人国 神の塔の探索 ~ターニングポイント~
魔国王からの思いもかけない提案を告げられたシャルル王子は完全に凍り付いている。
「魔国王……陛下。それは、一体、どういう意味で……」
「人国を任せるのであれば、其方が一番王族の中でマシであろう。
そういう意味だ」
震える声で問いかけるシャルル王子に、腕組みしたままふふん、と陛下は鼻を鳴らして笑う。
「魔国は近年、諜報活動に力を入れている。既に気付いて話も聞いたのだろうが、アインツ商会という重要拠点作成が成功し、想像以上に各地の、特に貴族階級の情報が入ってくるようになった。
こうして魔国にいても私には、人国の情報がある程度以上、入手できる。
さっき王子が告げていた『王国内』での仲たがいについても凡そは把握しているつもりだ」
「! それは……」
シャルル王子の顔色は青を通り越して真っ白、完全に血の気が抜けていた。
元々、魔国人を巻き込み、味方に付けようという意図はあったものの、流石に魔王陛下が直々に出て来て、しかも『お前達が何をしようとしているかなんてお見通しだ』と、言ってきたら。そりゃあ、言葉も無くなる。
「第一王子 エルンクルスは二十一歳。
現国王陛下にそっくりで、父親の治世を踏襲していくことを望んでいる。
第二王子 ウィシュトバーンは十九歳で母親は連合国でも力の強いダージホーグの出身で息子を自国の国王に付けたいと思っている。
王子が言っていた第三王子 グリームハルトは公国の中でも力の弱いカイデリウス公国 の血を継いでいるが、それ故に民との距離が近く、人々からの支持が大きい」
「……よく、ご存じで……」
魔王陛下は本当に、本気で人国の情報を収集しているのだな、と理解できる精密さだ。
シャルル王子が否定しない、ということは間違ってもいないのだろうし。
「王子はあえて言わなかったが、第五王子も決して侮れぬのであろう?
母親は神殿の元『聖女』。今年七歳になる王子の『クラス』は『神官』で聖女に匹敵する才を持ち、強力な治癒の力を持つという。
神殿は彼を王位につけ、力を高めたい意図を持っている。『聖女』の最高位である第一王女の偏愛も受けているというしな。完全に王位継承戦の外にいるのは其方とリュドミラ王女の弟のみ。違うか?」
「…………」
沈黙は肯定とほぼ同じ。
返す言葉もなく俯く王子に一切の躊躇なく陛下は畳みかけていく。
知恵者に見えていたシャルル王子だけれど、子ども扱いだ。
まあ、私達と同じ歳だから十分な子ども、ではあるけれど。
「其方が支持する次記国王候補は第三王子だな?
現在の、民を国を構成する為の部品として完全に管理する国の在り方を改善し、人々の可能性を伸ばすという姿勢は王子と同調できるものがあるのか?」
「…………」
またしても肯定の沈黙。エルガー様に至っては、もう顔を上げる事さえできてない。
正しく蛇に睨まれたカエル状態だ。
「だが、自らに『世界を変える』力があるのに、他者に変革を阿るやり方は如何なものか? しかも、第三王子の本性も其方、解っておらぬだろう?」
「本性?」
「そうだ。見せかけの優し気な仮面に騙されているのではないか? 国の主力の留守を狙って反逆を起こす、という時点で聖人君子の考え方ではない。実績をもって王族としての価値を示せという王の提案を踏みにじり、隙を見て一時的に国を掌握したとして、その後が果たして続くかな? ああ、第五王子を取り込み、神殿の支持を取り付ける予定だったか。魔国との戦で疲労困憊した主力軍を前に『治癒』という切り札を閃かせれば、逆らうことはできまいな……。民衆から圧倒的な支持を得る『勇者』が要ればなおのこと、だ」
「何故……そこまで……」
「我々とて、いつまでも侮られる獣のままではいられぬ、ということだ」
情報は力。
自分も言ったけれど、向こうの世界の言葉を今更ながらに思い出す。
「今のまま、微妙な均衡が続くのであれば、もう少し様子を見ても良かった。
だが、人国がこちらを侮り、本気で滅ぼしに来るのであるなら、こちらも大人しく首を差し出す謂れはない。逆に悲願である暗闇の大地からの脱出。光溢れる平穏な世界の確保に本気を出してもいい時期だ、ということだろう」
武力と情報。
両方を手に入れ、本気を出した魔国は、その気になればおそらく人国の喉笛を、嚙み砕ける。それこそ、毒とかなりふり構わなければ今すぐにでも。
「ただ、戦と言うのは勝利してそれで終わりではない。むしろ終わった後、どう変えて行くかが本番だ。背伸びして手の届かないものに手を伸ばし、果実を握りしめたまま転倒、その隙に果実を奪われては意味がない、どころか前よりも悪しき結果となる。ならば、むしろやらぬ方がいい」
魔国王様は常に、闇色の瞳で未来を見据えている。
何かを為すなら、万全を整えて勝算を確信してから。
力以上に、誰にも叶わない深慮遠謀があるからこその『魔国王』
戦闘種族を束ねる絶対王、なのだ。
「私は、人国を打ち破った後、後に据える『王』を求めていた。
リュドミラ王女を救出したのも、セイラの要請と提案があったとはいえ稀なる『魔女』、そして人国の『王族』を手に入れることが、魔国にとって有益であると判断したが故の事」
「! 姉上を人国の王に据えるおつもりであった、と?」
「彼女は、良き王になるであろう。傷つけられ、踏みにじられる者の痛苦を誰よりもよく知っている」
「…………」
シャルル王子にはもう反論さえできない。
私だって思うもの。
王族の柵に縛られない王女は、ある意味一番、民思いの良い女王様になれる可能性がある。
「まあ、女性であることは色々と問題があると思っていたが、それは良き伴侶と魔国の後ろ盾があればなんとかなる程度のものだと考えていた。
だが、王子が王に立ち、王女が補助として支え、魔国が後ろ盾になれば布陣はより盤石なものとなるだろう。無論、魔国は人国の民の滅亡などは望まぬ。
光指す世界を望む者全てに与えられれば、それで良い」
私は国王陛下を『見つめる』
見えるステータス、冠名は『魔国王』
圧倒的な体力と魔力ゲージの長さもさることながら、普通の人とは違う色や形をしている。
中ボスだった頃のリュドミラ様にさえ見えなかった別格の印。
多分、一度ゲージを0にしたとしても、別の形で蘇ってくるタイプだ。これ。
私の小説の中では、少なくとも魔王様はここまでの存在ではなかった。
舞台が魔宮の攻略メインで、各国の情勢とかは背景でしかなかったから、かもしれないけれど。
サクシャの意図とは違う世界で、設定を飛び越えて巨大化して動き出すキャラクターに、私はもう手出しできない。
「自らの手を血で濡らす覚悟もない者には何も変えられぬ。
世界を変えたい、と宣うのであれば、他人に阿るのではなく自分の意思と、手で行うがいい。その点で、私は其方を評価してはいる。
現状に阿ることなく、変えようと動き出した。自分自身の力と、身体と、意志を持って私の前に立っている。それができてる時点で、他の王子よりはまだマシ、だからな」
個人的に、サクシャとして物語を進めて行くことを優先に考えるのなら、魔王陛下の提案は認められることではない。魔宮攻略に絶対不可欠な『勇者』を国王にしてしまうのは書き直し以前に、魔宮を踏破し、世界の真実を得る、という物語そのものが破綻してしまうから。
でも。
魔王陛下の言う通り、人国と魔国の未来を考えるなら、この提案は最良に近いかもしれないとも思う。魔王様が、今のままの民思いの絶対王であり続けてくれることが大前提ではあるけれど。
流れる血はきっと最小限に、人々は幸せに生きることができる。
シャルル王子も、きっとそれは解ってる。
だからこそ、唇を噛みしめ魔王陛下の言葉を噛みしめているのだ。
ここはきっと、ターニングポイント。
先の物語の行く末を決める、重要地点だから。




