人国 潜入の打ち合わせ 後編
私が情報収集に戻ることになったら、派遣地はアカデミアだろうな、とは思っていた。
大人の女性達が鎬を削る王宮に、ポッと出の私が入れる筈もない。
今までのようにアカデミアで雑用担当しながら、次世代の情報を集めればいいと思っていたのだけれど。
「生徒として、ですか?」
「ええ。実はアカデミアからは幾度も、セイラとウォルを呼び戻して欲しいという依頼が来ています。二人は事務員として有能だったので、一気に抜けられたことで困っている。
という話でしたね」
「それは……大丈夫なんですか?」
「今回の件で言えば、非は向こうにあります。
何せ見習いとして預かっていた娘を、理不尽な理由で投獄したのですからね。
王家にも厳重抗議して、砂糖、化粧品を含む商業品をシャルル王子関連以外シャットアウトしています。最初は脅しまがいの請求が何度も来ましたが全て無視していたら懇願に変わりました。二度とあのような事が無い様にするからなんとかと。
ああ、国王名義の要請も一度ありましたね」
うっわ~。私が知らない間に随分と大事になってた。
まあ、ヴィクトール様もおっしゃっていたけれど、悪いのは全面的にあっちだ。女の子を理不尽に投獄したのだからこっちがかなり強気に出ても確かに問題は無さそう。
「なので、今度は子ども達を粗末にはさせない。生徒として受け入れるなら商業経路を復活させても良い、と連絡したら渋々でしょうが了承が来ました。
セイラとウォルにはですから、今度は生徒としてアカデミアに入って貰います」
「え~。でも、アカデミアって凄く身分差別が激しいんですよ~」
裏で職員していたからよく解る。
基本的には学園は大人の社会の縮小図だ。王族、上位貴族が幅を利かせ、下位貴族は使われるばかり。さらに言えば特待生として才能のある平民も学んではいるけれど、いじめや差別が相当に酷かったりする。
加えて差別は身分が高いからと言って無縁でもいられない。同じ王族でありながら第一王妃の娘の第二王女と第三王女であるリュドミラ様は明確に区別され、さらには貴族達も下に見てあげくの追放劇だ。シャルル王子以外誰もリュドミラ様の助けにならなかったことを私は忘れていない。
「そこに私とウォルが入ったら、徹底的に差別されるか商品欲しさに擦り寄ってくるかのどっちかになりますよ。間違いなく下に見られます」
「それに、俺は額を隠しておかないと正体バレの可能性が……」
「だからこそ、ですよ」
「え?」
にっこりとヴィクトール様が微笑した。
目元は優しいのに何かを企んでいるような眼差しはお義父様。魔王陛下とよく似ている。
「ウォルに関しては額に傷があるので、と言ってサークレットの着用を認めて貰いました。王族貴族などはおしゃれや護身に付ける方も多いので、さして目立つこともないでしょう。
あとは、堂々としていれば以外に気にされることはないでしょう。どうしてもの時は。まつ毛などが在るわけでなし。傷だと言いぬけなさい。
セイラ様を守る騎士として、その辺の危機対応能力が君には求められているのだと思います」
「君には、ということは私には違うものが求められているのですか?」
「ええ。勿論、そうです。貴族社会、特に女性の界隈のやっかいさは私も身に染みて知っているつもりです。ですが君は次期魔王。それくらい手玉に取れるようにならないと、ということですね」
「私に、そんなことが……」
できる訳がない、とは言えなかった。正式にお披露目までされた魔王の後継者。
弱音を吐けば、それは周囲を迷わせるし期待に背く事にもなる。
それ以上に、作者として、この世界に生きる人間として。物語への責任を放棄することはできない。
「答えは教えるな、自分達で考えさせろ、と言われているのでこれ以上は話せませんが、魔王陛下から貴女への課題でしょう。どうやら陛下は貴方を含めた次世代を本気でお育てになろうと思っている様子。どうすればいいか、考えて実行してみてください。
最悪の場合には正体バレしようと構わないと言われています」
「いいんですか? アインツ商会を含む隠れ村の人達を道連れにしかねないですけど」
私達への教材にしても背負うものが大きすぎる。
失敗すれば百人以上の人が路頭に迷うどころか命の危機に陥る。
「アインツ商会は十分にその役割を果たしました。
情報拠点と、地上での魔国人の保護地域の確立。
流通に関与したことで、思う以上に収益も上がり、力も得ています。
確かに、せっかくいい位置にあるのでこのまま継続させることができれば最良でしょう。
ですが人国からの襲撃を機に、魔国側は人国側に打って出て地上拠点を拡充させる意図があるとのこと。
その機にアインツ商会を畳み、人国の流通を混乱させることも策略の一つとして検討されていますから、そこまで執着はしていないのですよ」
元々アインツ商会は、利益目的ではない。
人国の情報を集めると共に、地上に来た親子の保護を行えればそれでいいのだとヴィクトール様は言う。
魔国は、現在、人国からの攻撃を迎え撃つための徹底準備中。
襲撃を返り討ちにし、逆に人国へ侵入。領地を切り取って上の立場から国交樹立を迫る予定なのだと聞いた。だとしたら、タイミングを見て寝返るのは確かにアリだろうけれど。
「村の方や店の方は、大丈夫なんですか?」
「村の様子を探ろう、あるいは砂糖の秘密を知ろうと手出しをしてくる者は多いですが、みんな返り討ちにあっていますよ。母親は強いですが父親も負けてはいませんからね。
転移陣があるので、いざとなれば非戦闘員を逃がすくらいはできますし」
村の周囲に罠が巡らせてあるし、魔眼族や三眼族などは危機感知が得意だ。
戦闘となれば獣人族や魔竜族もいるからなんとでもできるのだろう。
後始末が色々と面倒そうだけれど。
「そういうわけで、後は貴方達が決心するだけです。
気持ちの準備ができたらいつでも言って下さい。
どこの誰にも恥ずかしくない準備を整えてありますので」
ヴィクトール様は、そう言って微笑む。
優しく、けれど、甘えも逃亡を許さぬ厳しい眼差しで。




