人国 もう一人の転生者
ミア・アレイシスと名乗った『聖女』は
「応接室を借りておりますの。よろしければお茶でもいかがですか?
少しお話、というかご相談がありますの」
と私達に招待の声をかけた。でも、実は貴族社会ではこういうの、本来はマナー違反。
人を招待するのであれば理想は一週間前、できれば数日前。遅くとも前日には相手の都合を聞き、合わせて招待状を送るのが正式なお約束なんだって。
因みに人国、魔国共通のマナーだけれど魔国はそこまで厳しくはない。
貴族というものが殆どいないからそれぞれのメンツとか打算を含めた社交が殆どない為だ。領地拡大の欲も無い。
各種族の長達はなんだかんだで仲が良く、時々会って飲みに行ったりしているらしいしそれぞれの得意なことで協力し合っている。
この間のお披露目会の後も、会議と言う名目で族長達と魔王陛下は酒盛りしていたと王妃様が少し困ったように笑っておられた。
まあ、そんな余談はさておき、こういう廊下で声をかけお茶に誘うとかは普通しない。
仲のいい学友同士ならまた違うかもしれないけれど、初対面の人間にすることではない。
ただ。
「相談、ですか?」
「ええ。絶対にお互いの為になる有意義な話です」
当たり前の事というかなのだけれど、上からの誘いを原則下の者は断れない。
上の者は下に対する多少の無礼は暗黙の了解的に許される。
だから、商人の娘=平民である私は原則貴族階級からの誘いを断れないのだ。
このミアという聖女様。『聖女』という貴族階級と同等の『クラス』に加えて貴族階級の養女だった筈。だから、お誘いを断ると色々と面倒な話になる。加えて
「それに今のままではセイラ様も色々とお困りでは?
私でしたら第二王女様と仲介したり、セイラ様がアカデミアを出られた後の事をお話したり、他の方々に貴女を紹介したりできますわ」
と、今の私の状況を揶揄するような言いっぷりも気になる。
どうせ暇だし、ここはお誘いを受けて置いた方がいいだろう。
「お誘いありがとうございます。謹んでお受けいたします」
私は叩き込まれた貴族階級への礼と、カーテシーでお礼を述べお誘いを受けることになった。
「嬉しいですわ。さあ。お付きの方もご一緒に」
後ろに控えるアリーシャ様に目くばせして、頷きを貰うと私は聖女様の後について行った。
レンタル応接室の一つに案内された私は、聖女様の数歩後をついて歩き、開かれた扉の前で直立する。両手をお腹の前で合わせて、顔は上げて俯かず、真っすぐに。
「……アインツ商会の教育はしっかりとしておりますのね」
入り口で佇む私に聖女様は少し目を見開いて、それから手を差し伸べた。
「旅商人上がりから僅か五年で王室御用達になるだけのことはあります。どうぞ、お入りになって」
「失礼いたします」
入室の許可を貰ってからお辞儀をして中に入る。
許可を得る前に入ってしまうと、礼儀作法も知らないのか、と怒られるのだ。
危ない危ない。
うっかりミスしていたら商会の顔に泥を塗っていたし、私を思いっきり見下して笑いに来そうだこの聖女様。最初の頃、訓練して来たつもりだったけれど、マナーがあやふやだった私に丁寧に所作を教えてくれたリュドミラ様とは大違いだ。
「お座りください。今、お茶をお入れしますわ。
お菓子は……砂糖を商い次々と新しい菓子を生み出しているアインツ商会の方に出せるものではありませんけれど」
そう言って、準備を整えていたであろう侍女さんが出してくれたのは所謂紅茶と、焼き菓子だった。
「頂きます」
砂糖が殆ど入っていないせいで、かなり固いけれど小麦の味が舌に伝わってくるし中に入っているクルミや干し葡萄の味わいも悪くない。素朴な乾パンのような感じで私は嫌いじゃない。
「干し果物の味わいが噛みしめる程に口の中に広がって行きますね。クルミの香ばしさもとても素晴らしいです。腕のいい料理人さんでいらっしゃいますね」
「お褒め下さり、ありがとうございます」
こういう場ではどんな料理でもいい所を見つけて褒めるのがマナー。
本心だから嘘もついてはいない。
「ですが、やはりアインツ商会の砂糖と、それを使ったお菓子の味を一度知ってしまうと見劣りしますでしょう? 私の料理人も砂糖とアインツ商会のレシピがあればもっと素晴らしい料理ができるのに、といつも申しておりますの。
アインツ商会はいつになったら砂糖の流通を再開して下さるのでしょう?」
「砂糖の商取引につきましては父が差配をしておりますので、私からはなんとも」
上目づかいで私を見て来る聖女様。
そしてマニュアル通りの返答を返す私。キツネとタヌキの化かしあいの様相だ。
しかし、呼び出した用件よりも何よりも先に、砂糖についての話を持ってくるとは。
「それではお化粧品についてはどうなのかしら? 王都の女性達が今は使いかけでさえ金貨を積んで欲しがるという口紅、化粧水、白粉などは流通再開のご予定は無いのでしょうか?」
「聖女様。……申し訳ありませんが、私に何か御用があったのでは?」
「あら、失礼しました。婚約者やお義母様に頼まれていたので、つい真剣になってしまいまして」
「婚約者? ご婚約者が御有りなのですか? 聖女様が?」
「別に、聖女に結婚が禁じられている訳ではございませんよ。
それに私は特別な『聖女』でございますから。……貴女と同じで」
え?
突然、『聖女』の纏う雰囲気が変わった。
と、同時彼女が手を上げる。お辞儀をして部屋から出て行く侍女。
入れ替わりに扉側で控えていた護衛が『聖女』の側にやってくる。
「彼には、王子共々、私達の事情を伝えてあります。第一王子の配下で信頼できる方ですわ」
白の衣装を身に纏い、剣を帯びた騎士だ。しっかりと訓練し、身体を作っていることが解る。アリーシャ様と戦ったら。簡単に負けはしないだろうけれど勝つのは大変そうだ。
「まず、先だってのセイラ様の投獄事件以降、第二王女アルティナ様は力を若干失っておられますの。
勿論、王族でいらっしゃいますから何を罰せられたという訳では無いのですが、貴女に手を出した事で砂糖と化粧品の流通をアインツ商会が差し止めたので、各方面から非難を受けたようです」
「そう、ですか……」
自業自得だから同情なんかしないけれど、それじゃあ余計に謝りにくいだろうな。
と思ったけれど考えを寄せている時間は無かった。
「ですから、私に力をお貸し下さいな。
私を窓口にアカデミアや王宮に物資を送れればお互いの為になりますし、 同じ仲間同士、世直しの力になれましてよ」
「特別な『聖女』様というのはともかく、私と『同じ』と『仲間』というのは、一体?」
「とぼけなくていいわよ。あんたも転生者なんでしょ?」
「え?」
がらりと、声音が変わる『聖女』
お嬢様っぽくしていた今までとは別人のようだ
「ぶっちゃけなさいよ。
読んでたんでしょ? あのネット小説。でないとウォルを拾って婚約者にしよう、なんて思わない筈だものね」
ドヤ顔で、胸を張る彼女が私に向ける眼差しは明らかな優越感に満ちていた。
「けっこういい位置に生まれたみたいじゃない。協力しなさいよ。そうすればあんたにウォルはあげてもいいわ。私はもう本命をGETしているし」
私の小説の貴重な読者だったわけだからね」
「私の……? 本当に、何を言っておられるのか……」
解らない、と戸惑うような仕草で怯えて見せる私に彼女は言い放ったのだ。
思いもかけない一言を。
「私は転生者 星野夢子 この小説世界『ヴィッヘントルクの黒き迷宮』の作者なのよ!」




