人国 神の塔の探索 7
和気あいあいの食事が済んで、皆ほぼ満腹で。
「はあ~、食べた食べた。塔に入ってから、こんなに腹が満たされたのは初めてだよ」
「探索に入った時から貧しい飯は覚悟はしてたけど、暖かい食事ってこんなに満たされるものなんだな」
「食後に白湯は如何ですか? 温まりますよ」
肩の力を抜いて息を吐きだす『勇者』二人に私は金属製のコップに暖めたお湯を入れて差し出した。あるならお茶やコーヒーにしたいところだけれど、残念ながら魔国ではどっちも入手困難。コーヒーは発見されてもおらず、お茶が上流階級に広まり始めたところだからね。
「ありがとう。あ、なんだか甘い?」
「ホントだ。それにいい香りもするな」
カップに口を付けた二人が鼻をひくつかせながら瞬きする。
毒見に関してはもう本当に気にしないことにしたらしい。
「ハチミツを少しと、あと果汁を入れてあります」
魔国の探索の定番。迷宮の中は基本石造りだから冷えるし暖かいモノが喜ばれる。
大人の皆さんはよくホットワインや暖めた芋酒を飲んでるけど。
「なんだか、すごく贅沢な気分だ。カロッサやリーゼラ達にも味合わせてあげたかったな」
「多分、カロッサ様が嫌がらなければ、リュドミラ様が何か食事は振舞っているんじゃないでしょうか?
リーゼラ様だって、回復しても体力消耗しているでしょうし、すぐ戻ると言っても栄養補給はした方がいいと思いますし、リュドミラ様、最近料理に凝ってらっしゃいますから」
「へえ、姉上が料理を。変われば変わるものだ」
淡く立つ湯気に目を細めながら、カップを見つめるシャルル王子。
最初の何が何でも聞きだしてやるぞ、っていう鬼気迫る感じは薄まって、今は少し穏やかになったと感じる。槍の勇者エルガー様からも敵対意識は綺麗に消えた。
やっぱり食事って大事。
お腹がすくとどうしても怒りっぽくなるしね。
「では、改めて事情を説明します」
「うん。ただ、その前に大事な事を言うのを忘れていた。本当に、最初に僕が言うべきことだった」
カップを横に置き、立ち上がったシャルル王子は、私とウォル。(リサもいるけれど)の前に流れるような仕草で膝を付いた。従うようにエルガー様も。
「王子?」
「セイラ。ウォル。
そして魔国の方達に、人国第三王女リュドミラの弟として、第四王子としてお礼申し上げる。姉上を救ってくれたことに、心からの感謝を……」
「シャルル」
「機械鳥討伐もだけれど、半ば以上手遅れだと諦めていた姉上救出。
為してくれたのは君達だろう?」
私達を見つめる真っすぐな新緑の瞳には深い感謝が宿っている。
「どうして……って、言うまでもなく解りますね。私達が知らせなければ、王女の追放なんて魔国が知るわけないですし」
「うん。加えて魔国が人国の魔宮に侵入する手段をもっていたとはいえ、危険を冒してまで姉上を救出して下さった陰には、君達の進言があったのだろうと理解してる。
加えて、その後のフォローもしてくれたのだろう?
命の恩人、それ以上。だから、姉上が今は魔国に属し、忠誠を誓っていると聞いてもそれを怒る気持ちや、とやかくいうつもりはない。悔しいけれど、僕達にはできなかったこと、だ」
悔しい、とは口にしているけれど、王子の顔に浮かぶ表情は歓喜のものに近い。
姉の無事を心から喜んでることが解る。
「正直、あの惨状の後、生きた姉上と再会し、笑い合えるとは思っていなかった。
死体の中に女性のものは無かった、という気休めのような報告だけが僅かな心の支えだった」
「そんなに……酷い状況だったんですね。私達は、意識を失って彷徨っていたリュドミラ様を十階で保護したので、それ以上のことは知らなかったんです。王女も、何もおっしゃらなかったし……」
「姉上が語らないなら、知らないそぶりをしていて欲しい。
あれは、どっちも、人間の所業じゃないから」
顔を微かに背けるエルガー様。「どっちも」という所に王子の葛藤を感じる。
彼らもまだ10歳になるやならずの子どもなのに。
「アインツ商会が、魔国の諜報組織であったからこそ、姉上が救われたことは間違いない事実。加えてさっきも少し言ったけれど、アインツ商会、魔国が本気で人国を潰しに来たら方法はいろいろある。機械鳥との戦いも、リーゼラの怪我も、見捨てようと思えばできた。でも、そうせずに敵国の兵である僕達に手を差し伸べて下さった。
魔国が、学園で学び王族が鼓舞するような話の通じぬ獣の国ではないことは、もう解っている。
だからこそ、知りたい。魔国や、君達の事情を」
戦乱の国は子どもが早く大人になるという。
私達も、子どもではいられなかったけれど、王族として勇者として、この国を背負う王子の負担は、やはり別格だろう。
「叶うなら、理解したい、解りあいたい。
聞かせてくれないか?」
「はい。お話します。聞いて頂けますか?」
「うん。真剣に聞かせて貰う。頼むよ」
立ち上がり、床に座り直した王子に、私は話し始める。
私が人国の王族によって、魔の谷に落とされた日からのことを順番に。
魔国で子どもが生まれにくい、とか人口が極端に少ないとか、そういう国家の機密に関しては言わなかったけれど、人国に隠れ住んでいた魔族がいることとか、魔の谷が魔国に繋がっていることとか私達に関わることについては話した。
ウォルも、両親と共に人国に隠れ住んでいたこと、見つかって殺されかけたことを隠さずに話していた。
王子にとっては兄王子の民殺し、子殺しという罪の開示でもあったけれど、顔を背けずに聞いて下さっている。
「ねえ、セイラ。もしかして、君は北の孤児院の出身かい?」
話の途中、躊躇いがちに口を開いたのはエルガー様。
「はっきりとは覚えていませんが、多分そうですね。アインツ商会の仕事をする時に調べてもらったんですけれど」
下手に問い合わせとかすると藪蛇になりかねないので、外から確認しただけ。いい思い出は殆どなかったけれど、建物を見て、出入りする子どもを見た瞬間、何故か、涙が出たことは覚えているし、忘れられない。
「やっぱりそうか。セイラという名前に聞き覚えはなかったけれど、後ろにいる女の子。
リサのことは何となく覚えてたから。歌が上手な子だったろう?」
「? 私のこと、知ってるの?」
「俺も、北の孤児院出身なんだ。
小さい頃から腕っぷしだけは強くって、儀式の時に『勇者』のクラスと判定されて、騎士に引き取られたんだけど、義父殿には何度も言われた。
与えられた力に感謝しろ。無駄にするな。力を与えられなかった者は生きる権利さえ与えられないのが今の世の中だって」
全員ではないだろうけれど儀式の時、生き残った子達を奮い立たせる為に、私達を見せしめと言うか脅しに使った大人がいたのだろう。子どもになんて話をするのだと思うけれど、誰にも知られずに殺された、より少しでも誰かの心に残っていたと思うと救われる。
見えない傷を負わされた彼らには申し訳ないけれど。
「だから、私達は誰かに強要されたわけでもなく、自分の意思で王家に仕えて、諜報員の役割に就いています。そこに後悔とか謝罪は申し訳ないですけどないです。
アカデミアに入って、生徒達のクラスとか背景とか調べたりもしましたけど、仕事ですから。人国を全滅させたりするではなく、共存する為に情報は必要だったんです」
「俺も、同じく。ただ、将来敵になるかもしれなくても、友達だと、手を差し伸べてくれた相手を嫌いたくなかった。助けたいと願った。……泣かせたくないと心から思った。その為に行動した結果が、今、だ。
だから、騙したと恨んでもいい、憎んでもいい。それでも、俺はお前達が好きだから」
「ズルい、言い方だよね」
「シャルル……」
「まったく嘘偽りなくそう思ってるって解ってるから、なお始末が悪い。いっそ、魔国が兄上の言う通り、人の心を持たない獣の国で、僕らを利用して騙してたっていうのなら恨むことも、憎むこともできるのに」
私達の話を聞き終え、黙って手を膝の上に組んでいた王子が目を細めたまま、口角を上げた。
「いいよ。もう。君達は国に属する一員としてするべきことをしただけだし、結果として今の今まで、人国には何も損害は出ていない。
むしろ、助けられているのだから」
「……これから、戦争が始まったら、どうか解らないですけど……」
「それでも。君達は本当の意味で一線を超えることはしないと、信じられる。
むしろ……うん、話してしまおうか?」
「王子!?」
隣のエルガー様が、顔を上げた。いいのか? と言わんばかりの危惧を浮かべた眼差しに王子は静かに頷いて笑う。
「いいんだ。逆に巻き込んでしまおう。最強の味方を手に入れられるかもしれないから。
ねえ、セイラ?」
「はい。なんでしょうか? 王子」
「君は覚えている? 僕が牢屋から君を助け出した時に、言った言葉」
「えっと……。もしかして『僕のこれからの目的に君達の協力は、おそらく不可欠になる』ってやつですか? 王子の目的ってなんだろう? ってちょっと思ったんですけど」
「そう、それ。流石だね」
助けて貰った時も思ったけれど、このシャルル王子という方は、見かけのように優し気なだけの方ではない。元々の小説でもそうだったけれど、現実ではさらに、輪をかけて。
人の上に立つ教育を受け、深慮遠謀を抱く『王族』だ。
「僕、いや僕らはね、今の人国に蔓延る歪みや、穢れを消し去りたいと思っている。
父上と、兄上。そして今までの国王が行っていた『国を維持する為』の機構。
人々をクラスで縛り、選択の自由も許さず生きた道具として飼い殺す。
そんな今の世界は間違っていると、僕は、僕らは思っている。だから……叛逆するつもりなんだ。魔国侵攻作戦の隙をついて」
私達を遥かに超えた深い意思と眼差しで、世界を見つめていた。




