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魔国 父と娘の契約

 父。


 そんな言葉は凄く、久しぶりに聞いた気がする。

 リサとたった二人で魔国に落ちてきて、魔王陛下の指示ではあるけれど、良い家に引き取って頂くことができた。

 私達の面倒を見て下さった親方はとっても優しくて、親身に気遣って下さって。ウォルが来てからもそれは変わることなく、私達三人を本当の我が子のように愛してくれた。私とウォルがアインツ商会に入って諜報員になる、と決めた時も心配はして下さったけれど


「お前達なら、できる。しっかりやれよ」


 って最後は励ましてくれたのだ。

 魔国の父と、言われて真っ先に思い浮かぶのは親方だ。


 でも。私は眼前に立つ魔王陛下を見上げながら思う。

 魔王陛下にも、確かに色々と良くして頂いた。

 敵国から落ちて来た廃棄児とは思えないくらいに優遇して貰い、最高峰の教育を受けて来たから、人国の高い場所でもそれなり通用する教養を身に着けることができた。そもそも最高の養い親に育てて貰ったのも魔王陛下の肝入りだったからだし。

 他にも私が提案した野菜や、石油、化粧品の開発なども子どもの戯言と笑わず真剣に受け止めてくれたから色々な新技術などが開発できたというのもある。


「陛下は、私に何の責任を感じて下さったのですか?」

「お前を、この厳しいヴィッヘントルクに括りつけ厳しい命運を縛り付けた責任を、な」

「私が、自分で選んだことですから、陛下の責任では無いですよ」

「それでも。幼子に過重な責任を負わせることを苦に思わない親はそう多くはない。『我が子』には健やかに、望み通りの人生をと願うのが『親』というものだ」

「私の事を『我が子』と? どこの誰とも知らない廃棄児を?」

「魔国において、血の絆は重要ではあるが絶対ではない。

 むしろそれ以外のモノこそが肝要であると誰もが知っている。現に『魔王』『魔国王』は初代より親が子に血で繋いだ例は一度としてないからな」


 ちょっと意外。立派な宮殿もあるし、代々の王族が継承してきたんだと思った。


「そう、なんですか?」

「生来の力と意思によって、継承される。私自身も、先代から見込まれ見出された孤児だった」

「!」

「だから、まあ、少しお前が気になったというのもあるかもしれぬ」


 もしかしたら、周知の事実だったのかもしれないけれど、私は知らなかった。


「先代は暗殺によってその命を絶たれた。かの方の遺志を継ぎ私は王を継承した。

『魔国の民に光を。

 人国が見下す獣ではなく、強き力と意思で世界を変える者なのだと知らしめよ』

 前王、いや歴代王の意思と、願いは今も、私の心にある」

「陛下……」


 きっと一言では言えない程の、悲願なんだと思う。地下に追いやられた魔国の人々にとって光の世界を取り戻す。ということは。


「魔国王というのは、不安定、かつ多種族が暮らす地下世界を効率的に治める為の機構だ。それを理解せぬ者が幾度となく弑逆を企て、幾度かは成功したが彼らが王位に着いたことは無い。魔王宮の奥深くにある継承の魔方陣は、資格無き者を明確に排除する」

「継承の魔方陣?」

「さっき、魔王は死後も魂を国に捧げると言っただろう? 魔王が死すと継承の魔方陣に魂が括られる。そして次期王に力を与えるのだ。自らを殺した者を許すことはまずない」

「あ、転移術を与える魔方陣の前で色々言っていたのはそれですか? 『神の遺産』とか資格無き者が入ると精神に異常をきたすとか」

「そういう打てば響くような反応を、私は気に入ったのだ」


 にやりと、笑って私の頭を撫でる魔王陛下。

 ダメだ。私はこの方を嫌いになれない。


「魔国王は、魔国の柱だ。喪われれば国が亡ぶ。

 故に早く後継者候補を、とは常に言われていた。

 今、私が死んだ場合、王妃が代わって王位を支えるが負担も大きいし、また内紛が起きる。ヴィクトールかそれとも他の誰かを、と思っていた時に落ちてきたのがお前だ。

 地上から魔国に下された娘。金の髪と、闇の瞳。

 光と闇を併せ持つお前は『神』が下された星。

 我らを導く者だと柄にもなく思った。

 そして、価値を理解せず、捨てた人国には決して渡さぬ、守ると決めたのだ」


 私に向かって手を伸ばした魔王陛下が、顎に手をかける。

 くいっと上げられた顔は陛下と真っすぐに視線が合った。


「これは、血を分けた親の情愛では無いだろう。

 私利私欲も計算も無論ある。

 だが、二度と『私が拾い上げたお前』が魔国と共に見下げられるのを誰にも私は許すつもりはない」


 鏡に映したような黒と、黒の瞳。

 私と魔王陛下で同じモノなんて闇色の瞳だけだけれど、同じこと、に安堵する。


「セイラ。

 お前に誰の、どんな記憶があるかは知らぬ。

 だが、過去のお前の所業の責をお前が負う必要は無い。まして、この世界の歴史、悲劇は尚更だ」

「陛下……」

「死した者達を悼み、嘆くのは良い。だが、その責は死者と生者のもの。

 創造の神ですら、触れることが許されぬ領域だ。

 見知らぬ第三者が背負うはむしろ、彼らの命や判断を冒涜するものだと知れ」


 魔王陛下が『私』をどう見て、何だと思っているかは解らない。

 けれど、責務を負うな、自分を責めるな、とおっしゃって下さる。

 生も、死も。

 この世界に生きる者の選択の先に生まれたものであると。


「お前が負うべき責務は今を生きる、小さな命と身体で考え、為した事だけで良いのだ。

 魔国の民、セイラとして生き、為すべき事を為せ」


 今まで、私は自分で、全てなんとかしなきゃと思っていた。

 この世界を生み出したのは私で、世界の元凶も私の責任。

 だから、なんとかして書き直そうと必死だった。

 でも。


 魔王陛下は、私は魔国人のセイラであり、背負うべき責任はこの身で為した事だけだ、という。それで、いいのだ。と。

 なんだか、急に目の前が明るくなった。

 言われたからと言って、簡単に『作者』の責任を投げ出せはしないけれど。

 私がすべきなのは作者としての書き直しではなく、この世界に生きる人間として、皆を少しでも幸せにする為の行動なのだと思うと、気持ちが軽くなったのだ。

 加えて、孤独だと思っていた道を共に歩んでくれる人がいる。

 守ると、父だと言って下さる方がいる。

 それはとても……幸せな事に思えた。


「まあ、お前はそれでも『サクシャ(神の娘)』だ。

 視線が違いすぎて、負いきれぬやらかしをすることもあろう。

 だからその時は私が負ってやる」

「いいんですか? 多分、私、これからも色々やらかしますよ。王女なんて立場になったら余計に」

「同じ、役割を背負わされた者の好であり、お前と言う存在を魔国に生み出した私の『親』としての責務だからな。仕方ない。

 それに十二分に利用もする。部下であるときは多少気遣ってやっていたが、娘となれば給金もいらんし無理も聞かせられる。首にしっかり縄もつける」


 勝手はさせないぞ、と腕組みしながら目で告げる魔王陛下の視線は、それでも笑っている。楽しそうに。


「だから、遠慮なくお前の知識、スキル、技術、そしてこれから取得するであろう能力も、全て私と、魔国の未来の為に使うがいい」


 今まで遠慮してたのか。遠慮してあの圧力だったのか。

 こっわ。

 私は足元に落ちた養子契約書を拾い上げて、契約内容を確認した。


 ①子は魔国王の娘として、忠実に父母に仕える。

 ②魔国王は子に対して、心身と、精神、魂。存在の全てを守護し、支援を与える。

 魔国は、王の後継者に加護と力を与える。

 ③子は魔国に叛逆することなく、国家と、国民と、世界の維持繁栄の為に全力をもって務める。

 ④魔国王、王妃に万が一の時があれば、子は王族として魔国を指揮し身命を捧げる。


 凡そ、文句はない。

 ただ……


「一つ、いえ、二つ確認してもいいですか」

「何だ?」

「私は、魔国王の御命令でもヴィッヘントルクの命運に関わる事に関して、逆らうことがあるかもしれません。例えば、滅びの時に魔国だけ守れ、とかは聞けません」

「『サクシャ(神の娘)』の使命か?」

「そう取って頂いて構いません。それから、人国の無辜の民を意味なく殺害することもしたくありません。

 戦争となれば被害はどうしたって出るし、戦略的に一般市民を巻き込むことだってあるかもしれません。でも、それでも被害は最小限にしたいと思っています。だから……」


 陛下の指がパチンと弾かれると②と③の間に追加文が浮かんだ。


『魔国王は子に現場の判断、指揮権を委ね、非常時には指示を待たず行動することを許可し、内容について一任する。

 非常時の行動が魔国に対して明確な叛逆行為でない限りはそれを許容する』


「これでいいか? 私としてはかなり甘いと自覚しているぞ。

 他の養子にはこのようなことは許さぬ」

「はい。ありがとうございます」


 この文言があれば、いざという時、もし魔王様が……無いとは思うけれど、人国を全滅させようとしたりしたら、止めることができる。一般の人々を守ることも許されるだろう。

 あと、契約前に確認しておくべきことは……。


「私、王女になったら社交とかしないといけません?」

「私はお前にそんなことをさせる為に養女にするわけではないからな。

 社交などさせている暇はない。まあ、口うるさい長老共を黙らせる為に『使う』ことはあるかもしれんが」

「無理に魔国の有力者と結婚、とかは?」

魔国王()以上の有力者がいるとでも?」


 よかった。今から社交とか御免被る。

 城の奥に王女として括られたりしたら、書き直しじゃなくって、仕事もできなくなるし、政略結婚とかはできるならしたくない。


「それから……」

「まだあるのか?」

「ウォルは……王家に迎えて頂く事ってできませんか?」


 本来だったら、私が立つ位置は魔国主人公ウォルの場所だ。

 主人公から横入りした私が席を奪うようで気が進まないのだけれど


「それはお前が嘴を挟む事ではない。

 一度、機会は与えたが臣下でありたいと拒否したのはウォル自身。

 お前の迎え入れを機にもう一度、問うてやってもいいが、返事は多分同じだろう」

「そう、ですね」


 私は、自分に言い聞かせる。

 今まで、解っていたけれど認めたくなくて、見ないフリをしていたこと。


 ここは、もう、私が書いた『小説』の世界ではない。

 小説とよく似た異世界だ。

 登場人物達にもそれぞれ、意志があり、思いがあり決意が在る。

 それを作者だからと歪めることはできない。


 でも、間違った事をしていると思う人物に関わりかけ、止めることはきっとできる。

 だから私は『作者』ではなく『サクシャ』としてこの世界を変える。

 少しでも多くの人が笑って過ごせる世界に。

 そして、いつか訪れる崩壊の危機から守るのだ。


 優しくて大切な人たちが住む世界を。

 一人の登場人物として。


 覚悟を決めて羊皮紙を広げた私の手に、ペンがふわりと飛んできた。

 これがホントの羽ペン。じゃなくって。

 軸を手に取り、私は契約者の所にサインする。

 クーリングオフは多分効かない、生涯契約。


 少し、悩んで、私は『ステラ』と記入した。

 この契約をするのは、西尾星羅ではなく、魔国に生まれた娘。

 ステラだから。


 私が記名を終えると書類は、金の光と共に燃え上がり、私と魔王陛下に吸い込まれ、心臓の上に、小さな光となって宿った。

 契約は完了。私と、魔王陛下は血でないモノで繋がった親子になったのだ。


 私はできるだけ美しく、心を込めてお辞儀する。


「よろしくお願いいたします。お義父様」

「しっかり務めるがいい、我が娘」


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