魔国 真の勝者
勝負は一瞬で終わった。
「な、なんで、こんな……?」
「これで、終わり。私の勝ちでよろしいですか?
獅子の若長?」
床に突っ伏した形の若長の背に膝を乗せ背後から、首筋の鬣の隙間にペンを突き立てている。
ロキシム様の開始の宣告から約一分足らず。
周囲は思ったほどの喧騒も無く、私達二人の決着を、それぞれの眼差しで見つめていた。
「嘘だ! 俺が、こんな小娘に!
なんか、卑怯な手を使ったんだろう?」
「はい。勿論、使いました」
「!」
「当然です。獣人族の若長に私が本気で向かい合って勝てる訳ありませんから」
「貴様!」
「あ、動かないで下さい。刃物ではないですけどペンも延髄に刺さると結構危ないので」
私の下でがなり立てる獣人族の若長ジャハーン君。
こうして足の下に敷いていても固く鍛え上げられた筋肉が伝わってくる。
本気で彼が立ち上がり、振り払えば、私は跳ばされるだろう。だから、牽制の為にお義父様。魔王陛下が渡してくれたペンを首筋に当てているのだ。
刃物は使わない約束だけど、ペンは刃物じゃないし。
でも、危ないから真似しちゃいけないよ。
「貴様、一体何をした! いきなり立ち会う間もなく消えただろう?」
「私は魔術師、ではありませんが術使いなので、術でジャハーン様の攻撃から逃れて、後ろに回り込み、攻撃しました」
「術? 魔術、というのは自然を操るワザじゃないのか? 火とか水とか」
「術というか、特殊能力というか。
私は転移術、という空間を瞬間的に移動する技が使えるんです」
「転移術? 瞬間移動……だと?」
「はい。荷物運びとかに便利なんですよ?」
明るく言ってみたけれど、若長が絶句したのが解る。
瞬間移動術なんて戦士系の方々からすれば卑怯技でしかないよね。
敵を追い詰めても即座に逃げられて、こうして死角からの一撃を許してしまうのだから。
今回の場合は、試合開始早々、私を魔術師と警戒して詠唱の隙を与えずに倒してしまおうと思った若長をギリギリまで引きつけて背後に転移。
目標を見失い、体制を崩した所を軽い電撃系呪文で背後からスタンをかけて転ばせた。
そう思っても若長の動きは早くって、ギリギリだったけれど、攻撃を仕掛けようとする瞬間、微かな硬直、というか躊躇があってなんとか間に合ったのだ。
元々、本気でバトルしたら私の全面敗北は決まっている。
だから、初見殺しの必殺技で瞬殺するしかない。
元々魔王陛下には
「今回のお披露目でお前が転移術使いであることは公表する。特異な能力者であるから養女にした、と思わせておくぞ」
と言われている。
隠しておいた方がいいことも多いんじゃないかな、とは思ったのだけれど
「隠しておくと後で知れた時に煩くなる。変な疑いもかけられるしな。
リュドミラ王女と共に『個人の能力』として公表しておいた方が良い」
だって。
「でも、魔王陛下も習得されたんですよね。転移術?」
「ああ。だが私も使用できること。後天的に習得できる可能性があることは秘したい。お前はその為の目くらましと牽制だ」
「あ、そういう……」
「立てますか? ジャハーン様」
「煩い! かまうな!」
私は若長の背中から降りて彼の身体を解放した。
延髄を取られた恐怖から解かれると獣の素早さで立ち上がり、私を見下ろす。
私は十歳の割には身が低い方で120cmくらい。
若長は150~160はありそうだから、頭一つ違う。
「俺が、獣人族が……こんな小娘に負けるなんて……」
悔しそうだけれど、私を責め立てたりはしない。
むしろ自分の力不足を噛みしめているような感じ。
「こんなの勝負じゃない!」とか「やり直せ!」とかいちゃもん付けて来るかと思ったのに。
「『解った』か?」
「……父上」
「相手の強さ、力を計り切れなかった時点で、貴様の負けなのだ。ジャハーン」
「…………」
「いくら愚かなお前だろうと、もう解っている筈だ。王女に手加減して頂いたのだという事がな」
前に進み出てきたのは獣人族長クセルナクス様。彼は私に目くばせしたので、さっき
武器として持っていたペンを差し出し渡した。族長はそれを見やると納得したように頷き若長に放り投げる。
「なんですか……!」
若長が驚くのも実は道理。
だって、そのペン。獣人族の館から借りて来た紋章入りだもん。しかも使者として入った館に後でこっそりと忍び込んでプライベートエリアからお借りして来たやつ。泥棒してきた、とも言う。
「解ったか? 姫君は、いや魔王陛下は我々の寝首など簡単に搔いてやれるぞ、とおっしゃっているのだ」
そう。それが魔王陛下にとって、私を養女にして今回、派手にお披露目した一番の理由っぽい。
「従え。逆らうな。
魔国人同士で無駄に争っている暇はない」
私の背後に魔王陛下、お義父様が立ち、威圧をかける。
若長やクセルナクス様だけは勿論、その場にいる全ての者達が膝を折って膝を付いた。
「近日中に、人国の襲撃がある。おそらく今までに例を見ない程に大規模なものとなるだろう。
だが、今までのように後手は踏まぬ。逆にこちらから撃って出て、人国に侵攻、その領域を切り取る!」
ざわりと、空気が揺れた。
かつて魔国と人国が繋がっていた時代から、二つの国は争っていた。
滅亡を憂慮した『神』が領域を封鎖しても、稀に繋がる空間の歪みから人国は幾度も魔国に侵入してきたという。
「光の世界に我らの居場所を。
その為の諜報、その為の魔宮攻略、その為の招集、その為の養女でもある」
声を荒げた訳でもないのに、大広間にいるヒト、全てがその声と言葉に逆らうことなく『王』を拝する様子は絶対君主、というよりも神様めいていて怖いくらい。
でも、それくらいの悲願なのだろう。魔国にとって地上世界に出る事は。
「『神』の祝福と加護は我らにこそある。
今こそ、魔国が一丸となって千年の悲願を、今こそ達成するのだ!」
「おおおおっ!!」
持っていかれた。と思う。
今回の「戦い」の勝者は私なんかじゃない。
私のお披露目や儀式、バトルなんか目じゃない歓声の中。
魔王陛下の檄は、その場にいた全ての民の心を動かし、一つに纏めたのだった。




