『三十秒の奇跡』
「つまり」
僕は身振りを交えて、焚火の前で君に説明した
「上手くいかなくても、30秒で薬の効き目は切れるんだ」
「これなら大事にはならない」
君が『僕たちは記憶を喪っても愛し合えるのだろうか』なんて言うから、僕は実験を用意したのだ
解らないでもない
確かに僕みたいな悪魔が君みたいな天使と、真実の愛を手に入れる事が出来るのか
興味深かった
君は優しい顔で鼻唄を歌いながら、二人の手首をリボンで結んでいる
結び終わると、僕はそっと指で君の手を包んだ
少し不安が有ったからだ
僕は生まれて初めて、自分でない何かに『僕たちをお守り下さい』と祈った
でも、祈りの対象が何なのかは永遠に解らなかった
きっと神様なんて居ても、僕の事なんか好きではないだろう
薬が効いてきた
意識が薄れていく………
─────
「悪魔…………!!」
天使の少年が僕を視て青褪めながら、嫌悪を隠しもしない表情を浮かべて居る
彼は細剣を抜き放とうとでもしたのか、ベルトの腰の辺りに一瞬手を当てて───顔色を絶望に染めた
いま気付いたが、どういう訳か彼の剣は遠くの地面の上に置かれて居る様だった
ばかりか、何故か僕と天使の手首は薄桃色のリボンで固体されて居る
──ざまあない事だ
僕は犬歯を視せて獰猛な嗤いを浮かべると、固体されてない右手の拳を握った
しかし、速かったのは天使の方だった
殴られた衝撃で顔や頭が揺れた事を僕が狼狽えながら知覚する頃には、既に天使の二撃目の拳が僕の鼻に迫って居た
当然、避けられない
興奮からさして痛みは無かったが、鼻の骨が折れる音と共にまた頭が大きく揺れた
それに引き摺られる様に意識が、ぐらぐらと揺れる
『戦わなきゃ』と改めて拳を握ったが、顔を打たれ過ぎたのか膝が震えてしまった一瞬を突かれ、足をかけられ後ろに転倒させられた
雨のように拳が顔に落ちてくる
片手を固定されたままでは、総てまでは防げない
しかしそれが直ぐに止んだので、僕は様子を視る為にすっかり腫れた瞼を上げた
天使が、さっき僕がそうしていた様に犬歯を視せて嗤いながら、僕達の手を縛っていたリボンを解いて居た
───マズい!
そのリボンが僕の首に回されて、ぎりぎりと絞め上げ始めてくる
苦し紛れに頭突きを顔に食らわせたが、向こうも戦いの興奮から痛みをあまり感じてない様だった
二発、三発と頭突きを食らわせる
天使は鼻血を流しながらも、『死ぬのはお前だ』とでもいうように嗤いながら、僕の首を絞め続けていた
もう一度頭突きをすると視せ掛けて、僕は天使の顔をしたたかに噛み裂いた
さすがに痛みを感じたらしく、天使が両手で顔を覆う
その指の隙間からも、血液が泉の様に止め処なく溢れ滴った
この機を逃せば今度こそ殺される
疲弊し過ぎて拳を握る力も無かったが、僕は最後の力で天使の喉に噛み付くと、『もう自分が死ぬとしても、こいつだけは絶対に殺す』という覚悟で歯を肉に食い込ませた
死を感じたのか、天使が拳で滅茶苦茶に僕の躰を打ち始める
出血量から判断するに向こうも『終わり』が近いみたいだった
最後の抵抗として、天使が僕の片眼に親指を突き刺してくる
激しい痛みに耐えながら、僕は喉に噛み付く顎を必死で閉じる事だけを考えた
天使の全身がびくびくと震えたあと、二度と動かなくなる
少しずつ記憶が戻り始めてきた




