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28.宿

 食事も終え、睡眠の時間を迎えた。


「宿代も出しますよ」

「そこまでしていただかなくて大丈夫--」

「ここはお言葉に甘えようよ」

「悪魔の囁きはやめて」


 宿代まで奢ってもらうなんて、過分だ。


「私たちはそこら辺で寝るのに慣れてるので大丈夫--」

「ぜひ払わせてください!」


 頭を下げるメーミス。

 奢ってもらった相手に頭を下げさせてしまった……


「ぜひともよろしくお願いします!」

「はい!」


 私を介せずに宿代を払ってもらうことになった。


----


「宿まで本当に申し訳ないです」

「そんな謝らなくて大丈夫ですよ。私の方は払えて感謝なので!」


 メーミスにとって私はどんな存在なのだろうか。

 本当に神のような存在と勘違いしていたら大変だ。


 部屋は三人用の広さで、藍色を基調として落ち着いている。


「外からじゃただの石造りの建物なのに、中はすごいな」

「藍色に心惹かれて、ここにずっと泊まってます」


 この空間にいると、心が安らいでくる。

 ダンジョン探索していることなんて忘れてしまいそうだ。


「こんな良いところに泊めさせていただき本当にありがとうございます」

「いえいえ、気に入ってもらえて嬉しいです」


 うちの茶髪が宿代まで奢らせてしまい、申し訳ございません。


----


 久しぶりにシャワーを浴び、着替えをしていたら、浴室のドアが開く音がした。


「まだ着替え中だから待っ--」

「うおお、洗礼された体だ」


 手を合わせて私をガン見するメーミス。

 二人じゃなくて良かった--のか?


「私みたいな低俗な人間がエレナさんの体を見てしまい申し訳ございません」

「そんなこと言うなら、ガン見しないでほしいです」


 ガン見されると、同性であろうとも恥ずかしい。


「エレナさんのご命令でしたら従わなければ!」


 素早く後ろを向くメーミス。

 即座に対応してくれるところはありがたい。


「急に浴室に入ってきてどうしたんですか?」

「それは、エレナさんの背中を触りたい--ゲフンゲフン、背中を洗いたいと思って参上したのですが、既にお着替えなさっていて……」


 なんだか本音が聞こえちゃってるな。

 

「私そこまでされるほどの人間じゃないですよ」

「そこまでされるほどの人間ですよ! 至上最強の魔術師なんですから!」


 至上最強の魔術師って誰が広めたんだろう。

 カトルやロードスだったりしないよね?


「でも、もうお着替えなさってますからね……」


 期待の萎えた顔をするメーミス。

 そんな顔を見たら、背中を洗ってもらわないといけない気持ちになってしまう。


「背中って手が届きにくいから、洗っていただけるとありがたいです」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 メーミスは目を見開いて喜んでくれた。

 これぐらいでそんなに喜ばなくていいのに。


----


「力加減いかがでしょうか?」

「ちょうどいいです」


 メーミスに背中を洗ってもらっている。


「会って初日なのにまさか背中を洗ってもらうとは」

「私先走りがちなんですよね。迷惑だったらすみません」

「ぜんぜん迷惑じゃないですよ。宿まで奢ってもらって、本当に感謝です」


 背中を洗ってもらうなんて十年ぶりぐらいかもしれない。

 昔はカトルやロードスと一緒に入る機会があったけど、いつの間にかその機会はなくなっていた。


 今さら二人と入るのは無理だよね。

 今一緒になったら、私が興奮しちゃいそうだし。

 親友なのに興奮しちゃうなんてだめだめ。


「メーミスさんって、なんで探索者になろうって思ったんですか?」

「さんなんてつけなくて大丈夫ですよ。あと、敬語もなしで大丈夫です」

「それなら、メーミス」

「あ、尊い」


 と、尊い?

 どういうことだろう……


「急な話題ですね」

「せっかく出会ったし色々聞きたいなと思って」

「そんな、私なんて空っぽな理由ですよ」

「それでも聞きたいな」

「エレナさんに求められてる……最高ですね」


 絶頂に到達したような表情をするメーミス。

 ちょっと求めただけなのに過剰です……


「私もさん付けじゃなくていいよ。敬語もなしで」

「え、本当ですか?」

「本当ですよ」

「さすがに敬語でいさせてください。でも、名前は呼ばせてください。エレナ。はあ、言えちゃった。本当に言えちゃった」


 興奮しているのかジタバタするメーミス。


「はあ、すみません。ちょっと時間ください。興奮が止められません」

「時間はいくらでもあるのでどうぞ」


 私のせいで、メーミスを狂わせてしまっているようだ。


「ふう、落ち着きました。ありがとうございます」

「いえいえ」

「それで、探索者になった理由ですね。それは、エレナに憧れたからです」


 私に憧れた?


「メーミスって何歳?」

「私は18歳です」


 ケルトとメルと同い年だ。


「私に憧れたってどういう--」

「14歳のとき、エレナの英雄伝を聞いたんです。それで冒険者に憧れたという……まあ、私は全然強くなれませんでしたけどね」


 苦笑いを見せるメーミス。


「メーミス強そうだけどね」

「そんなことをエレナに言ってもらえるのは嬉しいです。でも、本当に強くないですよ。あ、でも、パーティメンバーはエレナには到底及びませんが、強かったですよ」

「パーティーメンバーか。メーミスのメンバーとは会ってみたいって思うな」

「あ、もうこの世にはいなくて……」


 暗い表情を見せるメーミス。

 私は不適切なことを言ってしまったようだ。


「ごめんね。私空気読めないくせがあって」

「いえいえ、私の方がよっぽど空気読めてないと思います」


 話題変えた方が良さそうかな。


「他の話題でも話そうか」

「あの、よろしければ、この後の話も聞いていただけたら」

「暗そうな話だけど大丈夫なの?」

「私は大丈夫ですよ。暗いだけの話ではいないので。エレナの方こそ」

「私も大丈夫だよ」


 こんな真剣な話を聞くのは初めてかもしれない。


「パーティーも二年半は順調だったんです。でも、崩れるのは急で、私のパーティーは五人だったんですけど、四人は亡くなって私だけ生きちゃったんです」


 自分だけ生き残っちゃうやつか。

 私自身は経験はないけど、とても辛いことだと思ってしまう。


「一番弱かった私が生き残るなんて笑える話ですよね」


 取り繕った笑みを見せるメーミス。


「そんな中で国家指令が来たんですよね」

「そんな、国家指令なんて酷い」

「私自身は国家指令が来て嬉しかったですよ。トラウマになって行けなかったダンジョンに潜れるし、あの四人のところに行けると思って」

「四人のところに行けるって……」

「ありていに言えば、死ですね」


 死だと……


「死ぬためにこのダンジョンを潜ってるんです」


 笑みを浮かべながらそう言うメーミス。

 作り笑みではなく、純粋な笑み。

 死を楽しみにしているように見えた。


「そんな、死ぬためになんて言わないでよ」

「私はダンジョンで死ななければいけないし、死にたいんです」

「死ななくたっていいよ。仲間だって生きてほしいって思ってる」

「もし、そう思っていたとしても、私は死にます」

「なんで……」

「私が死にたいと思っているからです」


 私には止められないかもしれない。

 いや、止めてはいけないかもしれない。

 

 このダンジョンにいるということは、死は確定。

 どんな考え方をしていても、死ぬしかない。

 それなのに、生きてなんて言うのは、反対に残酷だ。


「それなら、私と一緒に死なない?」

「それって、どういうこと--」

「私が最高の場所に連れて行ってあげるよ」


 私ができるのは、できる限り深い階層で死ぬこと。

 深い階層で死ぬことは、探索者にとっては名誉のあることだ。


「私、弱いので遠慮--」

「遠慮なんてしないで」

「でも」

「ほんの少しのことかもだけど、私にも協力させて」


 できる限り深い階層まで行って、向こうの世界の四人に自慢してほしい。

 少しの話題でもいいから、向こうの世界に持っていってほしい。


「そんな、私のことなんて考えなくて--」

「私にも考えさせて。私にもできることをさせて」


 食事も宿も奢ってもらったため、手伝う義理はある。

 たとえ死ぬとしても、私にできることを手伝いたい。

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