
「うるせぇよ」
光は肩へ乗った腕を払いながら顔をしかめる。
少年は気にした様子もなく笑った。
「いやーしかし同じクラスで助かったわ。知り合いゼロだったら死んでた」
「お前コミュ力の塊みてぇな奴だろ。何が死ぬだ」
「それとこれとは別!」
少年の名前は最上義孝。
中学時代からの腐れ縁であり、光にとって数少ない“気を使わなくていい相手”だ。
明るく騒がしく、空気を読むのが上手いタイプで人が周囲に集まってくるイケメン。
喧嘩っ早い光と違い、義孝はどちらかといえば人付き合いで場を丸く収める側だ。
ただし。
「おい見ろ光。かわいい子いる」
「朝から元気だなお前」
義孝は生粋の女好き。光は呆れながらも、義孝の指さす方を見た。
義孝が視線を向けた先では、数人の女子生徒たちが楽しげに笑い合っていた。まだ着慣れていない制服姿に、どこか初々しさが残っている。
その中の一人とふと目が合う。
すると女子生徒は小さく肩を跳ねさせ、慌てたように友人の後ろへ隠れた。
「……お前顔怖ぇんだよなぁ」
「知るか」
光は面倒そうに視線を逸らす。
別に睨んでいたわけではない。ただ昔から、黙っていると妙に威圧感があると言われるのだ。
中学時代など、一年の頃は上級生に喧嘩慣れしていると勘違いされ、絡まれたことすらある。
実際、喧嘩は強かった。
だがそれは別に、好きでやっていたわけではない。
大抵は、誰かが揉めている場へ首を突っ込んだ結果だった。
「にしてもさっきの子たち可愛かったなぁ。あぁ~、誰でもいいから彼女にしてぇ」
「義孝、お前ほんとそういうところあるよな」
「褒めんな褒めんな」
「褒めてねぇ!」
そんなくだらない会話をしていると、不意に近くで小さな悲鳴が上がった。
「あっ……!」
先ほど光と目があった女子生徒が誰かとぶつかり、持っていた書類を盛大にぶちまけてしまったのだ。春風が紙をさらい、遠くに飛ばされていく。
「あー……」
周囲の生徒たちが足を止め、どう動けばいいのか迷っている中、光は既に身体が動いていた。
地面を滑るように走り、飛んでいく紙を掴む。
さらに風に乗った一枚をジャンプして空中でキャッチし、そのまま着地。
「ほら危ねぇぞ」
全ての紙を回収し負え、落とした女子生徒に手渡す。
「ほら、たぶん回収漏れはないと思うけど、あったらごめんな」
「あ、ありがとうございます……!」
女子生徒は驚いたように目を丸くしていた。
「次から気ぃつけろよ」
ぶっきらぼうにそう言って立ち去ろうとする光の横で、義孝がニヤニヤしながら肘で突いてくる。
「はい出ました。光さんの“放っとけない病”」
「うるせぇ」
「ほんと優しいんだよなぁ。見た目だけで怖がるなんてみんなもったいないぜ。さっきの子ならお前の優しさに気づいて彼女になってくれるんじゃないか? 告白してきたらどうだ?」
「ぶん殴るぞ」
「怖っ」
軽口を叩き合いながら、二人は校舎へ向かう。
その途中、義孝がふと真面目な顔をした。
「……でもさ」
「ん?」
「高校入ったら、少しは落ち着けよ?」
「なんだよ急に」
「中学ん時みたいに、また無茶すんなって話」
光は一瞬だけ目を逸らした。
中学時代、光は何度か大きな喧嘩をしている。
理由は大体、人絡みだ。
誰かがいじめられていた。
誰かが泣いていた。
だから止めに入った。
結果として問題は解決したものの、往々にして“狂犬”という名の二つ名が付き、誰もかれもが光のことを恐れることとなってしまった。
「別に無茶なんかしてねぇよ」
「お前の言葉は信用ならん!」
「……説教か?」
「いいや、親友としての忠告だよ」
義孝は笑って言った。
光は小さく鼻を鳴らす。
だが、その言葉を少しだけ嬉しく感じている自分に気づいて、なんとなく居心地が悪くなった。
◇
入学式が始まった。
広い体育館。
整然と並ぶパイプ椅子。
壇上では校長が長々と話を続けている。
「――皆さんには無限の可能性が――」
「……なっが」
光は頬杖をつきながらぼやいた。
隣では義孝が欠伸を噛み殺している。
「寝そう」
「寝ろよもう」
「いや入学式で爆睡は伝説になるだろ」
「知らねぇよ」
退屈だったと義孝が愚痴をもらし、それに突っ込むこと数回。
光にも眠気が薄っすらと漂い始めていた、その時。
――ガンッ!!!!!!
突如、体育館の巨大な扉が吹き飛んだ。
――轟音と悲鳴。
空気が一瞬で凍る。
煙の向こうから、“それ”は現れた。
黒い泥のような肉体。
異様に長い両腕。
全身に浮かぶ無数の人間の顔。
「あ……ぁ……アァァァ……」
耳障りな呻き声が体育館へ響く。
誰かが震える声で呟いた。
「……な、なんだよ、あれ……」
隣の義孝が“それ”を見て唖然とした声で呟くのが聞こえた。
次の瞬間。
怪物の腕が横薙ぎに振るわれた。
ドゴォッ!!
椅子が吹き飛ぶ。
怪物の近くで座っていた生徒たちが悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
体育館は一瞬で地獄になった。
「逃げろぉぉぉ!!」
――怒号。
――混乱。
押し合いながら化け物からもっとも離れた出口へ殺到する人波。
泣き叫ぶ声、転倒する生徒。生徒たちを誘導すべき立場の教師たちも混乱しきっていた。
「おい、こっちだ!!」
恐怖から回復した義孝が、近くの生徒を誘導し始めていた。
時を同じくして化け物を観察する光の視界に逃げようとした一人の女子生徒が転倒したのが映った。その生徒は恐怖のあまり腰が抜けているようで立ち上がろうとしても立ち上がれない様子だった。
身動きが取れなくなっているその生徒に怪物が近づく。
そして怪物がその長い腕を上に上げた――。
「っ……!」
考えるより先に、光は走っていた。
「おい、立て! 死ぬぞ!」
女子生徒の腕を掴み、無理やり引き起こす。
「で、でも腰が抜けて……!」
「くそっ!!」
怪物の巨大な影が二人へ覆いかぶさる。
振り降ろされる腕。
――間に合わない。
光は舌打ちし、女子生徒を突き飛ばした。
直後、凄まじい衝撃が光の身体を叩いた。
視界が回転した。
背中から壁へ激突する。
肺の空気が一瞬で抜けた。
「がっ……!」
呼吸ができない。
身体が痺れる。
骨が軋む音がした。
遠くで義孝が叫んでいる。
「光!!」
立とうとする。
だが脚に力が入らない。
光の視界に映る自分の体が血だらけになっているのが映る。
光は自身が動ける状態にないことのだと悟った。
怪物がゆっくり近づいてくる。
周囲の人間は誰も光のことも、先ほどの腰を抜かした女子生徒のことも助けようとはしなかった。それどころか逃げるのに必死な様子だった。
みんな怖いのだ。
あんな化け物相手に立ち向かえる人間なんて普通はいない。
「……クソ」
――情けねぇ。結局、俺一人じゃ何も守れねぇのか。
光がくやしさを噛みしめていると、うっすらと不思議な声が聞こえてくる。
『――助けてほしいダッチ』
声が聞こえた。
頭の奥へ直接響く、不思議な声。
『あの子たちを救ってほしいダッチ』
「……誰だよ」
『とにかく助けてほしいダッチ』
どこから聞こえてくるのか全く分からない。
近くにいるのは、こちらに不気味な唸り声とともに光に近づいてくる化け物だけだ。
「だれだか分からねえけどよ…助けてやりたいけど、この状態じゃ助けられるかわからねえぞ」
『助けてくれるってことでいいダッチね?』
「いやだから、いいけど俺は――」
『契約成立ダッチ! 星川光、力が欲しければ力を解放する言葉を言えダッチ』
「契約? ちから? なんだよそれ」
『いいから言えダッチ! いう言葉は“照らせ”ダッチ!』
「は? え、なんだそれ?」
『いいから! 早く! 言えダッチ!』
怪物が迫る。
時間がない。
光は歯を食いしばった。
「……わけわかんないけどよ。言えばいいんだろっ!――――照らせッ! 」
その瞬間。
桜色の光が舞い上がり、砕けた体育館を照らす。
光の制服が粒子となって弾けた。
淡い輝きが身体へ絡みつき、形を変えていく。
伸びる髪、細い腰、白い肌。
骨格そのものが変わっていくような奇妙な感覚に、光は思わず息を呑んだ。
胸元に柔らかな重みが生まれる。
花びらを思わせる意匠の衣装が、光の身体を包み込む。
可愛いヒラヒラとしたミニスカート。
肩を彩る淡いフリル。
腰についた大きなリボン。
最後に長い桃色の髪がふわりと舞い上がり、光が収束。
最後に腰についたリボンに輝く宝石が現れた瞬間――変身は完了した。
体育館に降り立ったのは、一人の“少女”。
可憐で、幻想的で、まるで物語から飛び出してきたような――魔法少女。
「…………は?」
間抜けな声が漏れる。
その声は、高く透き通った少女の声だった。
光は硬直した。
ゆっくりと自分の身体を見る。
細い腕。
華奢な指。
胸元。
スカート。
「…………」
数秒の沈黙、そして――。
「なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
体育館へ絶叫が響いた。
『細かい説明は後ダッチ!!』
「うおっ⁉」
視界の横から、ふよふよ浮かぶ謎の生物が現れる。
丸っこい身体。
大きな瞳。
ぬいぐるみみたいな見た目。
だがその顔は、妙に落ち着き払っていた。
「テメェか!? さっきの声!!」
『そうダッチ! 導きの精霊オスンダッチ!』
宙を浮くぬいぐるみのような生物は、えっへんと胸を張った。
「導き!? どう見てもヘンテコ生物だろ!!」
『今はそれどころじゃないダッチ!! ティアルミナス! 君はあいつと戦わなきゃならないダッチ』
怪物が咆哮した。
黒い泥が蠢き、巨大な腕が振り下ろされる。
「ッ!」
光――いや、ティアルミナスは反射的に飛び退いた。
その瞬間、自分でも信じられないほど高く跳んでいた。
「え、ちょッ、おま⁉」
体育館の天井近くまで一気に跳躍している。
身体が羽のように軽い。
着地。
床はほとんど軋まなかった、まるで重力がないような感覚だった。
「なんだこれ……!」
『魔法少女の身体能力ダッチ!』
「は? 魔法少女ってなんだよッ⁉」
『くるダッチよ!』
怪物が再び突進する。
巨大な拳。
さきほどは見えなかった拳だが、今の光――ティアルミナスには見える。
――遅い。
ティアルミナスは床を蹴った。
一瞬で怪物の懐へ潜り込む。
「――ッ!」
拳を叩き込む。
ドンッ――!!!!
鈍い衝撃音。
怪物の巨体が吹き飛んだ。
体育館中が静まり返る。
「……は?」
ティアルミナスが自分の拳を見る。
今、自分が殴り飛ばしたのか?
『いい感じダッチ!』
「いや意味わかんねぇって!!」
だが怪物は止まらない。
黒い泥を撒き散らしながら再び立ち上がる。
「あぁぁぁぁ……」
怪物の表面についた無数の顔が呻き始めた。
「気味悪ぃ……!」
ティアルミナスは顔をしかめる。
その時。
体育館の端で、叫び声が聞こえた。
ティアルミナスが目を向ければ、吹き飛ばした怪物が壁へ激突した衝撃で、生徒たちを避難誘導していた義孝が巻き込まれ、怪我をしているのが見えた。
怪物が義孝の方を向くのが見える。
「――ッ、おいクソッ!」
考えるより先に、身体が動いていた。
ティアルミナスは駆ける。
床を蹴るたび、花びらのような光が散った。
怪物の腕が振り下ろされる。
間に合わない―――いや、間に合わせる。
「させるかぁ!!」
ティアルミナスは無理やりその腕を受け止めた。
衝撃――衝撃をもろに受けた床が砕け散る。
しかし細い少女の身体はその衝撃に耐えきり、少女の身体から出るとは思えない力で、巨大な腕を押し返す。
「う、ぉぉぉ……!!」
ギリギリと全身が軋む。
だが押し負けない。
後ろで庇った義孝が呆然と呟く。
「……光、なのか……?」
ティアルミナスは歯を食いしばったまま叫ぶ。
「おい義孝!! 逃げろ!!」
「お、おい。でも――ッ」
「いいからッ、逃げろっつってんだろっ!」
「――ッ、わかったよ! 後で説明してもらうからなッ! 」
義孝は駆け出し離れていくのを確認した瞬間、ティアルミナスは怪物を蹴り飛ばす。
怪物が大きくよろめく。
その隙に距離を取る。
肩で息をしながら、ティアルミナスはオスンを睨んだ。
「おい!! これどうやって倒すんだ!!」
『核を壊すダッチ!』
「核ぅ⁉ んだよソレッ!」
『胸の赤いやつダッチ!!』
怪物の中心。
黒い泥の奥で、赤黒い光が脈打っている。
ティアルミナスは眉を寄せた。
「あれ壊しゃいいんだな」
『そうダッチ! 力をイメージして、魔法の力で破壊ダッチ!』
「魔法ってなんだ! どうすればいいッ⁉」
『希望とかキラキラした感じダッチ!』
「雑すぎんだろ!!」
だが、不思議と分かる感覚があった。
胸元の宝石が脈打つ。
熱が右手へ集まっていく。
ふと周囲から声が聞こえてきた。
「すごい……」
「助けてくれてる……」
「綺麗……」
視線。
期待。
願い。
それらが、力へ変わっていく感覚。
ティアルミナスは戸惑った。
なんだこれ。
なんで。
なんでこんなに――身体が熱い。
『それが“希望”ダッチ』
オスンが静かに言う。
『人は誰かへ願いを託すことで、前を向けるダッチ』
怪物が咆哮する。
黒い腕が迫る。
ティアルミナスは右手を振り上げた。
「……知らねぇからな!!」
光が右手へ収束する。
桜色の輝き。
花びらの奔流。
「責任取れよッ!!」
振り下ろした瞬間。
閃光が奔った。
轟音。
桜色の魔力が怪物の胸を貫く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
――絶叫。
黒い泥が崩壊していく。
全身の顔が悲鳴を上げながら消えていった。
やがて、静寂。
怪物は完全に消滅していた。
ティアルミナスは肩で息をしながら立ち尽くしていた。
――倒した。
ティアルミナスが安堵の息を漏らしたその時だった。
パシャッ。
小さなシャッター音。
振り返る。
女子生徒の一人がスマホを構えていた。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
だが、その隣でも。
さらに別の場所でも。
次々とスマホが向けられていく。
「助けてくれた……」
「かわいい……」
「魔法少女……?」
ざわめき。
熱を帯びた視線。
胸元の宝石が、再び強く輝いた。
『感じるダッチ?』
オスンが笑う。
『それが“希望の力”ダッチ』
ティアルミナス――星川光は。
自分が今、とんでもない場所へ足を踏み入れたのだと、まだ理解できていなかった。




