第8話 イルン・デウは全てが妬ましい②
あの新入りは、誰彼からも一方的に嫌われ、差別され、無実なのに被害を受けている私が安心して見下せる相手だったのに。
裏切った。
二人揃って裏切りやがった。
絶対に許してはおけない。
生かしてはおけない。
私を裏切った報いを受けさせなければ、これから私はどうやって生きていけば良いのだ?
そんな時だった。あの噂を聞いたのは。
『この世界に不満があるのなら、この世界を変える力をやろう』
『その力が欲しければ、雨の日に貧民街のとある空き家で国歌を逆から歌え』
……藁にもすがる思いで雨の日に一人貧民街に出かけ、片っ端から空き家で国歌を逆から歌った。
その努力が実ったのだろうか。それともようやく神々が私に相応しいモノをくれたのか。
「世界を変える力をくれてやる」と、渡されたのは円環だった。「この世界を跡形も無く変えたい時にそれを身に着ければ良い」
……そう言ってソイツは姿を消した。
私は胸を高鳴らせて家に帰った。こんなに興奮したのは初めてだった。
なのに自室に入った途端、ドアが勝手に開けられて母親が入ってきた。
「まあ、イルンちゃん!何処に出かけていたの!?まさかいやらしいお店じゃないでしょうね!貴方は不出来な貴方の父親とは違って帝国城で立派に働かなければいけないのに!ねえ、聞いているのかしら!?ねえ、イルンちゃん――」
年老いた母親はギャアギャアとまくし立てる。
――ああ、この鬱陶しいだけの世界を変えたい。跡形も残さず、変えてしまいたい。
私は円環を左腕に嵌めた。
力が欲しいと切実に祈ると、体が燃えるように熱くなった。
これが世界を変える力か!
「ひっ!?イルンちゃん!?イルンちゃん、あ、貴方……!!!」
「や、や、喧しいんだよ、く、クソババア」
振り下ろした爪はあっさりと目の前の肉塊を黙らせて部屋中を真っ赤に染めた。
「あ、あ」
鏡を見れば、生まれ変わった私の姿があった。
「……で、でも、さ、騒がれると……っ」
外野が五月蠅くするのは面倒だ。
「ご、誤魔化す事が……で、で、出来れば……」
『書写』と言う地味な固有魔法しか持っていなかった私にとって、『曖昧』と言うもう一つの固有魔法が手に入ったのは、そう祈った事がきっかけだったのだろうと思う。