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魔国 変生告知

 目覚めの気分は最悪だった。

 いや、最悪だと思うことすらできなかった。


「良かった。目が覚めたのですね。セイラ。

 気分はどう?」

「え……あ? あああっ!! ……あうっああっ!!!」


 薄く目を開いたと同時、頭の中に激痛が奔った。


「痛い!痛い! 痛い!! 頭が割れる!!!」

「セイラ!」

「イヤ! ヤダ! こんなのイヤ! 助けて! 誰か助けて!!!」


 割れるような、なんて表現が生ぬるい激痛に、私は思わず悲鳴を上げてしまっていた。

 頭の中だけではなく全身も軋むような音を立てて痛む。 凍りついている。手足が動かせない。

 自分としては苦痛には強いつもりだったけれど、これは次元が違う。

 神経に直接電流を流されたように頭の中で激痛の火花が弾け続ける。

 周囲の様子が何も見えない。吐き気がする、痛い以外の何も考えられない。


「 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」


 イヤだ! こんな感覚から、今すぐ逃げ出したい!


 ベッドの上でのたうち回る私の背に、ふっ、と。暖かく、大きくて優しい感触が触れる。


「落ち着きなさい、セイラ」


 王妃様の細い指とは違う、どこか無骨で大きな強い、手。

 それが、私に触れるとスーッと、波を引くように痛みが薄くなっていった。


「ゆっくり、深呼吸して。

 苦痛に取り乱し自分を手放してはなりません。それは記憶の再生。今はもう貴方の中に痛苦を生み出すものはないのですよ。()()()()()()()()()

「あ……」

「弱い心は更なる恐怖から、新たな痛みを産む悪循環の始まりとなります。自らをしっかりと持って今を、見なさい。

 貴方ならできる筈」


 握られた手はしわしわではあるけれど優しく。

 私の冷えきった心と身体を暖めてくれる。痛みが消えると、視界が色を取り戻す。呼吸も……できるようになった。

 言葉の通り、深呼吸をして『私』を取り戻すと周りを見る余裕も出て来る。

 と同時、今の自分の状況がようやく解ってきた。


「ベルナ……デッタ……様。王妃様……も?」

「そうよ。セイラ。良く耐えました。偉かったわ」


 白髪のようなシルバーブロンド。黒の瞳をした老女が荒く息を吐き出す私の頭を撫でて下さる。

 お祖母様のような笑顔で、私を抱きしめておられるのは魔国最強の回復術の持ち主。ベルナデッタ様だ。間違いなく。魔眼族出身の『聖女』様。

 さっきまでの苦痛は夢のように消え 少し怠くはあるけれどいつもの私に戻った。気がする。

 横で王妃様も、安堵したような顔をして微笑む。


「あの……、私は、一体、どうしたんでしょうか? 何がどうして、あんなことになっていたのか、よく覚えて無くて……」


 周囲をよく見てみれば、私はふかふかの寝台に寝かされていたようだ。

 いつもお世話になっている親方の家も、貴族だから上質なベッドなんだけど、今、私が寝ている寝台はその上を行く。

 もしかしてお城の……客間、とか?


 身体が妙な感じで『軽い』ので下を向いてみると……服は着てなくて……。

 え゛? 裸? なんで?

 私は手近な毛布で咄嗟に胸元を隠しお二人を見やる。


 頭がぼんやりとしていてよく思い出せないのだけれど、私は確か、少し前まで魔宮探索に参加していた筈なのだ。『神の塔』の調査の為に。

 地上十階で、フロアボスと戦っていたシャルル王子と出会い、一緒に敵を倒して、怪我をした聖女様を助ける為に、魔国に送りだした。

 聖女様と付き添いの魔法の勇者様が戻るまでと、料理を作って、話をして……!


「魔王様! 私、魔王様に祭壇に連れて行かれたんです! 転移術を覚える為っぽい魔方陣に連れ込まれて……そして……」


 後の記憶がない。

 今、ここで目覚めるまで。私はなんでいつの間に王宮に戻っているのだろう。


「セイラ……。少し、私達の話を聞く事はできますか?」

「え? あ、はい……」


 王妃様と顔を見合わせたベルナデッタ様が、椅子に座り直して姿勢を正した。

 これは、もしかして、かなり大事な話だったり?

 私も精一杯背筋を伸ばす。

 そんな私に頷いてベルナデッタ様は話し始めた。


「順を追って説明します。

 まず、貴女を魔宮から連れ戻ったのは魔王陛下です。

 貴方が言った通り、魔宮の『転移術を授ける祭壇』に陛下と一緒に入った結果、貴女は『容量不足(キャピュレテーション)』で死にかけた。貴女を助ける為に、魔王陛下は『洗礼』を施したのだそうです」

容量不足(キャピュレテーション)? 洗礼? なんですか? それ?」


 魔国で五年以上生きて来たのに、どちらも初めて聞く言葉なので私は首を捻らずにはいられない。


「普通に魔国で生きている分には聞く事のない言葉ですから、当然です。

 よく話を聞いて。これからの貴女の人生にも関わってくることですから」

「は……はい」


 ベルナデッタ様のお言葉に私は頷く。

 頷くしか、できないし。なんだか私の予想以上に深刻な話になっているようだ。


容量不足(キャピュレテーション)というのは術師が、大きな呪文を覚えようとする時に陥る病のようなものです。自分の器以上の術を覚えようとして、無理をした結果、精神に傷がつく事。

 本来だったら少しずつ訓練を積んで、器を上げて行くのだけれど、早くと焦ってしまう者が多いから偶にあるのよ。

 そういう場合は、覚えようとした呪文を消去したり、別の呪文を消したり、或いは補助具を着けたりして対処するのよ」


 説明は理解できなくもない。

 要するに文字通りの容量不足。パソコンなどと同じで器に見合わない無理をしたことで通常の動きさえできなくなるってことかな?

 中のデータを消して、容量を空けたり、外付けメモリで対応したりするのが普通というのも納得できる。


「今回、魔王陛下は他の目的もおありでしたのでしょうけれど、一番は転移術を手に入れる為に魔宮に向かわれたの。

 自分と、貴女なら大丈夫だろう、と魔方陣の中に入った。その結果、陛下は問題なく術式を手に入れられた。でも、貴女は専門の魔術師でもないし、術師の教育をうけてもいなかったから、様々な術式の中でも最高難易度の転移術を受け入れることは難しかった」

「そりゃあ、そうですよ。私は今まで魔術とかそういうのとまったく無縁で来たんですから。むしろリサのほうが魔力は高いってくらいで……」

「陛下にはお考えと勝算があったのだと思いますよ。ですが魔方陣の中で、貴女が意識を失ったので、簡易的ですが、洗礼を施し、身体を魔国人に作り替えて容量不足(キャピュレテーション)を抑えたということなのです」

「へ? 魔国人に作り替えた?」


 どこか、困ったよう悲し気な顔で、私を見るベルナデッタ様。


「滅多に行う事ではないのですけれどね。魔国王はその血液をもって、魔国人の力を高めることがおできになるのです。王が王たる所以の一つでもあります」


 さっきのパソコンの例えでいうと、魔王様は自分の力を分け与える事で、パソコンを強化することができる。メモリ増量とか、外付けハードディスクをつけるとか、そんな感じなのだろう。分けて貰った人はパワーアップする。恒常的に。

 それは確かに、王として崇められるに相応しい力だ。

 でも……。


「魔国王が、力を分け与えられるのは魔国人だけに限ったことではありません。人にも力を与えることができます。ただ、そうした場合、力を分け与えられた人は、厳密には『人』とは言えない存在になります。具体的には全体的な出力が上がり、力も上がるけれど短命になり、時に異形化することもある。

 身体が変化に耐え切れず死亡した事例もあります。今の魔国に、人間から洗礼を受けて、魔国人になったのは、ヴィクトール様と貴女だけね」

「え? 貴女だけって……」


 私は、そんな洗礼、受けた記憶はない、のだけど……。


「貴女の命を救う為に、魔方陣の中で陛下は緊急措置として意識を失った貴女に『洗礼』を施したそうよ。

 結果、今の貴女の身体は、魔宮探索に向かう前とは、はっきりと、別の存在と言えるくらい変質しています。

 全体的に強化されているの。幸いと言っていいのか、外見変化は出なかったようだけど」

「それって、つまり……」


 喉が、ひゅうっと音を立てる。


「つまり、貴女はもう人間から、魔国人になっている、ということね」


 私にとってベルナデッタ様の言葉は、死病告知と 同じ重さで 脳に体に心に響いていった。

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