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人国 神の塔の探索 その6

 古臭いと、言われるかもしれないけれど。

 男の子に対して胃袋を掴む手段は効果がある。

 割と、かなり、絶大的に。


「なんで? なんで迷宮探索の途中であったかい料理が食べられるんだよ!

 しかも肉! こんなでっかい肉!」

「落ち着けよ。エルガー。気持ちは解るけど……」


 神の塔 地上十階。

 エリアボス 機械鳥 スティームパリデースを倒した部屋に香ばしくも食欲をそそる匂いが広がって行く。

 最初は警戒心を隠そうとしなかった槍使いのエルガー様は、今はすっかり武器を置いて、じゅうじゅうと小気味のいい音を立てる鍋を見つめている。


「でも、凄いね。持ち運び式の竈に小型フライパン。魔国はかなり本腰を入れて迷宮探索に取り組んでいるんだ」


 シャルル王子も目を丸くしてコッフェルや、私の料理風景を見つめている。


「ベーコンや腸詰は、僕らも持っているけれど、まさか、焼いて食べることができるとは。迷宮探索の途中で暖かい食べ物を目にするなんてそもそも思ってもみなかったよ」

「カロッサ様がいらっしゃいますから、火を使うくらいはできたのでは?」

「ファイアーボールで肉は焼けないだろう? 火を燃やし続けるにも薪がいるし、そんなものは迷宮にはないし」

「ああ、そうですね。私もだから、コッフェルを作って貰ったんですし」

「燃料はなんだか聞いてもいい? 液体を下の容器に入れていたようだけれど」

「石油……地下資源から採掘された油、です。

 匂いが強くて食用はできないですけれど、燃料には火持ちが良くてかなり便利なんですよ」


 魔国は地下資源が豊富なので、もしかしたら在るんじゃないかな? と思って調べてみたらやっぱりあった『黒の油』。

 まだ灯油的にしか使っていないけれど、そう遠くないうちに色々と応用範囲は広がって行くだろう。


「王子様達も一緒にいかがですか? 私達が普通に食べているものですし、毒見が必要ならしますけれど」

「ぜひ頂きたい。正直腹ペコなんだ。ああ、毒見はいい。他の知らない魔国人ならともかく君らはそんなことをしないと信じている」

「魔国の諜報員だって解っても。ですか?」

「元々、魔国が人国を本気で害しようと思えば、市販の砂糖に毒を入れるだけで事足りる。国の上層部はほぼ全滅だ」

「……そうですね」


 私は腸詰を転がしながら頷く。

 そういう提案が、勿論無いわけでは無かった。

 特に古参の方々からは特に。


 人国の生殺与奪を魔国が握ったのだから、早々に使って滅ぼしてしまえばいい。

 魔国を対等の相手と見ず、油断している今ならば簡単に殺せる。そしたら地上世界は魔国人のものだ。って。

 冷酷だけれど効果的な計画が実行に移されなかったのは偏に魔王様が許可しなかったからだ。


「無差別殺戮など行えば、我らを獣と見下げる人国上層部と同じになる。

 無辜の民を争いに巻き込むことは最小限にするべきだ。我らは同じ『創世神』によって生み出されたモノなのだから」

「それに上層部は普段の食事でも毒見などを採用しております。毒などを使うとしたらアインツ商会という拠点を捨て去る覚悟ができた時の、最初にして最後の手段にすべきだと私は考えます」


 ヴィクトール様の進言もあって、当面は信用を築くこと優先になっているけれど。

 魔王様も、ヴィクトール様も甘いだけの人ではないから、いずれそんなことを、本気で考えたり、実行に移す時が来るかもしれない。


「アインツ商会が魔国の諜報組織だと聞いて、僕が心配したのはその点だけだけれど、こんな迷宮の中で魔国側が毒を使う必要もないだろう?

 帰還の為の経路ができているのなら、人員を追加することも可能だし。リーゼラとカロッサが人質になっているわけだし。なにより」

「何より?」

「部屋に充満する、美味しそうな匂いを前にお預けさせられるなんて、機械鳥との戦いよりも厳しい試練だよ」

「二人共、クッキー分けてやったのにまだ足りないのか?」

「足りない。正直、あるだけ全部抱えて食べたいくらいだ」

「おい。一人で独占するなってば」


 ウォルは、シャルル王子と甘味をきっかけに仲良くなったって聞いたけど、エルガー様とも仲良しだったんだね。三人で保存食用のクッキーをわいわい、言いながら分け合ってる。

 うん。美味しいものを食べている時って、やっぱり暗い気持ちにはなりにくいものだ。


「はい。できました。腸詰とベーコン。あとジャガイモと玉ねぎの炙りです。

 軽く塩をかけてありますのでどうぞ」

「ありがとう!」「セイラ……君はやっぱり料理上手なんだね」

「料理という程のものじゃないですけど。お口に合えば……」

「セイラは料理名人なんだ。こんな迷宮探索の場じゃなくて、ちゃんとした料理を作らせたら凄いんだぞ」


 携帯用のフライパンは小さいから、作れるのは二人分ずつ。

 毒見を兼ねて、ウォルとエルガー様に先にお渡ししようと思ったのだけれど


「毒見はいい、って言ったろう? 頼む。早く食べさせて!」


 そう懇願されたのでシャルル王子とエルガー様にまだ湯気の上がる焼き立てを入れた皿を差し出す。


「うっわ! こんな美味いベーコン、生まれて初めて食べた!」

「一週間以上まともなモノを食べてなかったことを差しい引いても、あり得ないくらい美味しい。晩餐会の豪華料理よりも、今、この瞬間においてはこの腸詰の味が世界一だと思えるよ」

「大げさな……」

「ウォル! こんな食事が迷宮探索の当たり前だと思ってるのなら、それは大きな間違いだからな! くそっ! 悔しいけど、こればかりは魔国が羨ましいぞ……」

「同感。魔国側の探索が人国より進んでいるのも、納得の味だ」


 凄い勢いで、二人は料理に喰らいついている。

 皿まで一緒に食べかねない勢い。なんだか涙まで浮かべてるよ。


 呆れたように肩を竦めるウォルには、二人の気持ちが解らないかもだけど。

 補給なしの魔宮探索って、やっぱり大変だよね。ましてや育ちざかり、食べ盛りの男の子だもん。

 思いっきり身体を使った戦いの後でもあるし。


「ねえ、セイラ。私達の分は?」

「あ、ゴメン、今焼くから」


 二回目が焼けるより早く、二人の皿は空っぽになってしまう。

 うん。


「美味かった。心底生き返った気分だ~」

「おかわりとか要ります?」

「え?」「いいのかい?」

「ウォルとリサの分を用意してからで良ければ、また焼きますよ。昨日,補充したばかりですし、アドラール様達の分もありますし、多分、魔国に戻った方達が帰ってくる時、新鮮な食材の追加、持ってきてくれると思うんですよね」

「ぜひ、お願いしたい!」「ありがとう! 心から感謝する」


 まあ、作戦の一つだから無問題。

 私は二回目のお肉を焼いてあげた。

 何度でも言うけれど、美味しいものを一緒に食べながら、険悪な関係にはなかなかなれないもので。


 だから、まあ。


「えっと、じゃあ。話を聞かせて貰えないか? ウォル。セイラ。

 君達の事情と、『姉上救出』の顛末を」



 食後、そう切り出してきた王子を見て、餌付けと作戦の成功を私は実感した。

 王子の口調も、纏う雰囲気も、ずっとずっと穏やかなモノに変わっていたから。


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