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閑話 導きの星と小鳥達の旅立ち

次話から新章に入ります。

 王女のお披露目式と祭りが終わって間もなく。

 人国に旅立つ準備の為、子ども達が慌ただしい日々を送っていたとある日の事。

 彼らの後見人である虎将軍は、


「久しいな。アドラール」

「お前も元気そうで何よりだ。クセルナクス」


 懐かしい客を迎えていた。

 久しぶりの友人を迎えた虎将軍は、地上から取り寄せたとっておきだと言って、棚から酒瓶を取り出して見せる。


「リュドミラ王女が進めてくれた葡萄という果物の酒だそうだ。俺の舌には少し甘すぎるが、風味や味わいはなかなかだ」


 そう言って、二つ並べた優美なワイングラスに虎将軍は酒を注いで一つを獅子頭の幼馴染へと渡す。


「ああ、いい香りだな」


 グラスを静かに回すと紫紺の波がぐるりと輪を描く。


「久しぶりの再会と」

「魔国の未来に乾杯」


 二人は掲げたグラスを合わせると、一気に喉へと流し込んだ。

 獣人族には比較的酒豪が多い。

 これくらいは飲んだうちには入らないし、酔いを感じることは普通無い。


「色々と噂は聞いている。魔宮探索に、人国王女の救出といくつも手柄を立てているそうだな。魔国の黄金の盾。族長として私も鼻が高い」


 ただ、旧友との再会と良い酒はお互いを饒舌にする。


「止めろ。お前にそんなことを言われるとむず痒くてかなわん。

 俺はただ、一族を背負う重責も、守らなければならない家族もないから好きにやらせてもらっているだけだ」

「そうだとしても、な。

 私にはできないことを為す、できるお前は我々のみならず、一族の憧れなのだ。

 ジャハーンなど父である私よりも、お前の方に憧れているぞ」

「拗ねるなよ。獣人族を率いる獅子の王が」

「私は戦うしか能のない男だ。族長など向いていない。長になる筈だった姉上が魔王となったが故に、私に鉢が回ってきただけのこと。だが、姉上に一族を頼むと言われたら従わぬわけには行かなかろうさ」

「クセルナクス……」


 魔国の最大勢力にして戦闘種族を率いる族長の弱音を虎将軍は咎めるつもりはなかった。

 誰よりも体躯や能力、才能に恵まれながらも根は驚く程に優しく気配りの効く獅子の王。

 彼の葛藤や思いを、誰よりも知っているから。


「だがお前、よくあの子達を外に出す気になったな? しかも二人一緒に。

 なんだかんだで可愛がっていたから、成人するまで外に出さないかと思っていた」


 彼にできるのは話を聞いてやる事と、話題を変えてやること。

 そして酒を注いでやること。

 それくらいしかないけれど。


「『姉上』に頼まれたからな」

「え?」

「新しい王女を喪う訳にいかぬと言われたら、私が行けぬ以上子どもらに託すしかない」


 一瞬、虎将軍は族長がもう酒に酔ったのか、と思ったという。


 族長が言う『姉上』は前回の人国による魔国襲撃の時に弑逆され命を落とした前魔王。

 先々代に見込まれ獣人族から魔王となった彼女は強さも去ることながら先見の明に優れた女性だった。

 一方で身内に対しては甘く、結果部下の増長を招いてしまったのだが。

 とにかく完全な故人である。

 その彼女が、何故『頼む』のか、『言う』のか?

 虎将軍が思いを言葉にするより早く


「なあ、アドラール? お前は気付いているか?」

「なんだ、一体?」


 揺れる焔のような、危さを感じさせる口調で彼は紡ぐ。 


「我ら、魔国人が人国に叶わない理由を、だ」

「クセルナクス……」

「魔国人は人族よりも皆、特異で強き力を授けられている。

 なのに長き歴史の間、常に攻められるばかり。何故、我らは人国に攻め入り、奴らを支配しようという気を持てぬのか? それは、数に、子に恵まれぬ。

 そればかりが、理由ではない筈だ」

「では、一体何が理由だと?」

「解らん。だが人族に獣と見下される理由が、どこか、何かにある筈だ。

 そのカギを握るのは、きっとあの王女なのだろう」

「セイラが?」

「あの娘には歴代魔王達の加護と、それを超える何かが在る。

 故に族長たちが大人しく膝を折ったのだ。


 王女セイラは空を持たぬ我らに『神』が下された導きの星。


 歴代魔王十五代。その集合知たる魔王陛下と王女が在れば、何かが変わる。

 そう信じられる……。何の根拠もないことだがな」


 彼が、口を滑らせたのはそこまでで、

 後はどれほど酒を向けようとも族長は一言たりとも真実も、推察も、そして思いも零すことはなかった。

 酒に力を借りた、決して口に出してはならぬ秘密の吐露。

 それを己が内で反芻しながら、虎将軍は思う。


「もしかしたら、導きの星と共に歩む『獣の騎士』は俺ではないのかもしれないな」


 まあ、そうだとしてもやるべき事、為すべきことは変わらない。

 自分に言い聞かせ、切り替える。


 王と、国と、子ども達。

 そして己が運命を守り抜くだけのことだから。



 そうして、数日の後、彼は見送ることになる。


「ては、行ってきます。お義父様、お義母様。アドラール様」

「向こうでの件は基本的に任せるが報告は怠るな」

「はい。アドラール様。リュドミラ様をお願いしますね」

「ああ、心配しなくていい。我が命に賭けて王女は守る」

「アドラール様……」

「ジャハール、アリーシャ。お前達も王女を頼んだぞ」

「任せてくれよ!」「必ずや、ご期待に応えて見せますから」


 自信に満ちた輝ける笑顔の子ども達。


「では、行ってきます!」


 導きの星の元、自由の空を舞う小鳥達の旅立ちを。


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