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魔国 式典前夜

 儀式前夜。

 私は、こっそり部屋を抜け出した。

 部屋と言うのは魔王宮に用意された新しい『王女』の部屋だ。


 王妃様が張り切って調度を揃えて下さったらしくかなり上質で、可愛らしい作りの家具が揃っている。

 床は大理石の石張りなので気を抜くと音が鳴るけれど

 側の部屋で寝ている筈の侍女さんやリサが起きないように気を付けて、一人ガウンを羽織って。隠しておいたランタンに魔法で灯りを付けて部屋を出る。


 足音を立てないように静かに歩いていくと待ち合わせの場所。

 魔王宮の中庭。噴水の前に魔王陛下が待っていた。

 魔国の夜に月はない。壁を照らすヒカリゴケが、休眠してしまうのでほぼ真っ暗になる。

 でも、僅かに休眠サイクルがずれたヒカリゴケの一部が、夜の星のように輝いて、僅かな灯となる。

 夜目にも輝く銀蒼色の髪をした魔王陛下は、この国の夜そのもので、息を呑む程に美しく見えた。


「来たか……、待っていたぞ」


 私を見止めた魔王陛下がそう声をかけて下さる。

 魔王陛下はカッチリとした正装。マントも着て、剣まで帯びているよ。


「あ、ちゃんとした服で来た方が良かったんですか?」


 私は明日のお披露目に備えて、ってお風呂に入れられて全身マッサージに髪のお手入れまでして貰っていた。


「貴女はこれから王族の一員となるのだから、身の回りのことをしてもらうこと、を覚えなさい」


 と王妃様に言われて、自分では何もすることもできず流されるまま。

 寝支度も侍女さん達に整えて貰って、早く寝るようにとベッドに押し込められてしまった。こっそり抜け出して来たから寝間着なのだ。

 着替えも寝室とは別の部屋のクローゼットにあるから、下手に取りに行けなかったし。

 夜着にガウン。並ぶと少し恥ずかしい。


「そっちに用意してある服を着ろ。お前なら侍女がいなくても着付けくらいできるだろう?」

「え? あ、は、はい」


 陛下が指さした先には服が入っているらしい木箱がある。

 用意がいい。

 私は中に入っている服を引っ張り出した。


「あれ? これって……」


 カンテラの灯りが、中の服を照らし、煌めかせる。

 中に入っていたのは見覚えのある黒の礼服だった。

 明日のお披露目式用のドレスだ。

 昼間、仕立て上がったと納品されて、着せてもらったのだから、間違いない。


 第一印象 ゴスロリ。

 黒のシルクっぽい艶やかなノースリーブドレスに、黒いチュールのブラウスを重ね着る。

 膝丈までのスカートは柔らかいパニエで支えられていて、真っ黒だけれどふんわり。

 可愛らしい印象さえある。

 首元を飾るのは黒水晶で紡がれたネックレス。

 装飾品から全て黒で統一されているので、全部身に纏うとどこの魔女か吸血姫?

 って感じだ。


「これ、明日の式典用、ですよね?」

「式典よりもこれから行く先は大事な所だからな。無礼の無い様にちゃんと着ろ」

「は、はい」


 物陰で手早くドレスを身に着ける。頭用のヴェールも一応身に着けて、とりあえず準備完了。鏡とかはないけど、大丈夫でしょう。


「これで、いいですか?」

「ああ。上出来だ。なかなか化けたな」


 ふっ、とも、くすっともつかない笑みだけれど、多分褒めて下さったのだろう。

 ちなみに私は転生する前も、その後も容姿を褒められたことはない。

 十人並み以下だった現代日本時代に比べると、造形は整っていると思うけれど、ここは魔国だし。審美眼の基準は向こうとまるで違うからね。アインツ商会時代、まあまま整っている。と言って下さった方もいたけれど、お世辞だと思っている。


「準備ができたのなら行くぞ」

「はい。でも、どこに行くんですか?」

「お前が、随分と緊張しているようだから、少し、な。

 いいからついてこい」


 どこに行くのかも説明してくれないまま、魔王陛下は先に中庭の中央、噴水の前に進み立つ。私の手を引いて。

 噴水の水の中に、手を差し伸べた、と思った瞬間。

 水が光を帯びて輝き始めた。まるで、虹のように。


「うわああっ!」


 私の身体が宙に浮いた。気がした。

 とっさに真横、魔王陛下の太い腕にしがみつく。

 実際には宙に浮いた訳ではないのかもしれない。

 転移系の何か仕掛けだったのかも。だって、気が付いた時には、私達は一欠けらの光も無い闇の中に立っていたから。

 あ、カンテラ忘れて来ちゃった。


「灯り、付けますか?」

「必要ない。見ろ」

「!!!」


 本当に灯りは必要なかった。

 魔王陛下が指し示す指の先に、ぼうっと、小さな灯りが灯ったかと思うと、部屋中が光で満たされる。眩しいくらいだ。壁にはキラキラと小さな点滅。

 さらには床が、周囲が不思議な蒼い光を放っている。

 近づいてみれば、それが魔方陣から放たれていることが解ってきた。

 周囲にはたくさんの小さな……魔国というか、この異世界では見たことがないけれど蛍のような……灯が揺らめいてすごく綺麗だ。

 なんとなくこの間、放り込まれた『神の塔』の魔方陣とよく似ているけど。

 まさか、これは?


「これって、継承の魔方陣って言うのですか」

「そうだ。本来、後継者がここに来るのは継承の儀式の時のみ。だがお前には特別に見せてやろうと思ったのだ。方々に『サクシャ』を紹介してもおきたかったしな」

「資格を持たない人物は正気を失って殺されるっていう怖い所では?」

「人聞きの悪い事を言うな」


 魔王陛下が私の隣で眉根を上げる。


「あの魔方陣は歴代の魔国王の魂と力の集合体だ。

 次期王たる者に知恵と知識と力を授け、守護を与えて下さる。受け入れる器の無い者、資格のない者は、力に圧し潰されて廃人になるだけのこと」

「だけのこと、ってあっさり!」

「基本、魔国王以外知る者はない、国を支える真の支柱だ。ここは。

 王と伴侶。次代王以外は原則入れないし、無理に入っても生きては出られない。

 どうやら、お前は気に入られたようだな」


 私の周囲をくるくると、光達が回り、踊っていた。

 敵意は確かに感じない。むしろ歓迎してくれているようだ。 

 これが、気に入られた、ということなのだろうか。

 ふと、見ると魔王陛下は、膝を付き、心臓の上に手を当てて顔を下げている。

 陛下にとっては自分を育ててくれた親の前に立っているようなものなのだろうか。

 神妙としかいえない静かな表情。


「今日は、継承を行う訳ではない。

 単なるご挨拶だ。眼を閉じ、祈れ」

「は、はい」


 言われるままに私は、魔王陛下の隣に膝を付いた。

 とはいえ、歴代の魔王陛下の魂? にどう祈るべきなかは解らない。

 自己紹介でもするべきなのかな? 

 私はセイラ。地球の転生者で、この世界の作者としての記憶を持っています。

 とか?


 正直、私はこの時点で、あんまり魔王陛下ほどには『魂』とか『死者の意思の集合体』ということを本気で信じても、尊重してもいなかった気がする。

 だから、私の挨拶? の後、周囲を取り巻いていた光達が、急に勢いを増した事に単純にビックリする。勢いだけじゃなく発光も強まり、熱気まで発し始めた。


「うわっ! あっつ!!」

「どうした? セイラ!?」

「ま、魔王陛下。なんだか、光が、集まってきます! 何? どうして? 凄い熱いですよ。これ!

 ! キャアアア!」

「別に攻撃を仕掛けている訳ではない。暴れるな!」


 魔王陛下はそうおっしゃるけれど、蛍? 光? 魂、なのかな?

 群がって来て身動き取れない。なんだか熱を帯びてるし。 

 おまけにその一つが私に向かって突進してきて胸の中に、入ってきた気がする。


「でも、なんだか凄く、熱くって、どうしたんです? これ?」

「解らん、だが……」


 気が付かなかったのだ。この時、魔国を支えてきた継承の儀式の変化にも。


「……身体に不調は無いか?」

「特には、何も……。あ、熱も消えた」


 見れば、蛍たちは急速に力を弱め、消えて行く。

 帰った、のかな?


「何だったんでしょうか? 資格が無いと怒られた、とか?」

「それは、無いな。むしろ、本当に気に入られたのだろう」

「気に入られた? 一匹、というか光が一つ私の中に入ってきましたけど、何ですか? これが継承の儀式?」

「それは、ない。『継承』が行われるのは魔国王の交代の時だけだ。今のは『継承』ではない。ただ……」

「ただ? なんですか?」

「とにかく挨拶は終わった。……方々は、魔王や魔王候補に害をなすことは無い。

 きっとお前のこれからに加護を与えて下さるだろう。帰るぞ」

「……はい」


 魔王陛下が、何か、感じていた『心当たり』を呑み込んだ事にも。

 私の中に飛び込んだ光が、この後に大きな影響を齎すことも。


 ずっと、ずっと。この後、長い事。気付くことはできなかった。


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