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人国 聖女と周囲の裏表

 ミアからの提案を受けてから、少しずつ周囲の学生たちが私に声をかけてくれるようになった。


「セイラ様。ご相談があるのですがよろしいでしょうか?」

「はい。ヴィクトリア様。何か御用ですか?」


 今、呼びかけてきたのは八年生の女生徒。貴族家としては中流だけれど、それだけに周囲への気配りが優れている。四年生の私に対してもちゃんと敬語で接してくれた。

 学内では基本的に直接の臣下や部下以外には、低学年にも平民にも様付けて応じるという暗黙のルールがあるにはあるけれど。最上級生や王族、上級貴族はそんなの気にしないから。


「ミア様に、教えて頂きましたの。母が探しているアインツ商会の白粉、購買部に入れて頂いた分は全て完売と伺いましたが、セイラ様からなら入手が叶うかも、と」

「ああ、その件でございましたか。明日、ミア様からご注文頂いた分が届きますので、その時に父が、少し多めに入れてくれるかもしれません。余分がありましたらお分けしますわ。定価は頂きますが」

「ぜひ! お願いいたします。母の誕生日がもうすぐなので、なんとか手に入れたかったのです。母も喜びます。王都では下位貴族までとても届かないので」

「それは良かったです。ですがあまり私から直接譲って貰ったということは吹聴なさらないで下さいませ。親しくして下さっている方に特別にお分けしているだけでございますので」

「はい! 勿論でございます。私も家もあまり力ある方ではございませんが、この御恩は忘れずいつか報いさせて頂きますわ」

「今後も良いご縁が続きますことを願っております」


 基本的に、話しかけて来る、と言っても今みたいな商品が欲しい、という相談が殆ど。

 でも、向こうが関わらないと決め無視されている状況では何もできなかったけれど、話ができるようになればやりようはある。節度を持って接して、時折アインツ商会の特別な品で興味と関心を導けば、こちらに好意を向けさせることはできるものだ。


「セイラ様。今日の数学の課題も素晴らしかったですわね。ミア様にこそ及びませんでしたが学年次席でいらっしゃいましたでしょう?」

「これでも商人の端くれですので計算などは得意な方ですので」

「以前は職員として働いておられたくらいですから学生の課題などは本当に朝飯前でいらっしゃるのでは?」

「まあ、その辺は返答を差し控えさせて頂きます」

「奥ゆかしくていらっしゃること」


 同じ学年の女の子達も声をかけてくれるようになった。

 まだ友達の会話ではないけれど社交辞令や挨拶だけでもしてくれるようになったのは嬉しい事だ。


「あ! セイラ、こちらにいたのね!!」

「ミア様」


 廊下で学友様達と挨拶&雑談をしていると廊下の向こうから小走りにミアが駆け寄ってくる。私は優雅にカーテシーで受け入れるけれど、話しかけてきてくれた学友達は軽く会釈をして後ろに下がっていった。

 そう言えばミアも、よっぽどの公式の場以外では私を呼び捨てにする。

 親密度の証、と言えばそれまでだけど、あからさまに見下されているのが解るんだよね。


「廊下は走られると危ないですよ」

「煩いわね。王妃様に急いで化粧品を届けるように言われたのよ。

 だから確認頼んだ品物はどうしたの? まだ来ないの?」

「明日の昼には届きます。もう少しお待ち下さいませ」

「忠告だけれど、アインツ商会はもう少し、融通が利く商売をした方がいいと思うわよ。王族貴族であろうとも商品の届けは基本、発注書が届いた順番。

 横入り無しなんて上の方達が強気に出れば店そのものが潰されても仕方ないのに。

 アカデミア以外では金銭で購入さえできないわ」

「貴重な材料を使って作る手作業なもので、量産は難しく……。できるだけ多くの方に届けたいので」

「まあ、いいわ。私は、入手できるのだから文句は言いません。では明日、取りに行かせるから用意をよろしくね」

「かしこまりました。いつもありがとうございます」


 吹きすさぶ嵐のように思いっきり言いたい事と、自分勝手な注文を押し付けたミアはそのまま帰って行った。


「いつもながら、快活で、さっぱりしていて夏風のような方ですね」


 フェードアウトしていった皆さんが戻ってくる。まだ用事は終わっていないというように。

 基本的に周囲からミアは周囲から好かれている。

 あまり、気が付く方では無いし、同輩や周囲への気配りもあまりしない印象。

 でも


「『聖女』というのは特別な方達ですから、本来は私達など言葉も交わせません。学び舎に来られたのも初めてではないでしょうか?」

「ええ。親しく声をかけて下さって困っている時には助けて下さる。お優しくて魅力的な方ですわ」


 だって。私は人国の『聖女』をシャルル王子と一緒に来ていた、幼いリーゼラ様しかしらないけれど、よっぽどの特権階級なのかな、ってちょっと思う。


「最近、ミア様が王妃様のお気に入りで、第一王子妃の候補であるというのは本当ですのね」


 周囲の会話に耳を欹てる。こういう噂話は大事。

 諜報員として聞き逃すことはできない。


「私はアカデミアに入るまで上位貴族や王侯の方々には疎くて。第一王子のお母様は既にお亡くなりになっておられるのでは?」

「ええ。第一王女様の母君でいらっしゃいます。第一王女のお母上で、第一子を産まれて。でも、正妃であった侯爵令嬢の妹姫で。今は第一王子の事を我が子のように可愛がっておいでのようですよ」

「姉妹で王家に嫁がれたのですか? しかも妹の方が先に御子を? それは、結構大変だったのでは?」


 ちょっとビックリ。そんなことがあるんだ。

 ミアが幼い頃に母親を亡くした悲劇の人みたいな言い方をしていただけれど、なんだかドロドロな人間関係の闇を感じる。実際に私のカンは間違ってはいないようで


「……臣下である我々が言う事ではありませんが、侯爵様は国の柱でいらっしゃいますので……」

「ご令嬢で今の正妃である王妃様も、文に優れる理性的な方でいらっしゃいますから。男児を産めなかった代わりに、甥である第一王子に期待しておられるのでしょうね」


 苦く笑う令嬢方々の顔が、肯定してくれた。

 つまり、やりての侯爵が姉妹である娘達を王に宛がった。

 姉が正妃、妹が側室という形で、妹が第一王女を、姉が第一王子、第二王女を産んだということなのだろう。その後、正妃が亡くなって妹君が正妃になった、と。

 第二、第三王子の母君は他国から嫁いだ方らしいし、第四王子と第六王子、第三王女の母は身分が低く蚊帳の外。第五王子の母君は元聖女で神殿管轄とは魔宮でシャルル王子が教えてくれた今の人国、フォイエルシュタインの王家の現状。ホント、関わりたくないくらいの泥沼だ。


 その中に我が身一つで飛び込んでいくミアには一周回って尊敬の念さえ感じるけれど。


「でも、第一王子にはご婚約者がいらっしゃいますのに」

「『神』の声を聴く『聖女』が降嫁して第一王子と添う、ということになれば側妃というのは失礼ですわよね」

「ですが。王妃教育を完璧に身に着けた宰相閣下のご息女を側妃にするのは、あまりにも……」

「ハルモニア様は御実家の御力も強くていらっしやいますから」

「だからミア様は、後ろ盾に王妃様を得たいとお考えなのかもしれませんね。宰相家と王妃様の御実家はあまり仲が良くありませんし」


 家族、兄弟、婚約者。

 人国の王家の沼は本気で深くて昏そう。

 ミアは婚約者を側妃にすると王子が言ったと話してたけど、事はそんなに簡単に行くのだろうか?



 私の疑問を肯定するかのように、数日後、一通の招待状が届く。

 仲介者は侯爵令嬢ソフィア。

 差出人は第一王女フェレイラ。

 人国の頂点に立つ『聖女』からの直々の召還、であった。


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