閑話 勇者一行の思惑 サイドLady
魔国王が正式な養女を迎えたという告知は、魔国全体に伝えられ、国中がお祭り騒ぎとなった。賑やか喧騒に溢れる魔国王都の街並みで
「すみません~。その肉の包み焼貰えますか?」
「あいよ。銅貨三枚だ。トッピングに岩塩かけとくかい?」
「お願いします」
買い食いを謳歌している者達がいた。
「ちょっと! 食べ過ぎじゃない? シャルル。それでいくつ目?」
「カロッサだって、手に綿菓子持っての説教は説得力がない」
「エルガー! こ、これは、リーゼラと半分ずつ食べるのよ」
「カロッサ様。こっちの焼き菓子も二つ、違う味を買って分けっこしませんか?」
「いいわね……って、だから! いくら『神の塔』探索が一区切りついたからって、だらけていてはねえ……」
人国の勇者一行。
はしゃぎまくる弟のような年頃の二人を注意してみたものの、逆に言い負かされてジト目で睨まれて。
メンバー最年長にしてお目付け役を自負する魔術師カロッサは買ったばかりの綿菓子を手にしたままろくろを回す。
「だって、アカデミアにいた時は勿論、王都でだって買い食いや食べ歩き、祭り探索なんてしたことは無かったからね。
余計なお目付け役や大人のいないせっかくの自由、満喫しないと!」
「そういうこと。セイラが魔国王の養女になった祝賀の市だし。直接会えるのはもう少し先になるだろうけれどせめてこうして祝うんだよ。な?」
「まったく、ああ言えばこういう……。あんた達自分達が今、『神の塔』の探索真っ最中で、しかも敵国である魔国にいるっていう自覚はあるの?」
「だから、説得力ないって、カロッサ。自分だって見知らぬ国の街並みと美味に夢中になってるんだからさ」
「そう。それに魔国は敵国じゃない。少なくとも、今、僕らにとっては。君は敵国だと思っているのかい?」
「それは……」
口ごもるカロッサ。こと弁論に関しては目の前に立つ十歳の王子は、貴族社会よりさらに上の王宮という魔窟で生き抜いてきただけあって、歯が立たない。
「僕らは今、友好国の祝賀行事をお忍びで楽しんでいるんだ、余計な事を考えず、楽しむのがいいと思うよ」
「カロッサ様……」
くいくいと、横で服の裾を引く聖女リーゼラ。彼女も自分の味方をしてくれている訳ではないことは理解している。そもそも、一番の魔国びいきはこの少女なのだ。
「……解ったわよ。でも、本当に食べ過ぎはダメよ。王子が買い食いしすぎてお腹をこわしたなんてことになったらリュドミラ様にも顔向けできないもの」
「一応ちゃんと考えて、線引きしているから大丈夫」
「よーし、気合入れて回ろうぜ。一通り腹が膨れたらやっぱり甘味、だよな?」
「魔国の甘味は一味も二味も違うからね。流石砂糖の産出国。あ、その飴細工見せて下さい。うわー、細かいですねえ~」
「うちの相棒の自信作だからな」
「なるほど、小人族の小さな手で作るから、こんなに細かくできるんですね。食べるのが惜しいなあ~」
「シャルル! この芋の揚げ物、凄い美味いぞ!」
「本当だ。ほくほくとしていて、いくらでも食べられそうだね」
「ああ! もう勝手に行かないでって言ってるのに!」
食べ歩きに夢中になった男子二人は人ごみの中に姿を消した。
まあ、焦る必要は無いだろう。彼らも赤子ではない。
最終的に家に戻ればいいのだ。
揚げ芋や、焼き肉、時には魚料理も、この市にはふんだんに用意され、庶民も自由に口にすることができる。
こんな出来立てで、手の込んだ美味しい料理はアカデミアでも滅多に口にできなかった。
夢中になるのも仕方ないだろう。
「リーゼラ、貴女は逸れると大変だから、しっかり手を握ってね」
「はい」
小さな聖女と手を繋ぎ、カロッサは、弟分達の影を追いかけて、喧騒の中に続いて行った。
「でも、本当に色々な種類の食べ物屋台があるんですね」
「リュドミラ様が言っていたわ。人手不足で夫婦両方が働きに出るのが普通だから、彼らが買って食べる持ち帰りの料理屋台がけっこうあるのですって」
受け売りだけれど、と少女は小さな聖女に説明する。
買って直ぐに食べる者も多いけれど、鍋や皿、箱を持ってきて料理を入れて貰う者もいるらしい。
工夫と活気があるな、と少女でさえ思う。
「小麦や野菜はあまり育たないということだけれど、ジャガイモや根菜、玉ネギ、豆類などはけっこう育つんですって」
「砂糖も、根菜から穫れると以前、リュドミラ様に教えて頂きました」
「そうね。根菜はあまり人国では人気がないから、盲点だったわよね」
アインツ商会は基本的に砂糖の素材を公開していない。
今まで流通していた砂糖は国の南でしか栽培できない特別な野菜からしか採取できなくて、領地を預かる侯爵の気分次第で、値段が吊り上げられていた。
今はアインツ商会が大量に、しかもかなり低価格で流通させたので一般市民には少し高くはあるが、安定入手が可能になった。
北国でも栽培可能な根菜からと、ある種の樹木からも入手できるのだと教えて貰った時には驚いたものだ。
現在商会は北の山地、特に貧しい侯爵領の廃村を驚く程の高額で買い取りそこに人々を移住させ砂糖の栽培や化粧品や工芸品の生産を行っているという。
「アインツ商会の魅力的な品々が、全て魔国産であると知ったら、皆様、きっともっと驚かれるでしょうね」
「絶対に外で口にしてはダメよ。リーゼラ」
「はい、解っております」
そう。人国が知ればきっと驚くだろう。
自分達が獣の国と下に見て、従属が当然と思い込んでいた魔国の実力を。
宝石やガラス、鉄鉱石などの地下資源が豊富。
こうして市場を見て回っても、魅力的で人国なら王宮に飾られていてもおかしくない工芸品が屋台で無造作に売られている。しかも安い。
さっきの飴細工もそうだったが、小人族などが作る細工は細かくて刺繍やレース編みなどはため息が出るほどに緻密で美しい。
食品も意外に豊富で砂糖を使った菓子やパンなどが、庶民の口にも普通に手に入る。
「人国は、魔国に勝つことができるのかしら……」
ふと、口からそんな思いが零れた。
「カロッサ様?」
「あ、なんでもないわ。気にしないで」
彼女は王国貴族の娘。
しかも宰相を代々勤めて来た一族の一人だ。
「勇者」のクラスをもって生まれたことで、家から離れ今は独立した立場にあるが、それでも人国貴族の誇りは、簡単には捨てられない。
シャルルは第四王子で、しかもリュドミラ様への王家の仕打ちに怒り、どこか見切りをつけているようだけれど。
魔国が、人国で語られているような獣の国ではない事は理解していても。
人国よりある点では優れているところもあると納得していても。
人国が魔国より下である、と認める事は絶対にできないのだ。
「シャルルは肝心な所で甘いんだから。
放っておくと魔王やセイラ達に直ぐに丸め込まれてしまう」
自分達は今、魔国に恩恵を受けている身であり、敵対しても益は無い。
何より人国よりも魔国の人々の方が幸せな笑顔で暮らしていると解っている。
「慣れたように見えて急に牙を剥くのが獣だもの。
優し気な態度に絆されてはいけないわ」
しかし、それと敵国に与することは別。
別なのだと、彼女は繰り返し自分に言い聞かせていた。
「カロッサ様……」
ぎゅっと、自分の手を繋ぐ少女の掌に力が籠った。
「なあに、リーゼラ」
「人国と、魔国は戦争するのですか?」
「え?」
既に決定され、各地に下知が降りていること。
隠しきれることではない、と解っていてもカロッサの口は心と同じで重く、固く。
開くのに勇気と力を必要とした。
「私は、魔国が嫌いにはなれません。むしろ好きです。この国の優しさも、暖かさも。
命を救われたから、というのは勿論あるのですが、私は……魔国であっても人国であっても知っている方が、傷つく姿を見るのはイヤなのです。
私達が、王族の皆様を説得して戦争を止めることはできないのでしょうか?」
「リーゼラ……」
無垢な聖女の、無垢な想い。
気持ちは解る。痛いほどに。
自分とて、この市場に、自分の知る人々がなだれ込み、魔国の民を切り捨てる姿を。人種の隔たりなく、人懐っこい笑顔で菓子を売ってくれた者達が血に染まる姿を見たくはない。
「『勇者』はね、人族同士の戦に関わってはならないと決められているの。
私達の力は魔宮踏破と魔物の討伐にのみ使うように、と」
だから、シャルルはそれを名分に戦に関わらないつもりだろう。
「じゃあ。戦争が起きないように止めることはできませんか? 魔国の良さを王様達に伝えて戦ではなく国交を開いて貰うようにするとか!」
「そもそも私達は魔国について、外で話すことはできないのだけれどね。口封じされているから」
「あ、そうでした。なら、どうしたら……」
おそらく、魔国の現実を人国に伝えるのは戦争を止める手段としては悪手だ。
魔国が豊かな国であると知れれば余計に人国は富を求めて攻撃の手を強めるだろう。人国には不足している様々な資源を魔国から継続的に入手できるようになれば、人国はもっと発展できる。だから……
「そうね。考えてみましょう。
人国と魔国、両方が納得して協力し合える方法が無いかどうか?」
「はい! リュドミラ様や、セイラ様達とも相談し合えばいい案が浮かびますよ!」
「え……あ、そうね」
カロッサは思う。
朗らかに告げる聖女に、自分が向けた笑みが心の苦さを隠しきれているだろうか?
と。
自分達の。
違う。
『自分の思い』を彼女達には伝えたくはない。
人国よりもある意味魔国に心を寄せる彼女達に、人国が魔国に勝つ方法を。
魔国を人国の属国とさせたい、中立を旨とする『勇者』にあるまじき自分の気持ちは。
(第一王子様に誓いを破らず、事実を伝えることはできないかしら。
リュドミラ様の事もあるから、信頼は確かにできないし、アインツ商会やセイラ達を売るようなことは避けたいけれど……。
属国化させても魔国人の人権は守られるべきだと思うから、やっぱり頼るなら第一王子ではなく、庶民の人権に理解ある第三王子かしら)
以降、カロッサは祭りも食べ歩きも、楽しむことができなかった。
何を食べても後ろめたい、裏切りの味が口の中に広がっていたから。




