第6話 その力は破滅への奈落
「この前話した、下級官僚の中で持ちきりの奇妙な噂の件なのですが」
クノハルが休日の昼食の後で、話を切り出した。
「その中で登場した『頭が良くなる薬』をようやく手に入れました」
「見せろ」と、オユアーヴが身を乗り出す。
「これです」
クノハルは油紙の小さな包みを出す。オユアーヴが注意して包みを開けると、小さなあめ玉が一個入っていた。念のためオレ達は離れ、オユアーヴは防護服を着て、あめ玉を砕く。その間に、ユルルアちゃんが試験薬をありったけ運んできてくれる。
「『合体』するぞ」
黙って頷いて返すと、オユアーヴの固有魔法である『合体』が発動した。
文字通り、別々の物体を1つに合体する魔法。
それを駆使して、試験薬と合体させるのだ。
結果は――。
「……っ」
「嫌っ!」
クノハルの顔が歪み、ユルルアちゃんが小さな悲鳴を上げて顔を背けた。
オユアーヴは低い声で言う。
「……ご覧の通りだ。これも『神々の血雫』に関係していると見て間違いない」
でも、だとしたらおかしな点がある。
「アレは一度使えば永遠にヒトには戻れなくなる代物だ。誰が何処からどうやって下級官僚の中へ噂を流行らせたんだ?」
『神々の血雫』は違法取締対象物ではあるものの、違法薬物ではない。
薬効が切れたらかりそめの理性が戻るような、そんな可愛い代物じゃないのだ。
『神々の血雫』とは――成人した人類の脳髄から採取した特定の神経伝達物質に、精霊獣の血液と膨大な魔力を注ぎ込んで凝固させて製造した『円環』である。
その大きさは様々で、ほとんどの場合の見た目は指輪、首輪、腕輪のような形をしている。
たったの一度その身に着けて使えば、人類の魂を糧として喰らう『ヴォイド』に貶める地獄への片道切符だが、その代価は悪魔に魂を売ったがごとく『万能』である。
戦闘能力の超上昇。
再生能力の著しい向上。
精神的な興奮と過剰な多幸感。
1つの魂につき1つしか付与されないはずの『固有魔法』がもう一つ付与される。
『我が身より血雫を滴らせて祈った結果、神々のおわす天国に至ったかのようだ』
オレ達が戦った『ヴォイド』の一人は、幸せそうに言っていた。
「もしかしたら……」
クノハルが呟いた。
「ヴォイド化で付与された『固有魔法』が『特異』なのかも知れません」