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人国 神の塔の探索 その3

 エリアボス。階層の主と解る怪物が守る部屋は、とても解りやすく此処が『当たり』だと、雄弁に自らを糊塗していた。

 部屋は何階層もの『魔宮』を巡ってきた私達が見た中でも指折りに豪奢で、装飾に満ちている。私は『当たり階のエリアボス』の間に入るのは初めてだけれど他のところも、こんな感じだったのだろうか?


 広さは小さな小学校の体育館程。横三十メートル、縦六十メートルはありそうで四人+モンスターが暴れても狭さを感じない。

 美しい祭壇が奥まった、体育館を例にとるなら最奥の、ステージのような場所にあるのが見えた。

 微かな自然光ではない光が床から零れていることを考えても、祭壇上に何かあるのは間違いない。

 けれど。

 今、向かうのも、辿り着くのも困難だと解る。

 凶悪な外見をした魔物が、祭壇を背に、守るように立ちはだかっていたからだ。


 魔物の外見を一言で表すなら『鳥』だった。

 身の丈は二メートル前後、翼を広げた大きさはその倍はありそう。

 全体の羽毛は白銀色で、首が長くちょっと見、白鳥のような印象はあるが、見間違える事は多分無い。嘴が金属色をした蒼。ということもあるけれど、一番異様なのはその翼が羽毛ではなく鋼じみた金属に覆われていることだから。

 実際には金属ではない可能性もあるけれど、少なくともここからはそう見える。

 翼の付け根と関節はラウンドシールドを繋ぎ合わせたような細かい円形パーツで編まれており、自在に動かせるようだ。先端に向けて鋼の翼が羽毛の代わりに、関節を守って生えている。今は、上空でホバリング。様子を伺うように、私達を見ているのだ。

 明らかに通常の生物の理から外れた『怪物』向こうでもこっちでも見たことは無い。

 でも、私は『知っている』


「……機械鳥 スティームパリデース」


 この鳥の『ステータス』も能力も。


「知っているのか? セイラ?」

「いえ。名前と、現在のヒットポイント……生命力が……なんとなく解るだけです。王女の時と同じように」


 怪物の名称を口にした私にアドラール様が目を丸くするけれど、とりあえず濁す。

 本当は自分の書いた小説内で敵として出したからだけれど、サクシャのスキルとでも後で誤魔化しておく。


「セイラ? どうして君までここにいる?」

「詳しい話は後程。アドラール様」

「解っている。貴公らは人国の勇者とお見受けするが如何に?」

「その通りです。貴方達は……」


 今はその辺を説明している時間はない。

 全速力で倒れた女の子の所に、私は走る。

 一方で猫の、いや虎の身軽さで一気に距離を詰めたアドラール様は、シャルル王子と、彼の仲間と思しき、槍騎士の前に立った。

 妖鳥から二人を、いや四人を守るかのように、大きな背中を剣持つ勇者の前に無防備に晒して。


「私は魔国王に仕える騎士アドラール。

 其方の姉上を助けたが縁で『神の塔』の調査に来た者成り!」

「魔国の騎士? ……危ない!」

「おおおっ!!」


 アドラール様は、大剣を大きく掲げ、一気に振り下ろした。

 まるで空中を切り裂いたかのように見えた、その行動の直ぐ後、パラパラと乾いた音と共に鋼の翼が純白の床に転がった。

 一瞬、スティームパリデースの方から目を離してしまったけれど、多分大きく羽ばたきした時に羽をこっちに向けて投擲してきたのだ。鋼の翼はナイフのようなもの。

 刺されば相当なダメージを受ける筈だ。しかも遠隔攻撃だから対処が難しい。

 大剣の風圧で翼の軌道を反らすなんてできる怪物は魔国でもアドラール様くらいだろう。

 でも……。


「シャルル! 彼は敵ではありません。

 警戒しなくても大丈夫よ」

「お前は、誰だ! まさか、本当に……姉上だと?」


 王子の驚愕の大半はアドラール様の登場でも、技でもなく、少し遅れて駆け寄り、横に寄り添った姉の存在に向かったようだ。

 信じられない、という眼差しで王女を見つめている。

 剣も構えたまま。

 機械鳥を警戒しているのもあるかもしれないけれど。

『神の塔』に一人封じられた姉が、元気な姿でいることは勿論、見慣れたドレスも化粧も無く、髪をポニテに結び、ズボンにチュニックという冒険者スタイルで来たことも驚いた様子。

 確かにアカデミアにいた頃の彼女しか知らないと別人に感じるかもしれない。表情や目の輝きが全然違うし。



「ええ。そうよ。シャルル。

 私はリュドミラ。他の誰でもない貴方の姉です」

「でも……」

「コルメト様はお元気?

 王宮で数少なかった私達の味方。お礼もお別れも言う事ができなかったのがとても心残りです。

 お誕生日にお送りしたアインツ商会の花の水と口紅は喜んで頂けていたかしら。

『母上に、喜んでいただける贈り物をしたい』と言われて二人で一生懸命選んだでしょう? コルメト様は華やかな薔薇よりも、派手さは無くても人を引き付ける紫麦草の香りがお似合いだと思ったのだけれど」


 王女の一言は効果覿面。

 ほんの数瞬前まで浮かんでいた疑念は、一瞬で晴れた空のように輝いた。

 囁かれた言葉は普通に聞いていれば雑談のようだけれど。

 王子にはきっと、今の話を知るのは本人だと、確信できるくらいの思い出だったのだろう。


「姉上! 本当に姉上なのですね?」

「ええ。まさか、今、貴方達が『神の塔』に来ていたなんて……」

「王女。積もる話はあろうが、今はここを脱出することが先決……」

「いえ」

「セイラ? 何、どうしたの?」


 敵からのヘイトを自分に移すように立ち回りながら、退却を進言するアドラール様に私は首を振った。


「今、力を結集して機械鳥を倒すべきです。逃亡を図り追いかけられたら逆に全滅の可能性もあります」


 私達が今いる部屋は、かなり広い。鳥であるエリアボスが自由に立ち回れるように設定されているのだろう。序盤のエリアボスとしてはかなり強敵の部類に入る機械鳥。

 でも、実は迷宮の後半では目の前の敵よりもう少し小型だけれどワンダリングモンスターとして普通に出てくるのだ。

 見た目の特徴から解る明確な弱点があるから、対処もしやすい。


 目を閉じて、もう一度ステータスを確認する。

 数値で残り体力が見える訳ではないけれどゲージの残量はっきりと解る。


「既に体力は半分以下になっています。時間をかけると回復される可能性がありますし狭い通路で強襲されたら逃げ切れません。

 援軍(私達)が来て、戦力が倍以上になっているのです。今、墜としておいた方が今後の為です」

「でも……」

「カロッサ様。こんな時にする挨拶ではありませんが、お久しぶりです」

「貴女、本当にセイラ?」


 後方に下がり、傷を負った女の子の手当てに入っていた少女に、私は軽い会釈をする。顔見知りだったから。

 彼女はカロッサ。シャルル王子の四つ上の十四歳、貴族出身。

 プラチナブロンドにブルーアイが美しい『魔法の勇者』だ。

 同じ攻撃魔法を使う天性の存在、歳も近いからリュドミラ王女にも好意的で、親友とも言える方だった筈。あの断罪の場にいればリュドミラ王女の援護に入ってくれたのではないかと思うのだけれど、そういえばいなかった気がする。


「彼女の応急処置は私が代わります。容体は一応安定していて、これ以上の出血を止められば即座に命の危機になることは無さそうです」

「あ……、ちょっと……」


 カロッサ様には申し訳ないけれど、私は向かい側に座って血まみれの女の子の手当を始めた。一番ひどいのは右上腕部の裂傷。鳥の羽が掠めて切れたのかもしれない。パックリと傷が開いている。傷口を水筒の水で洗って傷薬を塗り、上腕部を布できつく縛って圧迫する。

 流れ出る出血が収まったせいか、青ざめていた少女の頬に微かだけれど赤みが戻ってきた。腕の傷以外は、小さな切り傷が主な様子。特に額や頬など顔に傷がついていたから出血は派手に見えるけれど、見かけほど重傷ではなさそうだ。体力ゲージも、三分の一くらいの所で下げ止まっている。


「彼女の手当と守りは、私とリサでします。

 カロッサ様は、リュドミラ様と一緒に最大級の雷撃系呪文で、あの鳥を墜として下さい」

「雷撃? それがあの鳥の弱点だというの?」

「はい。飛行系と機械系両方を併せ持つので効果はかなり高い筈です」

「どうしてそんなことが……」

「カロッサ。質問は後で。急がないと鳥が体力を回復してしまうかもしれないわ。

 貴女はこのチームの司令塔で軍師でしょう? あの子達を守る為に今、一番すべきことは何?」


 当然の質問をぶつけかけたカロッサ様だけれど、リュドミラ様の言葉に唇を噛みしめて立ち上がった。

 疑問と思いを今は、呑み込んで下さったようだ。


「解りました。リーゼラをお願い……」

「お任せ下さい」

「シャルル! 私も王女と共に援護に入ります。倒せるならボスは倒してしまった方がいい。今が確かに唯一無二の機会よ!」

「カロッサ……」

「シャルル。エルガー」

「ウォル?」

「そうか、君はやっぱり……」


 どこか迷うような眼差しを漂わせるシャルル王子の右横にウォルが身を寄せた。腰に帯びた短剣は鞘に入ったまま。そして、微かに頷くと自分からバンダナを外して瞬きをした。

 額に蒼く輝く第三の瞳で。


「……魔国人、なのか?」


 王子の剣が振るわれれば、即座に命が落ちる距離。

 でも、ウォルは怯むことなく立って、シャルル王子を見つめる。


「ああ、お前達が思うように俺達は魔国側の存在。

 人国の敵といえば、そうかもしれない。否定もいい訳もできない真実だ」

「なんとなく、感じてはいたけれど……」

「でも、お前達の敵ではないつもりだ。

 ムシのいい話だと分かってはいるが、今は俺達を信じてくれ!

 少なくとも、ここで俺達は、誰も死なせたくは無いんだ」

「……」

「シャルル……」

「裏切り者が何を! 少なくとも俺達はお前を友達と……」

「エルガー」


 一瞬、反対側を守っていた茶髪の槍使いの少年が震える声で敵意と怒りを露わにしていたけれど、スッと向けられた視線に俯きながらも頷き、歩を下げた。

 言葉なしでも、王子の思いはきっと理解できるくらいの深い仲なのだ。

 あ、彼、エルガーって、言ったっけ。もしかして……。


「後で、話は聞かせてもらうよ。

 今は、君を、君達を信じる。君は僕の友だし、セイラには大きな借りもある。

 君ももし僕らを友と思ってくれていたのなら、裏切るなよ」

「ああ。決して。

 そして終わった後には、俺が語れる全てをを告げると約束する」

「その言葉、忘れるな!」


 私が余計な事を考えている間に、決意を固めたのだろう。

 白銀の長剣を真っすぐに握り直す勇者の目に、もう一切の惑いは見えない。

 身の丈よりも大きな槍を構える槍の勇者も同じく。


「アドラール卿! ここで一気に機械鳥を殲滅します。御助力を賜れますか?」

「! おう! 魔国の盾、存分にお使いになるがいい。ロキシム。お前も援護を」


 お二人の返事を受けてシャルル王子は前に進み出る。


「感謝します。

 一切の出し惜しみ無し。

 全てを出しきって敵を討つ!」


 私達の前に立ち、鼓舞する姿は、幼くても間違いなく選ばれし者。

 白銀の輝きを放つ、光の勇者そのものだった。


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