人国 神の塔の探索 ~魔王の登場と誘惑~
ここは魔宮、もしくは神の塔と呼ばれる迷宮の奥だ。
しかも地上十階。
人国側入り口からここまで踏破するのに勇者一行は約一週間かかったと聞いている。
魔国側からここを真っすぐ目指すだけなら、それほど時間はかからないと思う。
魔宮の中央、一階のテレポーターエリアまで辿り着き二十五階まで、それから人国側の扉に入り、地上十階まで。地上十階のテレポーターエリアから、寄り道をしなければ数刻でたどり着くだろう。
でも! でも!!
だからと言って、この方が今、ここにいるなんてありえない。
食事を終え、互いの情報交換と言う名のぶっちゃけタイム。
少し、緩んでいた空気が一瞬で張り詰めたものに変わった。
「魔王……陛下?」
王子と槍の勇者エルガー様は、とっさに立ち上がり、数歩後退。身構えた。
「陛下……どうしてこちらに」
逆に私とウォル。少し遅れてリサは、少し魔王陛下の御前に歩み寄り、頭を下げる。
他に、人の気配は……戻って来たらしいロキシム様だけだ。
マジで御一人でここまで来たの?
「アドラールから頼まれたのだ」
私達を物理的、心理的、両方から見下ろし、悠然と言い放つ魔王陛下。
陛下は身長高いし、ここにいるのは全員子どもだし。
逆らう事なんてできっこない。
できるのは素直に頭を下げて、話を聞くのみだ。
「人国の聖女の治療と受け入れを。魔法の勇者の受け入れと共に。
許可を与え、聖女は神殿で治療を受けた。先ほど意識も戻り、体力が回復すればほどなく動けるようになるだろうとのことだ」
「それは、良かったです。でも、まさかその伝言を伝える為だけに魔王陛下が、こちらに?」
シャルル王子達の間に安堵が流れたのを、背中越しに感じた。
良かった、と思うのは心からの本心。でもそんなことであれば、他の部下を使うなり、ロキシム様に命じるなりすれば、事は済む。魔王陛下が、魔国の王が、自分から迷宮に足を運ぶ必要は無い。
「フロアボスを人国勇者と共闘の上、倒した、と聞いたのでな。
見に来た。人国の勇者とやらを」
言葉通り、物見遊山に来たかのような平服で、武装らしい武装も何一つしていない魔王陛下。一方のシャルル王子とエルガー様は、どちらも武器に手をかけている。
でも、ああ、私でも解る。
無理だ。
今、この状況下で魔王陛下が本気を出せば、武器を持っているとか勇者だとか、そんなの一切関係なしに二人は負ける。一瞬で。
蠅叩きの前の羽虫のように、ぺしゃんこにされる。
異種族混合国家、魔国を束ねる魔王陛下は、どんな種族も黙らせるだけの力を持っている。現時点では実力差が、あり過ぎて太刀打ちできない。
シャルル王子も、それが理解できたのだろう。
剣の柄にかけていた手を外し、そのまま胸に。
膝こそつかないけれど、顔を伏せ、頭を下げる。
「魔国を統べる、偉大なる国王陛下に御挨拶を申し上げることをお許し頂けますでしょうか?」
「良い、許す」
「ありがとうございます」
人国において、目上の相手に対する礼の取り方だ。
魔王陛下を上位者と仰ぎ、一段下の存在として相手を立てている。
「このような薄汚れた身なりで拝しますことをお許し下さい。私は、人国フォイエルシュタインの第四王子シャルルと申します。
横にいるのはエルガー。
この度は、貴国の精鋭たる皆様には、塔の攻略のみならず、我が仲間の命まで助けて頂きましたこと、心より御礼申し上げます」
もし、国を束ねる王族としての誇りを優先するのであれば、ここはまた違った対応になったんじゃないかと、思う。
獣の国と人国が蔑む魔国の長に対し、王族が頭を垂れ遜ることはある意味、対等の存在と認めることになるから。第一王子とかだったら、むしろ魔王陛下に「頭を下げろ!」とか言ったかもしれない。まあ、それ以前に魔国に助けを求めることも、仲間の命を優先して協力を願う事もしなかっただろうけれど。
「迷宮の攻略を助けたのは、我らの都合でしたことだ。気にせずとも良い」
「例え、そうであっても方々の助力なくば我々は『神の塔』に命と力を捧げることになっていたでしょう。
人国は『神の塔』その存在を重要視しておらず、甘く見ておりました。
今更ながら、我々はそれに気づいたのです。教訓の代価が自分達の命にならずに済んだのは魔国の方々あってこそ。この御恩は、いつか必ず、何かの形でお返しいたします」
「人国の王子が敵国への借りを軽々に認めるのはどうかと思うぞ」
魔王陛下の声は笑っている。
確かに恩を受けた、借りがある、などと口にしてしまったら、言質を取ったとされてしまうこともありうるよね。
「解っております。父王や兄に知られれば、怒られることでしょう」
けれど、それを受ける少年の眼差しは、澄み切っていて、まるで湖水の、あるいは鏡面のようでもある。
「ですが、こうして対してみれば『解る』のです。
貴方は、人国のソレとは違う、と。
他国の意見を慮る必要もない、その力をもって全てを動かすことを許されている絶対王である、と」
さっきの話からするに、人国の王はまた違うのだろう。
同じ人種で統一され、大量の人的資源を抱えているからこその、統治の難しさ。
だからこそ、他者を納得させるだけの成果が次期王には求められるというのも納得だ。
「何より私は、私の信念を曲げることはできません。
父や、兄に怒られようとも恩は恩。
いつか、必ずお返しいたします。王子の立場ではなく、一人の勇者、いえ、人間として叶う限りで、ではありますが」
誠実に向けられた恩に、誠実で返そうという思いが伝わってくる。
「若い、な。話を聞いていても思ったが……。
まあ、なればこそ信頼もできるというものである」
「え?」
シャルル王子の目が、ぱちくりと大きく開く。
……気付いているのだろうか?
魔国の絶対王が王子を見つめる眼差し。
それは、値踏みし、自分の価値を見定めていることに。
「王子よ。なればその恩を早急に返済してみる気は無いか?」
「え?」
「さっきの話を聞いていて、面白いことを思いついたのでな」
「さっきの話って……!」
急な魔王陛下の来訪に驚いて、忘れかけていたけれど、そうだ。
魔王様は、さっきの王子の告白を聞いていたのだ。
人国の叛乱。王位奪還の計画を。
「ことと次第によっては、その叛乱、魔国が力を貸してやっても構わん」
「本気ですか? 魔王陛下?」
そう問いかけたのは王子ではなく私だ。
人国の反乱に、王子はアインツ商会を巻き込みたい胎だったようだけれど。
魔王様が介入し、魔国が全面協力、なんてことになったら、本当に国同士を巻き込む大事になりかねない。
「王の会話にヒヨコが嘴を挟むな」
「す、すみません!!」
ダメだ。魔王陛下に睨まれた瞬間、息ができなくなった。
完全にトラウマになっている。
その間に魔王陛下は会話の相手を、シャルル王子に完全に切り替えてしまった。
王子も、気圧されているな。役者が違いすぎる。
「王子は、それを望んでいたのではないか?」
「勿論、望むべくもない事ですが、国家の介入となれば、それ相応の対価が必要になります。私はあくまで、第四王子。
対価を支払うだけの力や権限を有してはおりません」
「なれば、有する存在になればいいだけの話であろう?」
「え?」
そうして戸惑う王子に陛下はさらにたたみかけていく。
「シャルル王子。其方が人国の王になるがいい。魔国を後ろ盾にな」




