ピラニア
四月一日、晴れた日のことだった。
その封筒は、朝刊と一緒に入っていた。
白くて、薄い。宛名には、黒い文字が印字されていた。
――
《人生レビュー 能勢太一さま》
――
「……なにこれ」
中学一年生の能勢太一は、眠たい目をこすりながら封を切った。
中には、A4の紙が一枚。
そして、その一番上には、大きく星が並んでいた。
★☆☆☆☆
最低評価だった。
「は?」
太一は思わず声を漏らした。
その下には、びっしりと文章が続いている。
なんとなく、通販サイトのレビューを彷彿とさせる文体だった。
――
『人物として魅力が薄い』
『言い訳が多く、行動力がない』
『他人に好かれたい気持ちは強いが、自分からは何もしない』
『友達関係も受け身』
『勉強も部活も中途半端』
『このままだと、何者にもなれない可能性が高い』
――
「……なんだよ、これ」
顔が熱くなる。
誰だ。
こんなのを書いたやつ。
しかも最後には、こう締められていた。
――
『ただし、改善の余地はある』
『特に以下を修正すると、今後の展開に期待できる』
――
そこから先には、箇条書きが並んでいた。
・朝、自分で起きる
・挨拶を先にする
・一日三十分でいいから勉強する
・人のせいにしない
・何か一つ、最後まで続ける
「ゲームのチュートリアルかよ……」
悪趣味すぎる。
でも。
太一は、机に向かったまま動けなかった。
図星だったからだ。
全部。
最初は、無視するつもりだった。
でも、その日の帰り道。
コンビニの前で、クラスメイトたちが笑っているのを見た。
こちらに気付くか、知り合いなら声を掛けるだろう距離。
でも、なんとなく、こちらからは声を掛けなかった。向こうも、こちらには気づいていないようだった。
“あの紙のこと”が、記憶に蘇った。
なんでもないことが、妙に刺さった。
家に帰ると、机の上のレビュー用紙が目に入った。
『人物として魅力が薄い』
太一は、無言でシャーペンを握った。
最初の努力は、ひどいものだった。
三十分勉強する。
たったそれだけで、苦痛だった。
英単語帳を開いても、五分でスマホを触りたくなる。
眠くなる。
イライラする。
でも。
レビュー用紙の赤字が頭に浮かぶ。
『継続力がない』
「うるせえな……!」
誰もいない部屋で悪態をつきながら、太一は机に向かった。
三ヶ月後。
「おはよう」
教室で、自分から挨拶をした。
クラスメイトが少し驚いた顔をしたあと、
「お、おはよう」
と返してくれた。
たったそれだけだった。
でも、その日は少しだけ学校が違って見えた。
一年後。脇目も振らず努力した。
太一は、学年順位を百番以上上げていた。
★★☆☆☆
二年後。貪るように、全力で。
部活では副部長になった。
★★★☆☆
三年後。必死に喰らいつく。
第一志望の県立高校に合格した。
合格発表の掲示板の前で、太一はしばらく立ち尽くしていた。
自分の番号。
確かに、ある。
「……マジか」
泣きそうになった。
帰宅すると、母が珍しく豪華な夕飯を作っていた。
父も早く帰ってきている。
「おめでとう、太一」
「頑張ったな」
照れくさくて、
「まあね」
としか返せなかった。
そのときだった。
母が、食器棚の奥から何かを落とした。
ぱさり、と紙が床に滑る。
太一は拾おうとして――固まった。
白い紙。
見覚えのあるレイアウト。
星マーク。
赤字。
人生レビュー。
母の顔が凍る。
父が「あっ」と小さく声を漏らした。
静寂。
「……え」
太一は、ゆっくり顔を上げた。
「これ……」
父が頭をかいた。
「いや、その……」
母が困ったように笑う。
「お母さんね、"おもしれー女"になりたくて……」
「で、エイプリルフールの日に試してみたら……」
「どんどん良い方向に転がって行ったから……」
太一は呆然と立ち尽くした。
数秒後。
「はあぁぁ!?」
人生最大の声が出た。
「最低だろ!!」
「ご、ごめんって!」
「レビューって何だよ! 星一って何!?」
「いやでも、効果あったし……」
「よくない!!」
怒鳴りながら、太一は気づいてしまう。
でも。
もし、あの日。
あの紙が届かなかったら。
自分はたぶん、何も変わっていなかった。
父が、小さく言った。
「……すまんな。俺が気づいたときには、もう星が3.5くらいになっていて、手遅れだったんだ。」
母も続ける。
「でも、ちゃんと見てたよ」
太一は黙り込んだ。
窓の外では、春の風が吹いていた。
しばらくして。
太一は深いため息をつき、椅子に座った。
「……で?」
「うん?」
「今の俺、星いくつ?」
父と母は顔を見合わせる。
そして、少し笑ってから答えた。
「星四つ。」
「あと一つは?」
「まだ伸びしろがあるから」
太一は、「はは」と小さく笑った。
なんだか悔しくて。
でも、ちょっとだけ嬉しかった。
★★★★☆
「……と、丸く収まるとでも?」
太一の目の色が変わる。
「倫理的に問題あるだろ、こんなの。せめて、報復として……。特定されないように偽情報は入れるけど、ネットに晒してやる。」
母も目の色が変わった。
「なにそれ、素敵!それじゃあね、偽名は、"能勢太一"ってどう?ほら、"載せたー"!って感じがするでしょ?」
かくして。
KONOZAMA である。
――あなたが今いる"ここ"も、レビューと星がつくところ。
見せてください、あなたの"星"を。
(最後の文は、あくまで演出です……!
もちろん星がもらえたら嬉しいですけど、いわゆるクレクレではないです
念のため……)




