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人国 第一王女との会談 2

 第一王女フェレイラ様が、手づから入れて下さった紅茶は、とても豊潤で、薫り高く向こうの世界のダージリンとかとよく似た、爽やかな風味を感じる。とはいっても私も、紅茶にそんなに詳しい訳ではないけれど。


「素晴らしいお茶ですね。口の中でどこか果物に似た新鮮な香気を感じます。葡萄の実をあしらったこのカップも美しくて、お茶の魅力を何倍にも引き立ててくれるようです」


 向こうの世界でもお茶会などでは、茶葉や茶器を褒めるのは招待の基本であると聞いている。嘘の必要もないので心からの賛辞を紡ぐと第一王女は我が意を得たり、というように顔を輝かせた。


「あら、嬉しいですね。そこまで感じ取ってくれる方はなかなかいないですから」

「フェレイラ様はお茶を入れる技術も、とても優れておられますから。他の者は例え慣れた使用人であってもここまで、茶葉の特徴を掴んでその価値を引き出すことはできませんわ」

「人も、茶葉も同じ。誠実に手をかければ育ち、応えてくれる。

 そう、信じていたのですけれどね」


 ソフィア様の賛辞に微笑しながらも意味深な言葉を紡ぐ第一王女。

 彼女は確か、今年二十四歳だと聞いた。独身。

 結婚の早い中世異世界においてはかなり遅い部類に入る。

 だけどヴィッヘントルクにおけるある種のキャリアウーマンである『聖女』のトップだから、生涯を仕事に捧げる人物もいると聞いた。魔国のベルナデッタ様もそうだしね。

 そして、キャリアウーマンと言った通り、彼女は『仕事』と実力で『王族』『貴族』と渡り合う。

 こうして出させるお茶そのものもそうだけれど、衣装から、アクセサリー。茶器や茶葉の選択、来客の配置、部屋の設定その他に至るまで全てが交渉を有利にする為の下準備、一種のパワードレッシング的なものであることは感じていた。

 こちらに有利に事を運ぶには一挙手一投足、何も見逃さないようにしないといけない。少しの油断に足元を取られる可能性がある。

 タイミングを見てこちらのペースに持っていくのも重要だ。


「そういえば、遅れましたが、些少ではありますがアインツ商会自慢の品々を持参いたしました。もしよろしければ、お近づきの印に第一王女様とそのご友人……親しい方々の日々の潤いにして頂ければ幸いでございます」


 私はリサに目くばせして、守ってきた鞄をお茶が供せられた応接のテーブルとは違うサイドの卓を借りて開かせる。

 中から取り出した木箱を開いて、フェレイラ様に捧げる。

 白い布を解くとふわりと、甘やかな香りが部屋中に広がっていった。


「あら? これは焼き菓子かしら?」

「はい。アインツ商会が自慢にしております砂糖を利用した焼き菓子。『クッキー』にございます。今回はジャムを乗せて焼いたものと、木の実や干し果物を混ぜたものをご用意いたしました。宜しければお口汚しに」

「まるで宝石箱のようね。美しいわ」

「フェレイラ様、アインツ商会の菓子はとても美味しいのですよ!

 購買でも、食堂でもいつも早々に売れてしまって」

「そうですか。私は流行に疎いので知りませんでした。

 せっかくですから、今、頂いてもいいかしら? 私も甘いものに目が無いのです。それにお茶と一緒に頂くときっととても合うわ」

「勿論です。光栄に存じます。王女様のお茶に寄り添うには力不足かと存じますが」


 王女様の指図で美しい皿に盛り直され、毒見の後、供せられた焼き菓子は相性抜群で、


「まあ、なんてステキ。口の中でサクッと心地よい音を立てて砕ける絶妙の歯ごたえと豊潤な甘さ。幸せを感じる味ね」

「はい。加えて王女様のお茶を口に含むと、口の中が爽やかに洗われていくらでも食べられそう」

「最近は、戦の準備の為と砂糖の供給が滞りがちだから、とても嬉しいですね。もしよろしければ、この焼き菓子のレシピを買わせて頂けないかしら? 勿論、正当な対価はお支払いします」

「喜んで。後程、清書してお届けします」


 令嬢方々の頬を緩ませる。紅茶とクッキー系焼き菓子は最高のマリアージュだもんね。


「それから、浅ましいとは思うのですが、焼き菓子の木箱の横に包まれているそれは、まさか?」

「はい。アインツ商会自慢の化粧品の見本にございます。口紅、化粧水、白粉、髪洗の薬、それから芳香を纏う香りの油など……」


 一つ一つ、箱から取り出してお見せすると、王女達はうっとりとした笑顔を見せる。


「王宮でも滅多に出会う事のできない希少品とまさか、こんな所で出会えるなんて」

「本当にごめんなさいね。気を使わせてしまって。でも、とても嬉しいですわ。大事に使わせて頂きます」

「いえ、国の光たる美しき皆様方をさらに輝かせる助力となれるのでしたら。

 それは人々に、幸福を齎すことを目標とする我らアインツ商会の誇りです」


 念の為、予備も持ってきていたから、一応アルティナ様の分もあるし。


「ああ、本当に。

 このような素晴らしい品々が差し出されれば、その輝きに目が眩んでしまうのは道理、なのかもしれません。勿論、それが正しいことでも、好ましいことではないと解っていても抗うのは難しいのでしょうね」


 と、急に第一王女の纏う空気が変わった。淑女方々も何かを察したようで、ピクリと、肩を弾かせカップや菓子を手から離す。


「不愉快な相手からの無礼な呼び出しであろうと、これだけの誠実を見せてくれたアインツ商会に、私達は国を預かる者として同じように誠実で返す必要があります。

 本題に入る前に、別件ではあるのだけれど、まずは王家の無礼。その謝罪を済ませてしまいましょうか? ねえ、アルティナ?」

「……はい。お義姉様」


 強い眼差しに促され、立ち上がった末席の第二王女アルティナ様が、私の方顔を向ける。

 なんだか、今まで顔を合せなかったから気が付かなかったけれど、前に会った時より少し痩せた印象だ。違うか。痩せた、ではなく、やつれた、だ。


「セイラ。いえ、セイラ様。

 先だっては欲に目が眩み、失礼を致しまして、大変申し訳ありませんでした」


 立ち上がった私はアルティナ様から向けられた、思ったより真摯な謝罪に、少し、驚く。


「私は……本当に、自分が間違ったことをしたとは、思っていなかったのです。

 リュドミラという後ろ盾を失った娘を、懐に入れるのは良き事だと、信じておりました」


 彼女の性格からして、絶対に自分の非を認めるようなことはしないと思ってたよ。


「民を、その行いで正しく導く事が役目の王族が、詐称を行ったあげく権利を乱用、一切の罪のない女児を投獄させるなど、決してあってはならない行為です。貴女には無論、怒る権利、そして許さない権利があります」


 しでかした妹を庇うでもなく、事実を整然とした言葉で告げるフェレイラ様。

 彼女の眼差しは中立で、正しさ。もしくは澄み切った自分自身の信念を湖畔の水面のように溢れんばかりに湛えているのが解った。


「ただ、アインツ商会からの報復を受けて、エルンクルスだけではなく、お父様やお義母様にも、そして他の貴族達からも貴女が戻るまでの一月以上の間、彼女は責められ続けていたわ。色々、考える所もあったでしょうし、同じ轍は踏まないであろうと、私は信じたいと思っています」


「解りました。謝罪を受け入れます」

「本当に?」


 私が頷くとアルティナ様の顔色が、輝き薔薇の様に煌めく。


「既に、王家との商取引は再開しておりますし、何が変わるわけではありませんが、それでもよろしければ。独占販売契約や優先販売などはできかねますが、先にソフィア様にも申し上げた通り、正式に依頼を出して頂ければ、他の方と同じように受注をお受けいたします。それで、よろしいですか?」

「構いません。ありがとう!」


 本当に、針の筵だったんだろうな。と輝いた顔色に思う。

 多分、被害を受けたのが私ではなく、アインツ商会が報復を実施しなければ今も、態度を変えることは無かっただろうな、と思う。でも、これをきっかけに第二王女が考えを変えて同じ被害に遭う平民が、少しでも少なくなるのであれば、投獄された甲斐はあっただろう。


「アルティナを始めとする王家の者達がアインツ商会の品を身に纏い、セイラの学園における後ろ盾となれば、徐々に周囲にも和解が広まるでしょう。

 アルティナ。信頼を裏切る事の無い様に」

「心しております」


 頷くアルティナ様を導く様子は母親が娘を見るような慈愛を宿している。

 そして私にも躊躇うことなく頭を下げる聖女フェレイラ様。


「セイラ。私からも王族として甘やかされていた娘に学びの機会を与えてくれたことに感謝します。」


 平等で、公平。

『王族』も『聖女』もひけらかすことなく平民の商人に対しても誠実な対応をする『聖女』のカリスマに私は素直に好感を持った。凛とした揺るぎない強さは魔国の『聖女』ベルナデッタ様を思わせる。


「親に見捨てられ、良き、悪しきを知らされずに育った『王の一族』は本当に辛いものだから……」

「?」


 そっと目を伏せ呟いたフェレイラ様に、私が感じた違和感。それを確かめる間もなく、彼女はカップをテーブルに置き、私に向かい合う。


「王族には王族、貴族には貴族、商人には商人の領分が在り、そこを犯すべきでは無いと解っています。

 まして、王族の無礼に誠実で返してくれた貴女に、こんなことを頼むのは本当に申し訳ないと思ってはいるのだけれど、外に頼める存在がいないのです」

「なんでしょうか? フェレイラ様」


 アルティナ様が席に戻り、沈黙が場を支配する中、彼女は静かに告げる。


「今回の会談の本題です。

 セイラ。いえ、アインツ商会に『聖女』フェレイラの名において要請します。『偽聖女』ミアへの商品提供を停止して頂けませんか?」


 国の将来を想う、王族として、貴族として、そして『聖女』としての『要請』を。


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