人国 変わりゆく令嬢達
第一王女様達との会見から数日後。
アカデミア。放課後の食堂にて。
「セイラ! あんた、一体何したのよ!」
「これは、ミア様、ごきげんよう。今日は王宮でご用事があったのではありませんか?」
私はお茶を入れていた手を止めて、突然やってきた来訪者に会釈をする。
「今から、友人の皆様方とお茶をする予定なのですが、もしよろしければいかがですか?」
「とぼけてるんじゃないわよ! あんた、コレットに一体何をしたの? って聞いているの!」
「何を、とはどのような意味でございましょうか? コレット様には先日ご縁があって、新しい化粧品の実験にご協力いただいたのですが……」
「それよ! なんでコレットに……って……あ」
今まで興奮と、多分、怒りと焦りで周囲が見えていなかった様子のミアは、ハタと冷静さを取り戻したと同時口ごもる。
だって、今、私の側のテーブルには『友人の皆様』と紹介した通り、アカデミアで学年が近かったり化粧品売買で縁を作った先輩などがいて、目を丸くしていたからだ。
完璧に地球世界の本性が出たらしい。
せっかく築き上げてきた『尊いクラスなのにお優しくて、親しみやすい、可愛らしい『聖女様』のイメージが粉砕しかねないね。
「すみません。皆様のお寛ぎのお邪魔をしてしまい、申し訳ございません。
出直して参ります。セイラ様。後で招待状をお送りしますので、宜しければお受けくださいね」
「はい。喜んで」
「では、後程」
人懐っこい子ども。『聖女』の愛らしい笑顔に戻ったミアは、令嬢達にお辞儀をして戻っていく。
変わり身が凄いなあ。
「何か、あったのでしょうか? ミア様は?」
「随分、焦っておいでのようでしたけれど」
「今日は王宮で、魔国への侵攻作戦に向けた結団式が行われた筈なので、そこで何かあったのかもしれませんね」
私はお茶をそれぞれのお客様のカップに注ぎながら適当に場を濁す。
王族や関係者が集まる魔国侵攻の作戦の始まりの儀式。
第一王子への付き添いがあるから、と言ってアカデミアを休んで式典に参加したミアがあれだけ動揺して儀式から戻ってきた、ということは、多分、コレット様が頑張って下さったのだ。
「そう言えば、皆様、化粧品の方は上手く使えるようになりましたか?」
私はさりげなく話題とお茶を変える。望む人全て、ではないけれど白粉のベースになる葛粉の増産が進んだのでかなり多くの人の手に渡ったのではないかと思っている。
白粉、口紅、化粧水、チークなど、地球世界の科学で作られた最先端の品々に比べれば原始的すぎる出来ではあるけれど、中世異世界では今までにない美を呼ぶとして、人気が高まっている。
「品物が希少なので、気軽に練習、といかないのが辛い所ですわね」
「ええ。使用人達にも練習して貰ってはいるのですが」
ただ、どうしても化粧品、っていうのは使いこなすには技術がいるからね。
順番や、付け方などで結構、効果に差が出る。
「技術が大事、というのもよく解るのですが、眉などを整えるのには、かなり細くて細かい筆遣いが必要ですし」
「そうそう。口紅もほんの少しずれると印象がだいぶ変わりますから」
新しい品と技術なのでやはり慣れるまでは難しい所もあるみたいだ。
今はまだ口紅も眉のラインを足すのも筆でやっているし。
この辺は共感できるところ。
私も向こうの世界で最初はあまりお化粧とか上手にできなかった。
「その辺は、申し訳ないですが慣れて頂くしかないですね。基本的な使い方は、説明書を付けておりますがちょっとしたコツで印象などだいぶ変わりますから」
「本当に。研修会などもして頂きたいところですわ。
髪結いなどと共に。私、ソフィア様やアルティナ様がセイラ様にやっていただいた髪型などがとても羨ましいのです。教えて頂けませんか?」
「そちらについても、おいおい。
私もアカデミアでの勉強以外にも、最近は貴族社会への窓口を命じられておりますのでなかなか纏まった時間が取れなくって」
貴族社会としての髪結い技術は勿論、かなり高いレベルで色々と研究されているのだけれど、ガチガチに整髪剤で髪を固める系が多くって、長く使っていると髪を痛めることに繋がる。私がソフィア様達にやったのは軽い編み込みとか、ふんわりとした髪質を生かしたものが多いシンプルさが逆に新鮮なようだ。
「少しずつ白粉も口紅も増産と質の改良に向けて研究を続けております。
種類も肌色に合わせて増やしていく予定ですのでゆくゆくは肌色や好みに合わせて選べるようにできればと思っているのですが」
「その日が楽しみですわね」
「アインツ商会にはぜひ、今後も素晴らしい商品の開発に頑張って頂きたいですわ。私も母などに伝えていきますので」
「ぜひ。よろしくお願いします」
こんな感じで、アカデミアのお茶会は穏やかに終えることができたのだけれど。
「セイラ! あんた、自分の立場が解ってるの?」
その日の夜。ごり押しで会見を求めて来たミアの方は、そうはいかなかった。
「だから、何のお話でしょうか?」
「とぼけたって無駄よ。昨日の結団式で、私は社交界に正式デビューする筈だったのに、コレットに話題を持っていかれてしまったんだから!」
面白くない、面白くない、と粟立つ苛立ちを全て私にぶつけるがごとき、だ。
「コレットは、地味な色合いのブスで、いつも華やかな王子の隣に立つには相応しくない、って言われていたの。なのに、昨日は妙に目立って、嗅いだ事の無いような良い香りをぷんぷんさせて、男どもの視線を独り占めにしたのよ」
話を聞く感じだと、結団式とそれに続く舞踏会で、第二王子にエスコートされて入場したコレット様は、今までとはレベルの違う美しさを見せ、会場の話題を独占したのだという。コレット様も、だけど第一王女様も、頑張ってくれたようだ。
「私は、何もしておりませんよ。コレット様には、依頼されて、商品を正当に販売しただけですので」
「だったら何で! あの地味で冴えない女が急にあんなに化けるの? アンタが何かしたとしか考えられないでしょ?」
「私がしたのは商品を販売したことと。ほんの少し使い方のアドバイスをしたことだけです。ああ、香水は、丁度花のシーズンでコレット様のお屋敷のバラ園から化粧水と香油を抽出したりしましたけど」
「なんでそんな余計な事をするの! 第一王子も凄く怒っていらしたのよ!」
「別に他の女性に化粧品を売るな、アドバイスするな。などという条項は、契約の中にはございませんでしたよ」
「うっ……」
押し黙るミアを見て、心の中でほくそ笑む。
どうやらミア&第一王子。ざまぁ作戦、第一弾は成功したようだったから。




