人国 潜入の打ち合わせ 前編
「それは、お疲れ様でした。しかし、セイラ様が戻られていて良かった。
そうでなければ、子どもはきっと無事には生まれなかったでしょうから」
夕方、村に(転移陣で)戻ってきたヴィクトール様は、私達と夕食を取りながらそう労ってくれた。
「私達がいなかったら、って程ではないと思いますけれどベルナデッタ様を呼びに行けたり、リサやアリーシャが頑張って動いてくれたことは有難かったですね」
「私などは何も……ただ、出産という場に立ち会わせて頂けたことは貴重な経験でした。私達もあのように生まれてきたのですね」
アリーシャ様は、ちょっと感無量の様子だ。
12歳の女の子。しかも多産傾向がある獣人族とはいえ、子どもが生まれにくい魔国では立ち合いの経験なんてなかっただろうし。
「私も、何もしてない。ただ、赤ちゃんのお尻を叩いただけ」
「それがホントに正解だったから。赤ちゃんっていうのは呼吸の切り替えにストレスが必要なんだって説があるの。だから、仮死状態の時にお尻を叩いて刺激を与える、っていうのは出産の現場では割とある話なんだって」
可哀相なことしちゃった、と俯くリサを私は慰める。
少し後悔していたようだけれど偶然にしてはいい判断だった。
「セイラ様は、凄いな。そんなちっこいのに、出産に何度も立ち会って知識もあるんだ……」
一方で男の子達は荷運びとかしてくれていたからか、食事に夢中。
まあ、人国の食事に目を輝かせていたのは女の子も同じだけれど。
「この肉、凄い肉の味がするのに柔らかいぞ。口の中で蕩けるみたいだ」
「パンも、柔らかいのに噛めば噛む程味わい深くって。ジャムやバターを付けるのもったいない!」
「クリームいっぱいのパンケーキに、果物もどっさり! ああ、幸せ……」
魔国の料理はジャガイモ中心で、それでも美味しく食べられるように工夫はしているけれど、地上の方が食材は色々と豊富だからね。無理もない。
でもそんな中、ジャハーン様は感心したように私を見る。ちっこいって言うけど年齢は同じ+転生分私の方が上なんだけどなあ。
「ジャハーン! 言葉遣い! あんたは、何度言ってももう!」
「別にいいですよ。私は様、なんて付けて呼ばれるのむず痒いから、せめてここにいる皆にはセイラって呼んで欲しいくらいです……」
眉根を上げて怒るアリーシャ様に私は首を振る。アインツ商会では一番下っ端だったからセイラって呼ばれていたし。
ウォルもアドラール様に「王女だから様付けに直せ」って言われたらしい。私は気にしなくていい、って言ったんだけど
「『いざという時に護衛が主を呼び捨てにしたらおかしく思われるだろう?』だって。
その通りかな、っては思う」
「そうですね。この地上ではセイラは私の養女としますから、貴方達にとっては主の娘ということなるでしょう。皆も、様付けに慣れて置いたほうがいいと思います。商会の者達にも徹底させますので」
ヴィクトール様の口調もちょっと前よりよそよそしい。
なんか、寂しいな。こういうの。
私は、だからせっかくの食事をあんまり、楽しめなかった。
久しぶりの地上の料理なのに。
「それで、これからの事について魔王陛下と話しあった概要を伝えてもいいでしょうか?」
まあ、それでもわきあいあいと食事を終えて、みんなで集まった応接の間でヴィクトール様は冷えた果実水を供してくれながら、私達にそう切り出した。
「はい。お願いします」
「まずは、セイラは私の娘としての待遇を固めます。王女を我が娘、というのは恐れ多いですが魔王陛下の御指示ですし、先に牢屋に入れられた件もあります。セイラの身を守る為ですから、ご了承ください」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
元々、娘としてあったけれど、正式な跡取りとして手続きを行い貴族でも王族でも手出してきないようにする、という。
「あ、でも戸籍とかはどうしているんですか?」
「その辺はまあ、色々と裏道がありまして。獣の道は獣の身が知る。あまり気にしなくていいですよ」
要するに蛇の道は蛇、ってこと。
この土地の領主には少し顔が効くのだと、ヴィクトール様はおっしゃっていた。アインツ商会の郷をここに建てたのも多分、それが理由だろう。
元々、貧しい廃村で税金も得られなかったらしいから領主にとっては渡りに船だったのかもしれない? 多額の税金を支払い、アインツ商会の品々を優先的に回す代わりにほぼ完全な自治が許されている。
流石に魔国民の隠れ里、とまでは知らないだろうけれど。
クラスの偽造書作りもこの土地の神殿がやっている。
「いずれ、この村にも神殿を作りたいのですが、なかなか難しくて。
下手な人間だと村どころか、魔国の生命線を握られることになります」
「村の子どもから神官や聖女が出るといいんですけれど」
「能力的なものもそうですが、戸籍などの管理の面でも『神殿』は重要なのです。
ただ、修行も勉強も人族以外にはできませんから」
それはそう。いくら人間に似ているといっても多くの場合、外見の変化が出る魔国人には神殿に入り込み、修行をして地方神殿を任される程の存在になることは難しい。
「そして、これは最近、魔国の親子を保護する様になってきて解った話なのですが、人国の上層部には魔国の民や子どもが少なくない数、囚われているようなのです」
「! 魔国の民が?」
「ええ。人国にやってきた親子が見つかって捕らえられた事例だと思います。緊急時には転移陣を壊す事。最低でも子どもだけでも逃がすことは徹底されていますが、その後、殺されるのはまだいい方で、幾人かは捕らえられ、妻や子を人質に飼い殺しにされている可能性があります」
「また、物心つかぬ子どもに忠誠心を叩き込み使っている事例も何件か確認されており、とある貴族の家では狼系の獣人を正しく飼い犬のように連れ歩いていました」
「そんな……」
「叛逆されないようにか、そこまで酷い扱いをされていないことが多いのが救いですかね。ただ、そういう者達は救出が逆にやっかいです。自らの『飼い主』に愛着を持っていますから」
「なんでだよ! 人に飼われて言う事を聞くなんて獣人族の矜持はどこにいったんだ!」
「それを、彼らに求めるのは酷だと思います。親から、国から引き離された彼らにはそんなことを教える者もいなかったでしょうから」
「う…………」
獣人族の若長は悔し気に手を握りしめる。
解っているが故に悔しいという気持ちは解る。
私も、できる限りはなんとかしてあげたいと思うし、可能なら救出したい。
とはいえ、難しい事でもある。
相手がほぼ奴隷待遇で、ちゃんとした教育や人権を与えられず、それが当たり前だと思い込み歪んだ忠誠心を植え付けられている可能性もあるから。
「ですから、今回のセイラ様の役割は上層部に入り込んでの情報収集です。
シャルル王子が手引きして下さるとのことなので、人国側の戦略その他について調べて頂きたく。また、可能な限り人国に囚われている魔国人の情報なども」
「解りました。もう一度アカデミアに入る形ですか?」
その辺は覚悟していたつもりだから問題ない、と思っていた。
「ええ。ですが今度は生徒として」
ヴィクトール様に、そう告げられるまでは。




