魔国 獅子の咆哮
儀式が終わると、場は一気に賑やかなざわめきに満たされる。
立食形式のパーティの用意が為されたからだ。
立ち喰い呑みをしながら各種族、互いに挨拶をしあい、交流を行うのだ。
随所に用意されたテーブルには司厨長である親方が腕に寄りをかけた料理が並ぶ。
ジャガイモをメインにしたニョッキやパン、食べやすく串刺しにした焼き鳥もどきやスティックサラダ。サイコロステーキに、ローストビーフやハムなど。
「お前さんのお披露目式だからな、どんなメニューがいいと思う? 案はあるかい?」
親方にそう言われて私は知っている限りのレシピを提供した。
ヴィクトール様は人国から戻って来られなかったけれど、代わりにお酒や穀物、果物に油脂類などをたくさん送って来て下さったから、それらを使ってけっこう豪華な料理になったと思う。
「まあ! 美味しい!」
「ほお、芋にこのような食べ方があったとはな。なかなかいける」
と見ている限りは好評の様子。デザートもクレープや小さく切ったパウンドケーキ、琥珀糖もどきなどが好印象のようだ。
私は魔王陛下に連れられて、ご挨拶回り。主要部族の皆様の所に今後ともお願いしますをするわけだ。広間のあちこちに用意されたテーブルには軽食が用意されて、お酒や果実水などが並んでいるけれど、基本的には私が一人で応対する様に、と言われているのでゆっくり味わう暇は残念ながらなさそう。
一番最初に挨拶に行ったのは竜魔族の長の所。
魔国全体のパワーバランスで言うと、獣人族と魔眼族がトップ2。数が多いのでやっぱり影響力が大きいのだって。少し間が空いて、竜魔族、地獣族、長耳族(エルフ耳っぽい人達。魔法に長けていると聞いた)巨人族と小人族、有翼族と続き、魚人族は一番数が少なく影響力も低い。水から完全に出てこれないわけではないけれど、地上での活躍の場が少ないから、らしい。
そういう訳で獣人族に最初に挨拶に行くことも選択肢に入るのだけれど、魔王陛下と王妃様は竜魔族の出身、特に王妃様は竜魔族の長の娘なので一番になるらしい。この辺のパワーバランスが難しい。
「お久しぶりでございます。ゴドルノフ様」
「おお! 息災にしていたか? ミュレイシア。そして我が娘婿殿」
「お父様お母様もお元気そうで何よりでございます。今日は、新しい娘をご紹介いたします」
少女のように微笑むミュレイシア王妃様の視線の先に立つのは王妃様と同じ、淡い銀髪をストレートで肩に流した熟年の男性。彼の表情も傍らに寄り添う女性のアイスブルーの瞳も優し気で情愛に溢れている。
多分、王妃様のご両親なんだろう。竜魔族っていうのは頭に角が生えている種族みたいだね。
「次期魔王候補が定まった、というので少し期待したのだが二人の間の子はやはりまだ難しいか?」
「こればかりは縁ですので」
寂しそうに微笑する王妃様。
「ですが、今は二人の子を養い育てておりますから、寂しくはありませんの。
特に今は新しい娘に夢中で。ドレスを用意したり、着飾らせたりするのは母親の喜びですわね」
「貴女が納得しているのなら構いませんが、やはり自分の胎から産んだ子は別格ですからね。諦めることなく、偉大なる魔王陛下、グリトリル殿の男子を宿せるように務めるのですよ」
うーん、マタハラだぞ。と口に出さず思う。
ご両親と王妃様の仲は悪くはなさそうだけどやはり、この時代子どもを産めないってことは針の筵なんだろうなあ。
「セイラ。お父様とお母様に御挨拶を」
「はい。お義母様。
誉れ高き竜魔族を統べる御方々の御前に上がる喜びを偉大なる『創世神』リーヴルヴェルクに感謝申し上げます。
竜魔長ゴドルノフ様、クローヴィア妃」
王妃様に促され、私は隣に進み出てご挨拶する。
「私はセイラ。この度魔王陛下と王妃様の元でご温情を賜る事となりました。
どうか、よろしく願いいたします」
主要種族の面となる方達の名前は覚える事、と言われてしっかり叩き込まれている。
ついでに使者として赴いた時に顔も一致させた。
教えられたとおりのカーテシーでお辞儀をした私に、魔王陛下と王妃様の前で、流石にいちゃもんは付けられなかったようで、お二人は微かに顔を見合わせ、頷いた。当たりも、思ったほどキツくはない。
「……二人が認め養っただけあって孤児でも一応の教育は付けられているようだな。
父母を立て忠実に臣下として仕えるがいい」
「己が身分と立場を弁えることを、忘れてはなりませんよ」
「はい、お二人から与えられた御恩に身命を持って応える所存でございます」
私の挨拶を鷹揚に受けるお二人。
まあ、自分の娘の子が生まれないのに養女なんかが大きい顔をしたら面白くないのは当然だから仕方ない。魔王陛下達に御子ができたら絶対守るから問題ないし。
王妃ミュレイシア様は竜魔族の長の娘。
魔王グリトリル様とは前にも聞いたけれど幼馴染の間柄なんだって。
でも以前、人国との時空の穴が竜魔族の村近くに開いて襲撃を受けた時、陛下はご両親を失った。その時に当時の魔王陛下に見出され養子となり、魔王を継承しミュレイシア様を娶ったそうだ。前王陛下は部下だった巨人族の騎士に弑逆されたが、犯人は継承の儀に挑むよりも早く、怒りに燃えた魔王陛下にギタンギタンにされて滅したという。
以降、巨人族は全体で少し下の地位に甘んじている。
だから、その次の挨拶は獣人族か、魔眼族。今回は魔眼族になったらしい。
「お初にお目にかかる。魔国の未来を照らす導きの姫よ」
魔眼族を統べる長ルシャンドル様は、笑顔で応じて下さった。
目元は装飾の効いたアイマスクをしているから見えないんだけどね。
魔眼族の方達は殆どが、目元にピッタリとしたアイマスクをしている。ロキシム様と同じなら魔眼封じの術が籠められているのだろう。
優しく揺れる温かみのあるヘーゼルブロンド、口元や全身から醸し出される雰囲気に嘘は無い様に思える。
「何か困ったことがあれば、いつでも我が一族を頼って頂きたく。お力になりましょう」
「ありがとうございます。迷宮探索のみならずいつもロキシム様には助けて頂いております。今後とも末永く良き関係でいられますようこちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
「ふむ、宜しければロキシムを婿になどいかがかな?」
「あなた!」
横で奥様が諫めておられるけれど、口元は笑っている。結構本気なのかな。
まあ、この場は流す。多分、社交辞令だしね。
「姫君」
お二人への挨拶を終えた後、横から別の人物が話しかけてきた。
ナチュラルゴールドの髪とブルーアイが印象的な男性。
なんだか、妙な既視感を感じる。それにアイマスクをしてない。
ここには魔眼族が集まっている筈だけど……と思った時、額にしている厚めのサークレットに気が付いた。
そうか、三眼族だ。三眼族と魔眼族は同種扱いなのだと少し聞いた。
コミュニティの中を見るに魔眼族の中に三眼族が占める割合は三割くらい。眼に特殊な力を持つ者同士、ってことなのかな?
「アルヴィースの息子らがお世話になっております」
「アルヴィース……様? あ、もしかしてディオルグ様とウォルフラム様の……」
「はい。私は三眼族が長。フォールセティ。
アルヴィースは、欲により身を滅ぼした愚かな息子ですが、孫達を守り抜いたことは誇りに思っております」
そっか、既視感の理由が解った。ウォルに似ていたんだ。魔眼族の長の館には行ったけれど三眼族の所には行っていなかった。魔眼族長の分家みたいな感じだと聞いていたので出しゃばらないように言われたんだ。
「アルヴィース」は私が書いた小説の中では「ウォルフラム」の弟の名前だった。もし、魔王様に兄弟で引き取られる小説の流れの場合、弟ディオルグ君は父親の姓名を受け継いで、って感じだったのかもしれない。欲、っていうのは多分、一人目の息子を授かった後、直ぐに戻るべきだったのに二人目を望んで、結果見つかって殺されたこと。かな?
「兄弟共に陛下に才を見出され、王宮に仕える身となったことは誉ではありますが
いずれゆっくりと孫達とも話す機会があれば、と思います」
今まで、全く連絡が無かったから、親類とかいないのかなと思ったけれど、割とまともそうなお祖父様だ。お祖父様って言う程歳をとってもいないな。多分五〇才前後。
眼差しには子孫を想う優しさが見える。
「お二人にお伝えしておきます」
「よろしくお願いいたします」
魔眼族は割と早くに魔王陛下の後継者決定に祝福と、恭順の意を示してきた。
長の子であるロキシム様が魔王陛下の側近の一人だし、三眼族の子が『神の真名子』として王の養子になっているから、私が現れても多分、そんなに焦る必要もないのだろう。
さっき冗談めかして言ったけれどロキシム様を私の婿にして実権を、なんて計算もあるのかもしれない。
挨拶を終えスッと、後ろに下がったフォールセティ様の前にまたルシャンドル様が進み出てきた。
「まあ、さっきのは半ば本気にしても」
「(本気なんだ……)」
口角を上げて私を見る魔眼族長はマスクの下の隠された瞳で私を見つめているのが解る。
「其方の内に秘めた資質はなかなかのものだ。
励まれるが良かろう。
きっと先代王に勝るとも劣らぬ良い王となる。そう信じられる」
「ありがとうございます」
魔眼族の持つ力はそれぞれだけど、ロキシム様のような攻撃型の魔眼を持つ方は意外に少なく、大抵は予知や透視系になるのだという。
魔眼族の長ともなれば、きっとその系統のエキスパート。情報収集、威力偵察などはきっとお手の物なのだろう。『視て』見ればルシャンドル様の種族スキルは『千里眼』
私の事も、何か見えているのかもしれない。
聞いてみようかな、と口を開こうとした正にその時。
「おい! 小娘!」
「え?」
多分、私に向けられた声に振り返る。
魔国のトップの方達が集う式典会場で多分『小娘』は私以外いない。
「いつまで父上を待たせるつもりだ! 無礼が過ぎるぞ!」
怒声が式典会場を震わせる。
振り返った私の背後で、金色の獅子がその顔を向け咆哮を上げていた。




