魔国 『聖女』の謎と魔宮探索開始
この世界。
ヴィッヘントルクの『クラス制』には深くて怪しい闇が潜んでいる。
生まれついての素質が判定されて、自分に適した『クラス』が提示されるのはまあ、ありだと思う。けれど、そのクラスに対しても『レベル』が存在して、その人物の能力がはっきりと数値化される。
基本的な判定は五歳の時に行われるから、その時、自分の持つクラスのレベルはたかが知れていることが多い。1とか2とか。親の元で基本を教わっていたりしても5くらいがせいぜいだ。
ただ稀に『聖女』や『魔女』『勇者』など職業系ではないクラスを得る者がいて。彼らがそのクラス特有の特殊技能の能力や記憶を生まれつき有していると、高いレベルが出ることもある。
ちなみにこの設定は完全に私の手から離れている。
「生まれつきの『勇者』」「『聖女』の運命を持つ娘」程度くらいにしかクラス問題は考えていなかったから。
「現在、人国には五名ほどの『聖女』がおります。魔国には如何でしょうか?」
リュドミラ王女から、私達は人国上層部の情報を聞かせて頂いていた。
『神』からの導きの声によると、魔宮踏破の為に必要とされた人材の中に『癒しの聖女』があった。他の人材は魔国のほぼ身内(『勇者』はシャルル様と、その仲間なので手荒な真似にはならないだろうという楽観が多少含まれるけど)でなんとかなりそう。
『聖女』だけは未知数の存在を招き入れることになる。
「魔国においては『聖女』『神官』と呼ばれて神殿預かりになるな。
おおよそは治癒魔術を発現させた者が招かれる。現在魔国に回復魔術の使い手は四名。
『聖女』は一名だ」
「人国にも『神官』はおりますが、治癒魔術においては『聖女』の方が力が高い傾向にあるので、上位に立ちます。
『聖女』の中でも最上位に立つのは、王国の第一王女フェレイラ様です」
「第一王女様は『王族』ではないのですね?」
「はい。ですが『聖女』も勇者と同じく、特別な『クラス』として尊重されていますので、むしろ人国最高位の女性として、敬意を受けておられます」
人間、どんな存在でも生身の身体を持つ以上、ケガもするし、病にもなる。それを治してくれる力を持つ存在には、頭が上がらないだろう。
「あとは、身分や能力、年齢などで順位が付きます。私もそう詳しいわけではありませんが私が知る限り、最下位に属していたのは、年齢的には八歳のリーゼラ。地位的には孤児上がりのミアという娘でございました」
「ああ、あの……」
「知っているのか? セイラ」
「はい。多分、ちょっと……」
一緒の儀式の時に『聖女レベル10』として連れていかれた女の子がいる。金髪で蒼い瞳。外見は花のように美しいけれど性格は、けっこう苛烈ないじめっ子だったことを覚えている。
「『聖女』はその力を囲い込まんとする貴族に養女という形で引き取られることが多いです。ミアもまた孤児から拾い上げられたあと男爵家の養女になりました」
養女として貴族の地位を得た後、教育を受け『聖女』のコミュニティに入る。
男性と交わったりしても『聖女』の能力は失われることは無いけれど、一応『聖女』と呼ばれ仕事にあたるのは結婚前まで。だから、元『聖女』も含めた回復魔術の使い手は人国全体で二十名弱くらいなんだって。
「その中でミアは、能力的にはフェレイラ様に匹敵する力を有しておりましたが引き取られた家の身分が貴族としては最下位に近かったので、やはり『聖女』の中では下に見られていたようです」
「ミアという聖女とリュドミラ様は親しかったのですか? 断罪の時に彼女への他害も罪として挙げられていたようですが」
「良く知っているわね?」
「ちょっと、事件の後小耳に挟んで」
本当はウォルの能力で見ていたんだけど。
ウォルと魔王様。どちらも言うな、的な眼差しを送って来られるので今は濁しておく。
「それで? 貴女はミアと言う少女を悪意を持って害したのか?」
「いいえ、そのようなことは決して」
魔王様が、私の話題から気を反らす為にして下さった質問に、リュドミラ様ははっきりと頭を横に振る。
「ミアとはフェレイラ様の庇護を受ける『聖女』でしたが、私というか、貴族女性全般に敵意のようなものを抱いているようでした。
フェレイラ様にも敵対意識をむき出しにしていて。
だから、周囲にあまり味方は無く、貴族の女性社会では孤立していたように思います。
伯爵家の養女となり、年下でありながら自分より高い身分に入った最年少のリーゼラにも厳しく当たっていたとか、貴族男性に十歳の身でありながらアプローチをかけていたとか、色々悪いうわさも多く。
特に年齢の近い王族であるシャルルは事あるごとに、声をかけられ近づいて来られると倦厭していたようです。歳が近い事もあり幾度か相談を受けました」
私は、思い返す。
小説の中で登場させた『聖女』のこと。
伸び悩んでいたPVに異世界転移系を入れたら少しはテコ入れになるかな、と思って異世界から召還された『聖女』を出したのだ。
彼女は貴族の養子となり、聖女として迎えられたが、貴族社会で白眼視されてこき使われ『聖女』としての能力を便利に使われるばかり。そんな彼女をシャルルが救い出し魔宮探索の仲間として迎え入れた。
彼女はシャルルに好意を持ち、シャルルも彼女の事を憎からず思っていたけれど、心を本当の意味で通わせることなく、最終決戦。
彼女と仲間を残し、シャルルとウォルは二人だけでラスボスに挑み、その本拠を破壊した。自分の身を犠牲にして。
『聖女』を始めとする残された者達は、魔女王リュドミラによって崩壊一歩手前まで荒れた世界と『神』の恵みを失った大地で強く生きて行くことを誓う。
という終わりになる筈だったのだ。
そこまでたどり着かなかったけれど。
「『聖女』がそれだけいるとなると、誰が『神』の言う『癒しの聖女』なのかは簡単には解らぬか……」
「『聖女』に関しては暫く放っておいていいのでは?」
「セイラ?」
皆の視線が一気に私に集まる。
「魔国には『聖女』が御一人、ということでしたが、それってベルナデッタ様、ですよね」
「ああ、そうだ」
魔国ただ一人の聖女はベルナデッタ様。
魔眼族の長老の御一人で御年六十七歳。
短命な魔国の中ではかなりの長寿な上、開明的なお考えの持ち主で、偏見なく治療に当たって下さる。今なおご活躍中だ。
私も昔お世話になった。
「流石にベルナデッタ様を魔宮には連れて行けないでしょうから、人国の『聖女』だと思います。きっと、シャルル王子が連れていらっしゃるんですよ」
「なるほど、な」
「危険な魔宮に入ってくる訳ですから、何らかの意図があったとしてもそれなりの度胸と覚悟をお持ちだと思うのです。シャルル王子と合流した時に、一緒にいた方が予言の『聖女』の可能性が高いと思います。
シャルル王子にお話する時に一緒に同行の勇者様や聖女にも事情を説明して協力を仰げばいいかと」
「そうですね。拒否されたらその時はその時ということで」
「王女は前向きで在らせられるな。だが、それが珠玉かもしれん」
正直な話、もう話の展開はかなり変わっているのだ。あとは出たとこ勝負。
まあ、聖女というよりも悪役令嬢っぽいミアでない人が来てくれればと思うけれど、何故か『聖女』の名前も外見も思い出せなくなっているから仕方ない。
小説の中では本当に薄くしか書いていなかった魔宮の外側編と同時進行で進めていかなければならないのだから、迷っている時間も正直惜しい。
「そう、だな。
とりあえずは百日後に起きるという人国の侵攻に先立ち、できる準備と可能な限りの魔宮探索を進めることを優先とする。
準備が整い次第、アドラール。探索部隊の指揮を命じる。副官はロキシムだ。
三日の間に編成を整え魔宮に挑め。子ども達と王女に、決して傷をつけるなよ」
「御意」
「お任せ下さい。必ずやご期待に応えて見せます」
「王女、セイラ。前線はアドラール達に任せ、其方達は探索に専念するように、今回の目的は人国側魔宮の入り口までの探索。転移能力を与えるという陣の調査を最優先で行え。
誰でも能力を得られるのか? そうでないのなら条件は何か、など正確にな」
「はい」「かしこまりました」
ようやく、本格的な魔宮探索の開始。
物語の本編に、私達は今、足を踏み入れようとしていた。




