人国 もう一人の『作者』
彼女は『私』ではないな。
と思った。
当たり前のことだけれど。
私にとっては私が『西尾星羅』で『星野夢子』。小説『ヴィッヘントルクの暗き森』の作者である。その事に疑問の余地はない。
でも。彼女が『星野夢子』であり『ヴィッヘントルクの暗き森』の作者であるというのなら、私と同じ考え方や好みを持っているのではないか。
もしかしたら、『私』が分離、もしくは剥離した存在かな、って思ったのだ。私の記憶には欠落があるし、この世界に転生した時に二人に分離したとかなのかも、ってちょっと思った。
でも、彼女、ミア・アレイシスは『私』ではない。別人だ。
分離、剥離したのであればキャラクターの好みとかは基本同じになる筈。ベースの記憶は二十一世紀の日本人、西尾星羅なのだから。
そして西尾星羅であれば人国の第一王子 エルンクルスを好きになる筈はない。
今の私にとっては、自分を殺した怨敵だけれど、それ以前にエルンクルスは小説の悪役として自分の地位をひけらかし、主人公である第四王子シャルルの足を引っ張り続けるヘイトのサンドバックとして設定したキャラクターなのだ。
第一王子として生まれながら怠け癖が酷く、勉強も碌にやらない。
自分が次期国王になるのだと疑わず、女の子にちょっかいの出し放題。
さらには人望を集める第四王子や才能のある他の王子に嫉妬してあれやこれやと悪事を行っていた。
最たるが第三王女リュドミラを追放し、単身で魔宮『神の塔』に追いやった事。しかもその理由がより人望を得る『神の塔の街』の領主の子とリュドミラ王女の婚約が決まったのが『面白くなかった』から、というものだ。
彼にとって第三王女リュドミラは何の遠慮も無しに虐げることができる『妹』だった。他の兄弟姉妹は同腹だったり、母親の地位が高かったり、後ろ盾があったりと虐めにくかったが、彼女だけは母親が後ろ盾も何もない踊り子上がりでやりたい放題だった。おもちゃが無くなるのはつまらない。でも父王が決めた縁談には逆らえない。ならば壊してしまえ、という単純思考。
丁度、その頃、魔性が『神の塔』に入れられていた犯罪者達を全滅させる、という事態が起きた。
溢れ来る魔性を止める為に彼女に罪を擦り付けて生贄にしたのは、現実とほぼ同じだけれど止めようとしたシャルル王子を明確な悪意を持って阻み、婚約者にも別の女性と浮気をさせるという念の入れよう。
勤勉な無能という言葉がぴったりの王子の陰謀に嵌り、リュドミラ王女は『神の塔』の生贄に捧げられ『魔女王リュドミラ』になるのだ。
まあ、そう設定したのはお前だろう、と言われれば一言の反論も無く、ごめんなさいと言うしかないのだけれど。
とにかく、第一王子エルンクルスは『西尾星羅』が嫌な男、その全てを叩き込んだような人間である筈なのだ。『私』だったら、好きになる筈はない。
一応、美形設定はしてあるけれど絶対にない。
けれど。
「儚さを称える金の髪、氷のようなアイスブルーの瞳。
そして何より、己の信念を貫く強い意思。
幼き頃に、母を亡くした人国の第一王子、という不遇の立場にありながら、逃げ出すことなく、腐ることなく前を向いて戦う彼。
そんな彼に『聖女』として認められ、孤児院から救われた時、私は『彼の為になるように、そして人国を守る為にこの世界の物語を書き換えよう』と決意したの」
愛しい人を語るミアの口調は、どこか夢見るようだ。
孤児院から『クラス』のおかげで救い出された彼女が、どういう過程を経てそこまでエルンクルスに入れ込むことになったのかは解らないけれど、彼女には『エルンクルス』が悲劇の主人公に見えるのかもしれない。なんか、フィルターでもかかっているのだろうか?
「そう、なのですか」
「はあ? 何? その生返事? アンタも私の小説の記憶があるのなら解るでしょう? 彼の美しさと気高さ、そして強い意思が?」
「すみません。私は、塔の探索の方が好きだったもので、エルンクルス様の事は失礼ながらあまり……。出番の記憶も、あまり良い印象がなくって……」
「そ、それは、そうなんだけれど、塔の探索メインでやっていたら鳴かず飛ばずだったから、外の世界の物語にシフトする予定だったのよ。
悪役的だったエルンクルス様をメインにして。
上手くアイデアが浮かばなくて、先に進めないうちに日が過ぎちゃって……」
小説がエタった自覚はあるらしい。
エルンクルスが悪役だったことも。
つまり、彼女は完全な私とは別人でありながら『ヴィッヘントルクの暗き森』を確かに書いた。偶然読んで、小説の中に転生した、とは思っていない。騙っている訳でもない。
実際、騙る必要は無い、よね。ネット小説で読んだ世界に転生した、と自分で納得すれば事足りる。この小説の作者であるとしなければならない理由は……キャラクターの気持ちを引く為、自分がこの世界の創造主だと告げて崇めて欲しいから、かな?
「実際問題としてアンタには選択権は無いの。
偶然かどうかはさておき、ウォルを抱えているんだから。アンタ達が断るなら、ウォルの正体をアカデミアにバラすだけよ」
「私達に、何をご希望なのですか?」
問いかけた私に、我が意を得たり、というように彼女は鼻を鳴らす。
「それでいいのよ。とりあえずは砂糖と化粧品を私達の要請があった時に直ぐに用立てる事」
「なるべく優先は差せていただきますが、代金は頂戴したく。採算が取れないと、今後の生産が持続しませんので」
「別にタダにしろ、なんては言わないわよ。ただ、安くはして貰うわ。
これから、ストーリーを守りつつ、魔国の戦に勝利し、人国の支配域を広げる為にはお金は必要だから」
「私の保護者と相談してみます。外には?」
かなり買い叩かれるだろうとは解ってる。
でも採算ラインが守れるのであれば検討の余地はある。
「邪魔はしないから、引き続き、この世界に叶う限りの日本の文化を入れる事。
特に醤油や味噌、調味料の開発を目指して。
単調な料理にはもう飽き飽きしているの」
「それも、持ち帰って相談させて下さい。一応研究はしてますが」
「なるべく早くよ。『聖女』にはできないことだから」
確かに『聖女』として祀られてしまっていると、料理に変な口出しもし難いだろうし商品開発に関わるなんてこともできないだろう。
その点で考えると、彼女じゃないけれど私は「良い位置」にいる。
「それから、シャルル王子の『神の塔』探索を支援する事。
魔国侵攻を最低でも邪魔されないようにね。必要なら私が話を通すわ」
「シャルル王子は魔国侵攻に加わらないのですか?」
「勇者は国同士、ヒト同士の争いに手出ししてはいけない。という暗黙の何かがあるようなのよ。私が設定したことじゃないんだけど」
「ならば、後程。王子が探索から戻られたら話を持ちかけてみます。以前助けて頂いたので旧知ですから」
次々と指を折っていくけれど、今の所はそこまでの無理難題は無い。
今後エスカレートしていく可能性は高いから油断はできないけれど。
「それから……一番重要な事」
「なんですか?」
「道を教えるから、戦の前の機会を見て魔国に潜入しなさい。そして魔王グリドリルに近づいて、可能なら倒して。
ウォルを王子に、そして次の王に据えるのよ」
「はい~~?」
油断してた。
今後じゃなかった。
もう、今の時点でとんでもない無理難題をしかけてきたのだ。
このもう一人の『作者』は。




