閑話 勇者一行の思惑 Side Boy,s
祭りに賑わう人々の喧騒の中。
「エルガー。カロッサ達は撒けたかい?」
細やかな密談が紛れていることに気付けた者はいないだろう。
「ああ、別方向に行ったのを確認した。この人ごみだ。探すのは諦めただろう」
「カロッサは頭がいいからね。無駄な事をして時間を潰すよりも、僕達を信じた方がいいって思ってくれる筈だ。うん、それくらいは信頼されていると思いたいな」
「俺ならともかく、シャルルは大丈夫だろ」
「だといいけど。とりあえず、あっちの物陰に行こうか」
少年二人、いや『勇者達』は頷き合い、大通りから少し入った裏路地に身を隠した。
屋台が立ち並ぶ祭り。大市の最中であっても一本道を入れば。驚く程の静寂がある。
「ここなら僕らを知っている人物に聞かれることはないだろ? 魔国の皆はセイラの式典に出てるし」
「そうだな。で、どうするつもりなんだ? シャルル。
本当に王になるつもりなのか?」
親友の問いに人国第三王子ははっきりと首を横に振った。
「ならないよ。僕は『勇者』だ」
魔術師の少女が自分の思いを仲間達に語っていないように、少年達もまた少女達に伝えていない秘め事がある。
少女達が治療の為、別行動をとった『神の塔』十階での魔国王の行動と誘惑。
転移術が魔国側に奪われた事は伝えたけれど、王子が人国の王に成れ、と誘われた事を彼らは宰相の娘であるカロッサには伝えられなかったのだ。
「僕は妾腹の第四王子として『勇者』として。
次期国王争いからは無縁でいられた。
『勇者の力は人の争いに使うこと能わず』
だから、使命を全うする。魔王陛下に道具と嗤われようとかまわない。
道具であるからこそ、できることがあるから」
「道具だからこそ、できること?」
「ああ。人国、魔国。その両方の間に立って二国を繋ぐこと、だ」
最初から彼は国王争いの蚊帳の外にいた。
『勇者』として崇め尊重された分、姉よりは遥かにマシであったとは思うけれど、成長し国の歪みや王族の過ちを知るにつけ何故、自分には挑戦する権利さえないのかと確かに思う事は確かにあった。それを指摘され悩みもした。
でも。
敵国であった魔国に立ち、この地に生きる人々と出会い、思ったのだ。
「『勇者』が守るべき存在は、きっと人だけじゃない。彼ら、魔国の民もそうなんだ。
王になってしまえば、自分の国しか守れない。
だから、僕は両方を守れる『勇者』であり続ける」
「……カロッサや、ウォルは、きっと違う意見だと思うぜ」
「解ってる。僕の考えを強要するつもりはないよ。二人にはそれぞれの立場や背負うものがある」
「お前にだってあるだろう? 人国の第四王子という立場にコルメト様」
「それは、勿論大事だけれど、もっと大事なものがあるなら、囚われるべきじゃない」
「もっと、大事なもの?」
「ああ。人々の笑顔だ」
路地から、人々の喧騒を見やる『勇者』。
その細めた瞳は、導きの光、太陽を仰ぐようであった。
「戦になれば、どうしたって被害が出る。人国は勿論、魔国でもこの……笑顔で笑う人たちが傷つき倒れるのを見たくないから」
知らなかったら、若しくは王だった、ただの駒として、必要な犠牲として無視できたかもしれない。
でも、知ってしまったら無視することなどできよう筈がない。
自分には彼らを守る為の力があるのだから。
「この暖かさを知った上で、彼らの犠牲を考慮して戦を行えるとしたら、それは凄い事だ。僕にはとてもできない。
明確に裏切る訳ではないから母上に危害が及ぶことは無いだろうし、両国を守ることは結果として母上も守る事になるだろう」
詭弁であるとは解っていた。
自らの思惑の為に姉に無実の罪を着せた人国は、自分が真実敵に回れば、きっと容赦なく母を人質にすることも十分に有り得る。
それでも、自ら定めた道を違えることはしないと、彼は決めていた。
「今回の件で、諜報の大切さも学んだ。当面はセイラ達に協力を仰ぎながら情報を集めて、兄上達の状況や現状も把握する。特にグリームハルト兄上の身辺や本当の意図を確認したいな。そして最終的に魔国侵略を止める。そうすればクーデターも中止せざるを得なくなるだろう?」
「口で言う程、簡単な事じゃないぞ。それ」
「解ってる」
「人国もだけど、魔国は今回の件を地上侵攻への足掛かりにするつもりのようだし」
「でもやる。そう決めたんだ」
槍の勇者、エルガーは大きく息を吐き、肩を竦めた。
穏やかな人当りと、笑顔に普段は隠されているけれど、こうと決めたら絶対に譲らない頑固さがこの男にあることを、知っている。
「いいよ。好きにすればいい」
「エルガー」
「カロッサやウォルと敵対することになったとしても、俺は、お前の味方でいてやる」
「ありがとう」
『勇者』として孤児院から引き上げられ、城で出会ったあの日から。
ずっと共に生きて来たのだから。
「具体的な計画はできてるのか?」
「とりあえず、アインツ商会に接触して彼らの諜報を学び情報を集める。
それから、セイラを味方にしたい」
「セイラ? ウォルではなく?」
「セイラを仲間にできればウォルは勝手についてくる」
「おい」
「王の養女になって、国の為に動かされるだろうけれど、被害を少なくする為に、戦争を止めたい。
そんな思いを彼女はきっと一番、理解してくれるから。知見、知識も侮れないし……」
「どうした?」
「いや、何でもない。
約束したからね。後ろ盾になると。上流階級にアインツ商会を繋ぎ、得られた情報を共有する。そんな容に持っていくのが理想だね。
良くも悪くも彼女が、今後の世界を動かす鍵になる。それを理解して王女に据えたのだとしたら、魔国王は本当に凄い人だけれど」
「そこまでか? あいつ」
「うん。僕のカンだけどね」
「まあ、確かにレアスキルの持ち主だった筈だけれど」
「レアスキル? 彼女が?」
「そういう話を昔、ちょっと耳にした気がする。誰も知らないスキルだからゴミだって、死の谷に堕とされたって」
「ああ、だから彼女は……。兄上はまったく……」
路地裏からは見えない、自分は立ち入りを許されない魔国王宮で、今頃新たな立場を得た少女を想う。
最初の出会い。
牢屋に入れられた彼女を救出した時から、感じていた。
ただの商人ではあり得ない知識と度胸と胆力。
彼女が魔国の諜報員だと聞いて、驚きもしたけど納得もしたのだ。
王の養女になると聞いて、喜ばしく思った反面、最初から彼女を人国が得ていたら、きっと色々な事が変わっていたのではないかと、今は、本気で残念に感じている。
「まあ、彼女とは後でじっくりと話をしよう。
魔国との別れも近いからね。難しい話は終わりにして情報収集を楽しもうか?」
「賛成。まだまだ食べたいものいっぱいあるしな」
「口止め料&協力代に僕が驕るよ。好きなのを食べるといい」
「やりぃ!」
そんな会話と共に、彼らは祭りの喧騒に戻っていった。
少年の顔に戻って。




