人国 第一王女との会談 1
数日後の週休日、私達は言われた通り指定された場所に向かい、差し向けられた馬車に乗った。上質でスプリングの効いた馬車に乗り込んだ私達は、馬車の中でふう、と大きく息を吐きだす。
「どうにか時間に間に合って良かったですね」
「ええ。ギリギリですがお父様が届けて下さった品も持って来れましたし。
リサ。重かったでしょ」
「気にする程じゃないから、大丈夫。護衛のアリーシャ様の手を塞ぐわけにもいかないし」
四人乗りの馬車の中には私と護衛待遇のアリーシャ様と、側近として同行してくれたリサの三人。
四人目の座る場所にはリサが運んでくれた大きな革鞄が鎮座している。
中には『お土産』がけっこうみっちり。
『こういう顔つなぎの場において、根回しの品は惜しまない方が良いと思います。
一時、損に見えても後で必ず良い形で帰ってきますから』
とヴィクトール様が、最新の口紅や白粉、化粧水、シャンプーの他、お菓子などもたくさん用意してくれたのだ。王族もなかなか手に入らない垂涎の品々。上手く使えば私達の助けになってくれるだろう。
「でも、男子禁制。
場所も教えて貰えない、というのは随分と物々しいですよね。
失礼ながら『聖女』というのはそこまでの存在なのでしょうか?」
「ヴィッヘントルクにおける人々の、ある意味生殺与奪を支配する方々ですからね。力が強いのは当然だと思います」
魔国には『聖女』が御一人しかいないから、治癒魔法を使える存在がどれほど重要かは身に染みて解っている。『聖女』がいれば魔法を使いあっという間にふさがり、なかった事になる傷も、いなければ自然治癒に任せるしかない。
転移陣が導入されるまでは、地方で怪我をした人の死亡率は相当に高かったと聞いている。今も間に合わずに事故などで命を落とす事例は0じゃない。
自領に『聖女』がいるかいないかは、その土地の繁栄に大きな影響力を与える。
「現在、『聖女』は五名、とのことでしたよね?」
「ええ。『聖女』は結婚し、嫁ぐまでの役職で、男性と結ばれた人物は『聖女』の地位を失うのだそうです」
力を失う訳ではないので、多分、各領地や貴族に降嫁した後はその土地での治療業務に従事するのだろう。そういう意味で現役『聖女』はかなりの争奪戦の中に身を置かされることになる。
そんな中で『聖女』としてトップを張り続ける第一王女と言う方はどんな方なのだろう。
少し興味があって、さりげなく情報を集めたけれど、大した話は出てこなかった。一番有益だったのは魔国の第三王女からの情報くらいなものだ。
加えて『聖女』様が連れて来るもう一人の『女性』の正体も気にかかる。
多分今回の話が『ミア対策会議』だとすると、あの方なのだろうな。と想像は着くけれど。
「基本的な交渉は私が行います。二人は側で控えて周囲の様子に気を配っていて。
無いとは思うけど、酷い事になりそうだったら助けてほしい」
「お任せ下さい。に……女性相手であればそう遅れは取らない自負はありますので」
「心配しないで。何かあったら必ず助けるから」
そう言ってくれる二人が心強い。
「ありがと。三人で無事に帰ろうね」
後ろを支えてくれる味方がいれば、かつての二の舞はきっと踏まずにすむだろう。
『せっかくお前を子どもと侮り、向こうから懐へと誘ってきたのだ。なにをすればいいか、解っているな』
お義父様からも釘を刺されている。失敗はできない。
私は近づいてきた目的地と会談を前に背筋を改めて伸ばしたのだった。
アカデミアは王都の貴族街の外れにある。
そこから街を出て、城壁を抜け、外を行く事数刻。
街中では気付かなかったけれど、でこぼこ道ではかなりつらい馬車での移動に疲れて来た頃、その館は現れた。
湖畔の畔に建つ小さいけれど美しい館。
どこか、貴族の避暑の館か別邸のようなその家の前に馬車はようやく止まってくれた。
魔国のある程度の階級以上は転移陣移動ができるので、少し恋しくなる。
館の玄関を守る騎士さん(男性)が馬車と玄関の扉を開けて下さり、私達は中に促された。
「遅かったわね。まあ、貴女達のせいではないからいいけれど。既に王女様達がお待ちよ」
扉を開けて直ぐのホールで待っていて下さったのは侯爵令嬢ソフィア様。
「私に着いて、早くいらっしゃい」
私達に背を向け、肩越しにそう告げるとソフィア様はスタスタと階段を昇って行った。
慌てて後に続く。
見れば、中の護衛や使用人さん達はみんな女性。
本当に男子禁制のようになっているみたいだ。
「ここは、私のプライベートな館なの。親しい方以外は招いたことがないここに招かれたことを光栄に思いつつも、吹聴はしないようにね」
ソフィア様の私邸、か。
侯爵令嬢を巻き込み、使う上の方々との会見がこれから待っている。
少し、緊張で喉が鳴った。
玄関ホールの真ん中にある大階段を上り、右側の応接の間の前にソフィア様は立ち扉の前に立つ取次の侍女? お仕着せっぽい服を着た女性に何やら話しかける。
チリン、リーンン。
涼やかなベルが、私達の来訪を中に告げると、ゆっくりと一枚板の彫刻が施された扉が開いた。
華やかで派手好き、新しもの好き(失礼)なソフィア様の別邸にしては、と言ったら偏見かもしれないけれど、落ちついた感じの応接間だった。
淡いクリーム色を基調とした壁紙に可愛らしい小花模様が施されたカーテン。
絨毯は薄紫がかった紅色で、全体に施された花文様と合わせて、バラの蕾を思わせる。
ソファも壁とよく似た淡い白からクリーム。テーブルは落ち着いた濃茶で良く磨いたマホガニーのような艶やかさを湛えていた。
その奥で、私達を迎えてくれる為か、ソファから腰を上げ、立つ女性が三人。
三人?
二人だと思っていた私は三人目の顔を見た途端に
(「うげっ」)
心の中でそんな苦い声が零れたのを感じていた。
王女らしからぬ、と解っていても仕方がない。
だって、ただ一人、完全に解るその人は第二王女アルティナ様だったんだもの。
三人の貴婦人の内に一番、下座に立つのがアルティナ様。
ということは、上のお二人が第一王女フェレイラ様と彼女が連れて来た、もう一人の同行者だ。
こちらも三人、向こうも三人だけれど、今回の招待における向こうにとっての頭数は多分、私一人だけ。
だから、丁寧に頭を下げて失礼の無い様に挨拶をする。
「初夏の日差し、輝かしきこの日にこのような美しい館にお招き下さいましてありがとうございます。アインツ商会が娘。セイラ。
人国の麗しき薔薇たる皆様とのご縁を賜りましたこと、心から感謝申し上げます」
「まだ幼き身でありながら、よく礼儀作法が身についていますね。
よく来ましたね。急で、失礼な招きに応じてくれてありがとう」
三人の中で、中央に立つ女性が前に進み出て柔らかく微笑む。
淡くて優しいシルバーグレイの長髪。夏の若葉を研磨したかのようなエメラルド色の瞳が印象的な女性は私達の前に手を差し伸べた。
「人国 宗主国フォイエルシュタイン 第一王女 フェレイラです。
お見知りおきを。小さな商人さん。
そちらにいるのは第二王女アルティナ。
顔を見知っていて、色々と思う所も御有りだろうけれど、今は少し呑み込んで下さいね。後で話をさせますから」
「はい」
私が頷くと嬉しそうに微笑んで、フェレイラ様はテーブルの上のティーポットを手に取る。
「さあ、座って下さいな。今、お茶を入れます。少し、長い話になりますから先に少し、喉を潤しましょうね」
「王女様、御自ら? よろしいのでしょうか?」
「あら、これくらいは当然ですよ。こちらがお招きして、ご面倒をおかけするのですから。
どうぞお座りになって」
一人がけのソファを私に勧めると思ったよりも気さくに微笑み、第一王女は手づから茶の準備を始める。
淡く暖かく立ち上る湯気の蒸気が張り詰めた空気を溶かしていくようだ。
こうして、『聖女』からの呼び出しとそこから始まる複雑な会談の幕は、表向き穏やかに幕を開けた。
あくまで表向き、だけれども。




