人国 イベント開始前
「セイラ。貴女、本当に私に。王家に仕えるつもりはないのですか?」
舞踏会直前、私は第三王女リュドミラ様のお部屋に招かれていた。
流石に表向き、身分差なし。
国を支える人材を育てるアカデミアとはいえ、人国の最高位に近い王族の姫君は自由に出歩くことはできないししない。
身分が下の使用人待遇職員の元に、令嬢が吶喊して髪結いと化粧をせがむなんて普通はしないものだし。
ただ、とある事情で知り合ったリュドミラ様は、私と気が合って。
ついでに使用人なども少ないので、人手が必要な時に正式な手順で依頼が出されて、私が手伝いにきているのだ。
我儘公爵令嬢よりは、この第三王女様、苦労人なので気配りもできて私は好きだ。
「貴女を譲り受けたいと何度頼んでも良い返事を貰えないの。
髪結いや化粧の腕は勿論、国内でも類を見ない品々を扱うアインツ商会の娘。
他の知識や技術、人好きのする性格も含めて、私達は皆、貴女に一目置いているのですよ」
「皆、って大げさな。私はリュドミラ様にこうして引き立てて頂けているだけでもありがたいことですのに」
「いいえ。本当よ。本来なら学園で学ぶ年齢でありながら、職員としての実務を熟し、特殊な人脈と伝手で、王族、貴族でも滅多に手に入らない品々を誰よりも巧みに扱う。
お姉さまも、身分上、口に出すことは叶いませんが、気にしているようですし。
正式に私の侍女になってくれればと思うのだけれど」
「ありがとうございます。ですが、私はマインツ商会の子飼いの身分ですから」
「貴女が私の侍女になれば、商会の商いも広がるのではなくて?」
長い黒髪をバック編みこみのハーフアップにする。
髪結いとお化粧も、私の向こうでの知識で得たものだ。
子ども達の髪の毛を結んだり結ったり、編みこみしたり。良くやったなあ。
異世界でまさか役に立とうとは思わなかったけれど。
「マインツ商会のヴィクトール様には娘のように大切にして頂いております。
私も今の待遇が気に入っていますので、希望が叶うのであればこのままでいさせて頂きたく」
「まあ、同じ王女でも政略結婚が決まっている第三王女では旨味も無いでしょうけれど」
「そういう意味ではありませんよ……」
「解っています。単なる愚痴。気にしないで」
軽く口角が上がる。でもその漆黒の瞳は哀し気に伏せられたままだ。
「『魔女』のクラスが呪わしいわ。お姉さまや、妹。お兄様のように王族らしいクラスだったら良かったのに」
「魔物や脅威から世界を守られる為に大いなる創世神から与えられた素晴らしい御力であると存じますが」
「ありがとう……。でも、このクラスのせいで私は王家出されることが決まっているのですもの」
自虐めいた息を吐きだしながらも微笑む王女リュドミラ。
美しく、聡明で優しくて。
王族とは思えないと、多くの人に愛し、慕われている王女。
彼女は魔宮。地上では『神の塔』と言われる『創造神の試練』のある領地に嫁ぎ、魔性対策にその力を発揮することになるのだと、以前聞いたことがある。
『王族』のクラスを持たないだけで、彼女がきょうだいや親などからも、第二王女などより一段低い扱いを受けているのは、私のような下っ端でさえ解るほどにあからさまだ。
この方もまた世界を包む呪い「クラス」と『サクシャ』の未熟の犠牲者の一人。
ある意味、誰よりも重い宿命を背負わされている。
「クラス」
この星の『人間』に与えられた『創世神』の祝福。
生まれつき特別な能力を与えられ強く生まれて来る魔国の民や、魔宮から生まれてくる魔物達と違い、地上世界を生きる人間はひ弱で、なかなか太刀打ちできない。
故に人は生まれながらに天職が定められ、それに相応しい能力を『神』から与えられるのだという。
五歳の時に神殿の神官による審査があり、国中の子ども達はその方向性を定められる。
職業選択の自由はほぼ無い。
王族で在っても『王』の素質が無いと見なされれば王になれないし、彼女リュドミラ様のように別の素質が高いと見なされれば、王族から落されることも普通にある。
逆に身分が低い生まれであっても『貴族』や『聖女』『勇者』などのクラスであると認められれば上に上がれることもあるそうだ。王族の養子となって
現在アカデミアにいる二人の王族のうち第二王女は『王族』と第三王女は『魔女』なので明確に差別、区別されている。正妻と側室の子である、というのもあるけれど、第三王女は学園を卒業したら政略結婚し、王家から退くことになると本人が言った通りだ。
「人は、『神』とクラスに定められた宿命から、抗う事はできないのかしらね」
「リュドミラ様……」
寂しげに呟いた彼女の指先に炎が灯る。
『魔女』のクラスをもつ彼女は、優れた魔法使いであり王族であることを指しい引いても尊重されている。
私より一つ年上で、今年学園卒業。
王族を退いたとしても領主夫人として、魔法使いとして悪くない未来が待っている筈だった。
何事も起きなければ。
望む道、願う未来に進めないというのはやはり苦しいモノなのだということは、よく解るし、何よりも彼女のこの先を設定したのは『サクシャ』でもある。
「ごめんなさい。貴女は聞き上手だし、とても優しいからつい、零してしまうわ」
「いえ。私の事は壁とか、石だと思って下さってかまいません。
決して他言は致しませんので」
これは本心。魔国の諜報員であろうとも個人の。
プライベートな悩みまでしゃべくるつもりはないよ。
「さあ、できました。これで如何でしょうか?」
「まあ! ステキ」
漆黒の綺麗なストレートヘアを生かしつつ、この世界ではあまりない編み込みの技術で綺麗に結い上げた。
鏡に映る王女の笑顔と瞳に光が宿る。
「そうね。せっかく素敵にお化粧して貰ったのに、しょぼくれていては台無しね」
「お気に召しましたか?」
「ええ、とっても」
ソフィア皇女に塗ったものよりも色合いの濃い口紅をつけ、白みの強い白粉でてかりを消す。お化粧の技術は、流石にクラス依存ではない、私の向こうの記憶だけれど。
「今日の懇親会、婚約者のミュラー様がエスコートして下さることになっているの。
褒めて下さるかしら?」
「きっと、お美しいリュドミラ様を見て惚れ直すのではないでしょうか」
「そうだと……いいのだけれど。ねえ、セイラ?」
「はい。なんでしょうか?」
「卒業記念パーティの時も、こうして身支度をお願いしてもいい?」
「勿論でございます。どのような髪型がいいかなど一緒に考えて参りましょう。
父にも王女様の為に、最上のものを、とたのんでおきます」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
その後、衣装の身支度、その他まで手伝って私は侍女さんと一緒に皇女をお見送りした。
廊下に出ると、華やかな金髪に、緑の瞳。愛らしい外見の少年が待っている。
「お姉さま!」
「シャルル。どうしたの?」
どこか、そわそわした顔つきで、部屋を出た王女に駆け寄る少年は、多分、第四王子シャルル。ウィルの時とは違って最初から解っている。
彼は、人国側の勇者となる人物。もう一人の主人公だ。
「姉様! 早く来て下さい。……今日の懇親会は、何かおかしいです」
「え?」
「兄上がおいでなのです。
それも、騎士を幾人も従えて。ミアまで連れてきています」
「え? ミアを?」
第一王子。
その名を聞いた瞬間、心臓が大きな音を立てた。
まるで、弾けるんじゃないか、って思うくらいの酷い音。
胸が苦しい。吐き気がする。王女達の前でそんな表情は見せられないから必死でかみ殺すけれど。
「どうしたんだい? 君? 顔が蒼いけれど……」
「ホント。大丈夫? セイラ?」
「大丈夫……です。仕事も終わりましたので、部屋に戻って、休みますから……。
私の事は気にせず、……どうぞお急ぎください」
「そう? 無理をしてはダメよ?」
「お姉様、急ぎましょう! 会場までのエスコートはお任せ下さい」
「ありがとう」
第四王子にエスコートされて、リュドミラ王女は急ぎ足で廊下の向こうに消えた。
私は王女の侍女さん達に挨拶をして、大きく深呼吸。
足早に職員室に戻る。
ウィルに、そしてお父様や魔王様に連絡して、頼まなくっちゃ。
やっぱり、今日こそが『運命の日』。
物語の始まり。
魔女王リュドミラが。
この世界を滅ぼす最強の敵が、目覚める日なのだから。




