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魔国 新しい暮らしと、物語の設定確認

 地獄のような、ではなく、実際地獄だった『覚醒の儀』から十数日。


「セイラ~。次はこっちの皮むきを手伝ってくれないかい?」

「は~い。今行きます!」


 魔王様に助けられた私とリサは、お城に連れて来られ、そこで働くことになった。

 私は皿洗いを手早く終えると、横で皿を重ねていたリサに次にやることを指示する。


「リサ。このお皿を丁寧に拭いて、棚に戻して。

 焦らず、慎重に、一枚ずつ。できるよね?」

「……うん、頑張る。行ってらっしゃい。ステラ」


 不器用ではあるけれど、真面目なリサ。焦らなければきっとできる筈。

 両手に力を入れて、一生懸命頷くリサに私は頷いてから呼ばれた方に向かって走っていく。そして私を呼んだ厨房の親方の所に駆け寄って頭を下げた。


「お待たせしました。アンガス様」

「様はいらん。厨房では親方でいいと言って居るだろう?」


 魔王様が私とリサを預けたいわば後見人のような人。

 家にもほぼ家族待遇で住まわせて貰っている。


『とりあえず、お前の処遇については考える。

 落ち着くまでアンガスの所で下働きでもしていろ』


 って魔王様が。

 身長1.8メートルくらい。背が高く、身体もがっしりとした巨人族だ。

 体格もがっしりとしていて、見上げるのに首が疲れてしまう。

 巨人族はその名の通り、身体が他より大きい種族。

 

 料理人よりも戦士や剣士とか、他の仕事の方が向いてるんじゃないかな、って思うけど 大きい体に似合わないくらい 繊細に作業されている。


「これを頼む。皮が混じらないようにな。

 お前の仕事は丁寧だから、頼りにしてるぞ」

「はい!」


 差し出された籠はでっかくて、中に入った芋は多くてちょっと5歳児には持てないのだけれど、その辺は親方も解っていて、近くの段にナイフと一緒にそっと置いてくれた。

 5歳の私にとっては上半身より大きな籠だけれど、親方には掌に乗るくらいの小さなものなのだろう。


「少し量は多いが頼んだぞ」

「あ、あとお鍋と水も下さい」

「そうだったな。じゃあ、任せた」

「はーい」


 私は近くの段に腰かけながら芋の皮をむく。

 こういう下ごしらえは得意だ。小さな芽もくりぬいて丁寧に。

 向き終わった芋はちゃぽん、と水に浸す。

 どうやら地球と似た感じの食材が多いようで、この芋も向こうの世界のジャガイモとよく似ている。乾くと表面が白くなってでんぷんを吹くのも同じ。

 だから、剥いたらすぐに水に浸しておいた方が料理をした時に美味しくなる。


 生まれ育った国を追われた私達は、魔国で思いの他楽しくて、安らかな日々を過ごしていた。


 今更の話だけれど、この世界は大きく二つに分かれている。

 魔国と、人国だ。

 地球と同じような球形の世界であり、地上を人国が、そして地下の空洞世界に魔国がある。

 私達は、地上世界から、魔国に向けて落っことされた感じだ。

 人国は小さな国がいくつもあり、一つの大きな国が中心になって指揮をとっている連合国のようになっているらしいけれど、魔国は統一されて、たった一人の王様が治めている。


 孤児院で教えられた神話によるとかつて、この世界を作りたもうた『創世神 リーヴルヴェルク』は


『この世界の恵みを二つに分かつ。

 光と天の恵みを人に、大地と夜の恵みを魔族に与えよう』


 そう言って、星の表側を人間に、内側に魔族を置いたとされている。

 作者だろう? 何を今更、他人事のように。

 と傍から見る人間がいれば思うかもしれないけれど、勿論知ってはいたよ。

 ただ、考えていたのと実際に見るのはやっぱり別物で最初に魔国に辿り着いた時には色々と驚いた。

 半ばエタらせてしまったせいで魔国編まで、たどり着いていなかったというのもあるけれど。


 魔国は土の中だから基本、太陽は登らない。ヒカリゴケのようなものが、休眠と活動を定期的に繰り返しているのでそれで、一日は分けられている。

 機械式時計も一応あるけれど国の中央 王城にある鐘が時間の目安になっている。

 雨も降らないし、暑くも寒くもならない。けっこう快適ではあるのだけれど、地表に生える野菜類が軒並みまともに育たないので、食生活は貧しい。小麦も、米も野菜も碌に育たない。木は殆ど葉っぱの生えない灌木。ところどころ、地上に繋がる穴の側だけ、森っぽいものが育つのだそうだ。


「だから魔国の食事の基本は根菜や芋ばっかりなんだよねえ~。後はお肉とか。

 いや、食べられるだけマシってもんだけど」


 肉は牛肉、豚肉、鶏肉に近いものが比較的豊富にある。 牧場も多いから卵、牛乳も使える。

 餌は地表のとこにでも生えるコケ。獣の餌には最適なのだそうだ。

 水は地下水が湧きだすから豊富。魚もいなくはない。川魚ばっかりだけど。

 地球の栄養学を引っ張り出すまでもなく偏りが酷い。

 でも、他に食べるものがないのだから仕方ない。芋も油が無いからゆでたり、焼いたりが殆どになる。

 油がもっと豊富に使えれば、フライドポテトとか美味しそうなのに。

 素材に恵まれないせいか、今一つ、料理にも冴えが無くってもったいないと皮をむきながら思う。

 料理法もシンプルなのが多かったので、異世界知識でジャガイモのガレットや、ニョッキの作り方を教えたら、すごく喜ばれた。

 今日もメインメニューはジャガイモのニョッキらしい。


「皮むき終わりました~。次はどうしますか?」

「よし、次は……」


 料理長が目を閉じて、思案を巡らせていると


「アンガス殿。ちょっとよろしいですか?」

「おや、これはヴィクトール殿」

「ヴィクトールさま。お久しぶりでございます」

「やあ、セイラ。元気にしていたかい?」


 明るい、魔国では珍しい金髪を揺らした青年が私に太陽のような笑みを向けてくれた。

 この人は魔王様の側近、ヴィクトール様。

 私が魔国に落っことされた時、魔王様と一緒にいた人だ。

 元は私と同じ人間で、人国で裏切りにあい魔国に逃げ込んだのだと後で聞いた。

 奴隷階級から始まって、実力で魔王様の側近まで上り詰めた魔国の立志伝を体現する一人。


「魔王様と王妃様がセイラに夕食を運んで欲しいとおっしゃっている。頼めるかな?」

「かしこまりました」

「え? 私が夕餐を? いいんですか?」


 私は魔王様に拾われたとはいえ台所の下働きだ。

 なのにありがたいことに、働かせて貰えるようになってからも何度か魔王様に拝謁しているし王妃様との顔を合わせさせて頂いている。

 お菓子の補充とか、ちょっとした雑用とかだけど。

 こういうのって、もっと身分の高いメイドさんとかの仕事じゃないのかな?

 でも、魔国のお城ではそんな珍しい話でも無いようで。


「構わない。

 今日はお客様もおられないし、お二人はお前のことがお気に入りだからな。

 御指名だし、行ってこい」


 あっさり許して下さる。


「解りました!」


 二人分の食事の乗せられた身長程のカートをカラカラと押していく。

 向こうの世界の給食配膳用ワゴンみたいだよね。


「大変そうだね。手伝おうか?」

「大丈夫です。私の仕事ですから」


 ヴィクトール様はそう言って下さるけど、私は首を横に振る。

 カートの滑りはいいし、そんなに大変な事でもない。

 艶やかで美しい廊下は多分、大理石。

 煌びやかな王宮はどこもかしこも宝石や金銀がふんだんに使われていて眩しい程だ。

 魔国は大地の恵みに恵まれているので、鉱物、宝石、金属類は豊富なんだって。

 ただ、こんなに美しい建物は当然、王宮とか貴族だけ。

 一般の家は住居に使えるような木材が無いので、漆喰やレンガ造りが殆ど。私がお世話になっているアンガス親方のおうちは貴族待遇なので立派だけれど、普通の料理人さんの一人は廃鉱山の穴を活用して住んでいるという。


「けっこう快適だよ。冬も夏も温度は一定だし」


 だって。

 一方で、人間国は緑豊かで、穀物も良く育つ代わりに浅い地表部分しか与えられていないためか、金属、鉱物がとっても貴重。

 宝石などは貴族、王族だって高嶺の花だと聞いた。


 人間は魔国の地下資源が羨ましい。魔国は太陽と緑溢れる地上に憧れる。

 お互いに足りないものを交換輸出とかすればいいのに、それはできなくて。

 二つの国は長い間、争いを続けていた。

 その結果が今の私達。ホント、迷惑な話だ。

 ってそんな世界に設定したのは私なんだけど。


「失礼いたします。お食事をお持ち致しました」

「ご苦労。入れ」


 中からの促しと共に、大きく見上げるような扉が内側から開いた。

 お辞儀をして中に入る。

 付き添って下さったヴィクトール様は、軽く魔王様に一礼して後ろの護衛の位置に戻っていった。

 このお城に来てから、基本的な礼儀作法は叩き込まれた。

 基本的に魔国の王宮は人が少なく、慢性的人手不足。だから、私みたいな子どもも礼儀作法の間違いとか煩い事言われないので助かる。

 とはいえ、敬意と手順は大事。


 中に入ると、国王陛下と王妃様が向かい合って、座っておられた。


「久しいな。拾った時に比べて小綺麗になったな。セイラ」

「あなた。女の子に小綺麗だなんて……」

「そうか? 一応褒めたつもりなのだが。

 まあいい。生活に不自由はしていないか? セイラ」


 深々と頭を下げる。

 あの悪夢の夜。私達を助けてくれた人はやっぱり魔国の国王陛下だった。

 月光を紡いだような銀の髪。夜色の瞳。左右のこめかみから生えた大きな角。

 整った顔立ちは流石王様だなって思う。


「ありがとうございます。魔王陛下。皆様に、とても良くして頂いております。

 陛下がおっしゃったとおり、こちらに来て、初めてお風呂に入り、キレイな服を着させて頂きました。

 地上世界とは雲泥の差の過ごしやすさです」

「なら良い。アンガスが、お前は良く働くし、珍しい料理を知っていると喜んでいたし女官長も筋がいいと褒めていたぞ」


 私が料理を教えたなんて言わなくていいのに。親方もいい人過ぎ。

 本当に魔国の人は優しい方ばかりだ。


「ありがとうございます。

 命を救って頂いた恩は、働きでお返しできるように頑張りたいと思います」


 外見から感じる強い王気は震えが来るようでありながら、どこか優しい感じがする。

 私はそこまで彼の事は設定していなかったけれど弱者を守る強い意志。正真正銘の『王』だと思う。

 儀式の時に出会った『王子』とは月とスッポン。あ、勿論魔王様が月ね。

 で、彼には奥様がいらっしゃって


「いらっしゃい。小さいのにいつも頑張り屋さんね。セイラ」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます。王妃様」


 淡い銀髪が笑顔と共にさらりと揺れる。

 政略結婚とかではなく愛し合って結ばれた幼馴染なんだって。

 透みきったブルーアイは深みがあって、氷の結晶のようだけれど笑顔がとても優しいので冷たい印象はない。大きめの角がなければ可愛らしいお姫様って感じ。

 美人って得だよね。

 お二人は、とっても仲睦まじい。

 転生小説とかだと、助けてくれた王様に異世界転移した女主人公が溺愛されて、なんてよくあるパターンだけど、私の場合はそんなことは無さそうだ。


「お食事をお持ち致しました」

「ご苦労。毒見を頼む」

「はい」


 私はお二人用に供せられた料理の端から美しい盛り付けを壊さないように、一部を取って目の前で食べて見せる。

 毒なんて入っていない事は解っているけれど、儀礼的に必要なのだろう。

 ついでに子どもに少しでも余分に食べ物を与えてやろうという優しいご配慮だと理解もいる。

 うん。美味しい。

 流石親方。レシピアイデアは向こうのものだけれど、上手にこちら風にアレンジしているのが流石だ。


「とても美味しかったです」

「ご苦労」

「ありがとう。では、頂きますね。

 最近は料理がとても美味しくなって、毎日楽しみなのよ」

「親方も喜びます」


 配膳は側近の方が行うので、私の役目はここまでだ。

 丁寧にお辞儀をして退室しようとする。

 正に、その時。


「陛下! お寛ぎの所、申し訳ございません。ですが……」


 作法を守った入場ではない、必死な表情の兵士が飛び込んで来る。

 何か、緊急事態だと思う。護衛兵さん達も、そして何より国王陛下も顔色を変えた。


「解った。今すぐに行く。すまぬ。ミュレイシア」

「お気にならさず。いってらっしゃいませ」


 立ち上がり、最愛の妻の頬に軽いキスを落とすと後はもう国王の顔になって陛下はヴィクトール様や側近の方を引き連れ退室してしまった。

 残されたのは王妃様と私。勿論侍女さんとかは側にいるけれど。


「セイラ」

「あ、はい。なんでしょうか?」


 どうしようかな? ここにいていいのかな? 戻った方がいいのかな?

 悩んでいた私に気付いたように王妃様が声をかけてくださった。


「一人で食事をするのも寂しいから、少しここにいて私の愚痴を聞いて頂戴」

「よろしいのですか?」

「一緒に食事をしろ、とは言いません。ただ、私の話を聞いてくれていればいいの」

「私のような人間の子どもによろしいのでしょうか?」


 私は他所を知らないけれど、もう少し王家とかは規律が厳しかったり、人を選んだりするものではないだろうか?

 拾われて間もない、どこの馬の骨とも知らない娘を魔王様や王妃様が、側に置くなんて。


「人間の、子ども。だから、いいのよ。

 貴女なら、外に漏らしたりはしないでしょう? 魔国に来たばかりの貴女に漏らす相手がいると思えないし、それに……」

「それに?」

「貴女を見ていると、人国の人間への恨みと妬みを忘れずに済むから」


 ざわり、と背筋が粟立った。

 優し気に見えても、やっぱりこの方は魔国の王妃陛下なのだと実感する。

 私を視線に入れながらも虚空を見つめる眼差しは闇のように深く、昏い輝きを宿していた。


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